君が欲しいものを


元は淡い黄色だったんだろうな。

ところどころペンキの禿げた外壁に目をやりながら、メローネ...さんに連れてきて貰った物件の全体を見る。

ペンキの塗り替えは必要だけれど、こじんまりとした作りとたて、可愛いらしいドアや窓の造形はとても好みだ。

入口の所に立て看板や植木鉢を置いて、飾ったらきっともっと理想的になる。

表通りから少し中に入った路地にあるのも、静けさがあって悪くない。

悔しいけれど。本当に悔しいけれど。たしかに私の欲しかった物件そのもので、にまにまとした得意顔のまま横から見下ろしてくるメローネさんをちらりと見返す。


「いいだろう?ここ。俺の知り合いのツテでもらったんだ」

「もらった?!」

「もう使わないらしくってさ。どう?気に入った?」

「...中も見てみないとわからないです」

「いいよ。勿論、鍵もあるから」


ちゃり...と彼の手の中で音を立てて姿を見せる。

絶対に中も私が好きな感じなんだろうな、と半ば心をつかまれていることを実感してるけど、認めたくないままに受け取った鍵を扉の鍵穴に差し込んでまわす。

扉を押し開けた先は、少しだけ古い木や石の匂いがしたけど、それでも、私の望んでいたような小さなお店をやっていけそうな内装だった。

テーブル席は充分置けるし、少し破損してるけれどカウンターもあるから、治せばカウンター席だって可能だ。

ここでお店をやれたらどんなに素敵だろう。

ここが私の人生になる?

考えるだけで、未来への期待で心がとび跳ねる。

思わず、背後に立つ彼を振り返る。

穏やかに、でもしたり顔で、やっぱりどこかいやらしい笑みを浮かべて私を見返す人。

君は絶対ここを好きだと思った。

そう言わんばかりの顔に、浮かぶ疑問。

どうして、貴方は、私をこんなにも理解しているんだろう。

ストーカーなんて、生ぬるい。

そんな可愛らしいものじゃない。

そう思ってしまうくらい、この人は私を理解しすぎている。


「...なんで、ここを選んだんですか」

「そりゃあ君のその下向きな顔を上げさせて、その薔薇色の目を輝かせたかったからさ」

「どうして私なら…ここを気に入ると思ったんですか」

「君が俺を知るよりも前から、俺が君を知る努力をしたからだよ。絶対に君の趣味に合うと思ったんだ」

「…でも、だからって、こんなにぴったりな…」

「なあ、ラウラ。違うだろう?君が今一番俺に問いたいことは、そんなつまらないことじゃあないはずだ」


何故だとか、でもとか、そんなことより、もっと素直に俺に言いたいことがあるだろう?


「言ってくれよラウラ。今ここの鍵や権利は俺が握ってる。だから君がここをそんなにも気に入ったなら、俺に言うことは一つじゃないか?」


我慢なんていらない、俺に懇願してくれ。

渇望するように、期待するように目を輝かせる人。

ちょっと彼の趣味があるような気もするが、たしかに、私は今ここがほしくてたまらない。

この手にした鍵がほしい。

ここで全てを始めたい。

彼へのいろんな疑問や不安を飲み込んでしまってもいいものか、と思ったけど、ここを手放して、私に先があるかもわからない。

ぐっと唾を飲み込んで、鍵を握りしめた。


「メローネさん…私、ここがほしいです。ここでお店をやりたい。だから私に、この場所をくれますか?」


彼は、チシャ猫のようにぶるりと身を震わせてからにんまりと笑った。


「ああ、勿論だ!その君の素直な欲望が聞けたからな!」


to be continue…
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