私は一生、この部屋で毎日のように痛みある愛で愛されて、飼われるように一生を握られるのだろうか。
太陽が夕焼け色になりだした空を今日も見て、ぼんやりとそう考える。祈るのは、もうやめた。
朝は一緒に起きて朝食を食べたあと、身支度の最後に黒野さんのネクタイを締めてあげる。そうして出勤して行くのを見送る時には、襟首を軽く絞めあげてきて、息苦しくて藻掻く私の姿を、仕事へのやる気の糧にして出ていく。
昼は家事をこなして、数時間の一人きりのやすらぎを得られても、黒野さんが帰る時間が少しずつ近づくのを恐れて、震えながら過ごすんだろう。休日の昼間のことは、考えたくない。
夜は、おかえりなさいと出迎えたら、返事の代わりにビンタをもらうんだ。それを受け入れるだけで、少し上機嫌そうになる黒野さんの顔が想像できる。いつもそうだから。そして、一緒にお風呂に入ったり、同じベッドでまた眠ったり……抱かれたり、するんだろう。
痛くて、苦しくて……

「(……たしかに少し慣れて、気持ちよくはなってきたけど)」

何度か回数を重ねていくうちに、目がチカチカとして、体が跳ね上がるような瞬間も増えてきている。でも首を絞めながらされるのは、何も考えられなくなって、意識が遠のいて怖くなってまうから、まだ好きになれない。
窓ガラスに映る、見返してくる私の鎖骨には赤黒いキスのあとや、噛み跡。首周りには手のあとも残っている。

「………シスターにはなれない…ですか」

こんなに傷跡に穢れた体じゃ、たしかに神様さえ私を愛してくれないのは納得してしまう。
でも、家族もなく、友人とも縁が絶えて、平等に降り注ぐはずの太陽神の愛にさえ見捨てられたら、私がこの世に生を受けた意味は、私に与えられた炎はどこに還っていくのでしょう。それとも本当に、私は、優一郎 黒野さんという人と出会うために、生まれてきたのですか?

「……だとしたら、あんまりです」

何故、私を選んだんですか。私は私の生きてる意味が見いだせない…そのためだけに私は、この殴られつづける生を死ぬまで続けなければいけないなら、早く消えてしまえたら……待って、そうです。

「……そっか。私が、生きてるから苦しいんだ」

すとん、と気づきが胸の中に落ちてきて、波立っていた心がしん、と落ち着いた。
誰も私を望まないのに、生きたい生きたいと生きてきて、ほのかな夢を見て、でも叶わなくて、この先もまだつらいのが続くなら、私は終わらせてしまえばいい。
そう考えた時にはキッチンで、しっかり研いである包丁を手にしていた。

「……死んだあとまでお掃除が大変だと、黒野さんに申し訳ないですよね」

勝手に死ぬんだからせめて、掃除がしやすいお風呂にしてあげよう。
そう決めて、包丁を握りしめてバスルームに向かう。足取りは不思議とここ数年で一番軽かった。久しぶりに口角が上げられた気がする。
おかしいね、今から死ぬのに。

***

おかしい。
鍵を開けて部屋に帰ってくれば、室内は暗く、明かりのひとつもついていない有様だった。いつもなら明るい部屋でリンが夕飯の匂いを漂わせながら寄ってくるはずだが…まだ子供には変わりないし、昼寝でもして寝過ごしているのか?と思いながら灯りをつけるが、リビングのソファにその姿はなかった。

「…リン?」

まさか逃げたか?と思い、灰を展開させて、部屋の中に巡らせれば、リンのかすかな呼吸を感じることができた。

「風呂場の方か…?」

なぜ、灯りも付けずに風呂場に。
嫌な感じに、早足に風呂場に向かい、扉を勢いよく開けた。

「リン!なにをして……」

暗く乾いた風呂場。
水も張っていないバスタブの中、青ざめた顔でぐったりと座り込んだリンの姿を見つけた。
片方の手首からは赤い血が溢れ、もう片方のだらしなく伸びた手には血が付着した包丁が握られている。
流石に、これは予期していなかった行動だ。その勇気があるとは思わなかったが故に、予期していなかった。

「よくも馬鹿な真似を……!!」

それは、火を見るよりも明らかな自殺だった。


next?
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