第七十九訓 「こうして皆幸せに暮らしました、なんて結末」と嗤ったのは
「――あぁ...よろしく。ヘマしたら俺が殺すから...うん、それじゃあね」
ぴっ
誰もいない部屋の中で携帯で話していた暦は、物騒な言葉のあと、携帯を切ると懐にしまい薄く笑った。
「ふふっ...ここからが本番だよ、朔夜...」
どうせ逃げるつもりだろうが、逃がさない。
「憎い朔夜...お前の首を絞めて息の根を止めてやりたいな」
お前の幸せも笑顔も見たくない...見たいのは絶望と泣き叫ぶ姿だけ
お前を苦しめるそのためなら、俺はどんな苦労もいとわないよ。
だってお前に苦痛を与える事こそが、俺を幸せにしてくれるし、こんな性格にしてくれたお前へのご褒美でもあるんだから
「(謹んで受け取れよ)」
――俺の可愛い、殺したいほど憎い欠陥品
そして暦は式の広間へと向かった。
前に朔夜を撃った時と同じ銃を手にし、凍りつくような笑みを浮かべながら
***
その頃――
式の場へと引きずられながらも朔夜は、じたばたと暴れていた。
「離せっての馬鹿!!」
「姫様暴れないでください!それに口が汚いです!!」
「もう知るか!!小生はこんなとこで姫なんかしてるほど暇じゃないんだよ!!」
「何を仰っていらっしゃるんですか!ほら、此方になりますからどうぞ大人しく!!」
「!っ嫌だよ!なんか変なにおいするし!!」
「するわけないでしょう!?ではどうぞ姫様お入りください!」
そして開かれ、押し込まれた瞬間――パンパンッ!
渇いた音と共に、両脇の小生を部屋へと押し込んだ使用人達が血を噴き出し、倒れた。
思わず目を見開き、床に倒れた二人を見れば、その二人はもう絶命していた。
「っ!?(これ硝煙の匂い...!なんで...!)」
「脇役はもういらないよ」
「!こよっ...!?これ、は――」
聞き覚えのある声に、ばっと顔を上げれば目に入ったのは、天上も畳も真っ赤な室内と
その中で銃を片手に、頬や着物に血をべっとりとつけた、かつては兄上様と慕った暦だった。
その真っ赤な海の中に、いくつもの肉塊が浮かんでいた。
気づいた瞬間鼻をつく激臭に思わず、口と鼻を押さえる。
こんな惨状、久しぶりに見た...作り上げたのは誰?
「暦あにっ――暦...!!卿がしたのか...!?」
「とりあえず、ここにいた邪魔な虫どもを消去しただけだよ。屋敷内の他の奴らも、今頃俺の手駒にやられて、同じ末路たどってる頃だけどね」
「何でっ...!?」
「何で?それをお前が聞くのかい?お前の存在が今の俺を産んだのに」
くすくすと、小生と唯一異なる闇色の目を細めて嗤いながら言葉を紡ぐ。
「どういう意味だ...!」
「ふふっ...やっぱり天才っていうのは人心に鈍いな。俺がさ、なんで昔お前を可愛がったかわかるか?」
「?急に何を...」
「それはな、お前が俺より格下な妹だったからだよ」
どう足掻いても俺以上にはならない、いつも俺についてまわる妹。
「だから可愛がったんだ...けどお前は、俺が手に入れられなかった才能を手に入れていた」
それが赦せなかったんだよ、俺は。
そう呟いた瞬間、暦の表情から笑顔が消え、憎悪と殺意に満ちた目を向け、銃口を向けてきた。
「なんでお前だった?その才能は俺に与えられるべきだろう?お前みたいな欠陥品にはふさわしくない...!」
「っそんなの...!!」
反論しようとした時だった。
「今のは何の音っ...!?」
「!?っ――」
銃声を聞いたのだろう、慌てたように常盤閏月と、母上様がやってきて、部屋の中を見て絶句した。
閏月の方は、言葉を失うにとどまったが、母上様の方は、口を押さえて、その場にへたりと座り込んだ。
その二人を見て、暦は小生からちらりと視線をずらし、にこりと嗤った。
「あぁ...来たかい親父、お袋。待ってたよ」
「っな、何をしている暦...!お前がやったのか!?」
「見て分からないほど、アンタも流石に馬鹿じゃないだろう?」
「何故こんな真似をっ!?」
「何故?分からないのかい?それはアンタらが用済みだからだよ」
パンッ!
そして小生に向けていた銃口を一瞬でずらし、小生の後に立っていた閏月の頭を撃った。
その引き金にはなんのためらいも感じられなかった。
「!?」
「っ――!!!(閏月...!閏月...!!)」
振り返れば、銃の威力がうかがい知れる頭の一部が吹き飛んだ閏月の死体があった。
それを見て、へたりこんでいた母上様が目を見開いて、恐怖と悲しみに震える身体を動かし
血濡れの閏月の死体にすがりついて、むせび泣く。
「俺の準備ができるまで、俺を育てる。その役目を果たした道具にもう用は無いよ」
「っ暦!!卿はなんてこと...!!」
「お前が怒る理由がわからないね。虐待し、殺しかけた相手だろう?憎くないのかい?」
そう問われ、再び小生に銃口が向けられた。
「っ嫌いだけど憎しみなんかなかった!!それにあんな父親とも言えない男でも、母上様は愛していたんだ!!」
なのに目の前で、愛する人を撃ち殺すなんて...しかも、例え愛してくれなくても仮にも自分をここまで育てた相手...!!
「...偽善者だね。自分も戦場で...相当、敵を憎んで、自分の存在の邪魔となるモノを排除してきただろう?」
「偽善者で結構さ!憎んで憎まれて、奪う事も失うこともしてきたからこそ、もう同じ事はしないと決めたんだよ!」
もうあんな虚しく、心が押しつぶされそうな思いはしたくない。
キッと睨み返せば、細い眼がうっすらと開き、再び、深い憎悪を募らせた瞳で小生を見る。
「...その目が俺は嫌いなんだ。どこまでも真っ直ぐでさ、希望とかそういうものを信じた目...反吐が出るね」
本当に、ここで殺してやろうか?
そして引き金に指がかけられるのが見えて、足枷が邪魔でよけられないと覚悟を決めて目をつむる。
その瞬間、辺りに銃声が響いた。
「...?(...痛くない...?)」
「へぇ...驚いた」
「?...っ!?」
痛みが来ない事を不思議に思っていると、暦の意外そうな声が聞こえ視線を上げれば、そこには――
「っ...」
「はっ...母上様...!!?」
血がにじみ出している胸元を押さえ、大量の血を青ざめた唇から吐きだした、小生を庇うように立つ母上様がいた。
小生があまりのことに目を見開き固まっていると、こちらに振り返り、涙の痕が残った顔でにこりと微笑むと、どしゃっと血の海に沈んだ。
「!母上様ァァ!起きて!!死んではいけません!!」
慌てて膝をついて、血に染まった母上様の上半身を抱き上げ、傷口を止血のために押さえる。
閉じられた瞳と青ざめた唇が小さく震え、呼吸の浅さに早く手当てをしなければ死ぬと悟り、焦る。
「(出血は多いけど急所は外れてる...!今ならまだ間に合うかもしれない...!!)」
「まさかこの身体も精神も弱いお袋が、最後の最後でお前を庇うとはね...計算外だったよ」
「っ暦...!!お前...!!」
「でもまぁ、お前を殺したら俺の目的が達成できなくなるし」
罪悪感の欠片もないのが赦せない...!!
この人だけが、小生と卿を自分の子供として慈しんでくれていたのに!!
湧きあがる怒りを押さえずに睨みつける。
「!ふぅん...お前にもそんな怒気と殺気に満ちた顔できたんだ」
「茶化すな...!!」
「まぁどうでもいいけどね...とりあえず、そろそろお前を捕獲しようか。今回はこの家のゴミ掃除と、お前の捕獲だからね」
「部下...?」
「暦局長、これが茨姫ですかァ?」
「!」
ばっとふりむけば、血をところどころにつけた天人達が立っていた。
「なっ...まさか春雨の...!!?」
「言ったろう?俺は春雨の人間になったんだと」
「っ堕ちたな暦...!」
「ふふ...堕ちたのは、お前だろう?」
にこりと人当たりの良さそうな、昔は好きだった笑みが、血みどろの今の世界で異常に見えた。
自分の今を失いたくなければ、この男を殺すしかない事も、分かってしまった。
「本当に殺さなきゃ好きにしていいんですかィ?」
「あぁ、構わないよ。犯そうがなにしようが生きてれば俺は構わない」
「っ暦!そうまでして卿は何が欲しいんだ!!名声か?!富か!?」
うすら笑う暦に、叫ぶ。
「名声?富?...はは...あははははっ!そんな俗物的なものに興味はないよ...俺はただ、天に愛され才能を預けられたお前をも超越した存在になりたいだけさ」
この世の全てを隷属させられる、『神』というものにね。
妖しげに歪んだ笑みを浮かべた。
「っ暦ィィ!!(そんなにこの才能がほしかったのか?!だったら小生も、くれてやりたかったよ...!!)」
こっちは、天才で良かったなんて思った事の方が少ないよ!!
やり場のない複雑に積み重なった感情に、思わず母上様の傷を押さえていない方の拳を握りしめ、俯いた。
すると天人達が下卑た笑いをもらしながら、近づいてきたのがわかった。
「っ...寄るな!!」
「そんな事いわねェで相手してくれよオヒメサマ〜」
「震えて可愛いねェ、茨姫も武器と鎧を外せばただの売女ってことか」
「!っ小生をバカにするな!!」
聞きなれた蔑みの言葉に、天人を睨みつけても、抵抗するすべがない事がわかられているのかせせら笑われるに終わる。
「(どうする、どうする...考えろ...落ち着け!母上様の命もかかってるんだ!!小生が取り乱してどうする...!!)」
傷口から徐々に流れ落ちていく命の液体が、必死で押さえつけている焦りと泣きだしてしまいそうな恐怖を駆り立てる。
戦場にいる時のような久しぶりの緊張感に、ぐるぐると思考が倍速で巡っていく中、天人達が此方に飛びかかろうとした時――
ドシャァァァ!
「!(なんだ...?)」
「「朔夜ァァァ!無事かァァ!!」」
「!!」
どこか安心する二つの声に視線を上げれば、倒れた天人達の背後に、息を荒くしている血を被った
逃げだせたら会いたかった、白と黒の二人が見えた。
「...ぎん、とき...と、し...?」
「!朔夜ッ!良かった!!」
走り寄って、ぎゅうっと小生の身体を力強く抱きしめてきた銀時の腕に、緊張感が緩み、押さえつけていた不安や苦しさが溢れそうになり、涙が零れた。
「っふ、ぅ...ぎん、とき...」
「朔夜...!遅くなってごめんな...!!」
「うう、ん...いい、んだ...」
まだ泣いてはいけないと、必死で涙をこらえ、銀時の言葉に応える。
するとトシも走り寄ってきて、肩に手を置いてきた
「ケガはねーか朔夜!?」
「う、ん...小生は、平気だから...」
「あの男...常盤暦か...?」
「...そう、だよ」
暦の方を見て、視線を鋭くするトシに頷く。
すると銀時とトシが、自分の得物を構える。
それをみて、面倒そうに暦がため息を吐きだした。
「...面倒な鼠も来てたんだね...はぁ...仕方ないな。予定変更だ」
ごそっと懐から出したリモコンを軽く操作した。
すると――頭上でカラクリの歯車が回るような音が聞こえ嫌な予感に思わず叫んだ。
「!っ離れて二人とも!!」
「「!!」」
ガシャァン!!
しかし、時は既に遅かったようで、上からは、小生達を丁度囲う様に鉄製の檻が降りてきた。
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