今日も嫌そうに出勤していった黒野さんを見送って、少しでも帰ってきた時に不満を持たれないように、覚えた家事に勤しむ。掃除機をかけたり、洗濯をしたり、色々。
それから、のそのそと太陽の光が浴びられる窓際に寄って、閉めている厚い遮光カーテンの下から潜り込む。
窓ガラスに寄り添うように座って手を合わせる。記憶の中にはまだある教典のお祈りの言葉を太陽に捧げた。黒野さんには、まだ内緒にしている私の夢。

「炎ハ魂ノ息吹…黒煙ハ魂ノ解放…」

シスターになりたい。
その気持ちは変わらないから、目指す夢を見ていたい。叶わなくても。
…でも、もし、私が心から黒野さんを好きになってあげたら、いつか学校にくらい行かせてくれたりしないかな…。

「………なん、て…」

ほろ、と涙が頬を滑った。黒野さんがそれを許してくれるわけがないって。他の人と触れ合うことを許してくれないって、わかっているから。だって私も、少しずつ黒野さんのことを分かり始めてきている。あの人は、本当に私を好きな人として、愛しているんだと。

「私、まだ10才なのに……」

一度、黒野さんが一応は保護者になるわけだから、と「お父さんと呼んだ方が…」と試しに呼んだら、罰だってお風呂に張った水に顔を沈められたことは、ずっと忘れることはないと思う。殺される、ってあの時は本当に感じたから。
でも、その反面で毎日のように…その…私に大人のキスを、したがる。だから、自分以外から遠ざけるように私を引き取ったのも。命を奪わない暴力を振るうのも。心に突き刺さることを言うのも。他にも酷いことを息をするようにするのも。全部、全部、黒野さんからしたら、本当に私への愛情表現でしかないと、流石に小さい私にも、分かるしかなかった。
…殺したい、と思ってくれてるほうが終わりがわかっているから、まだよかった気さえする。…あの人に殺されるのもきっと、最後まで怖くて痛いだろうけど。

「神様、私の生まれてきた意味は…あの人に出会うためだったのですか…?」

こつんと、窓ガラスに額をあてる。
オレンジ色になり始めた太陽だけは、今日も、私を光で包んでくれた。ほんのりとした温もりに、瞳を細める。あともう少しだけ、この泣きそうなくらい優しい光の中にいたい。
黒野さんが帰ってくるまで、まだ時間はあるから。

「……夢がいつか、叶えばいいなあ…」

ラートム。
涙のあとを拭って、もう一度太陽に両手を合わせた。

next?
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