第七十八訓 囚われのお姫様は流行らない。童話崩壊まであと何秒?
「(朔夜をあの天人の嫁にすれば、幕府との繋がりは強まるだろう...しばらくは安泰か...その先をつなげるにはやはりあの愚娘の頭脳に頼らねば――)」
「...親父、元気そうだねェ」
「...暦か、何用だ」
目を閉じ、先の事を考えていると、思考を遮るように、入ってきたらしい暦が後ろから声をかけてきた。
...最近、この愚息がどこかへふらついて行っていて、家に帰っていなかったのは知っている。
まぁ、家さえ継ぐならどうでもいいが。
「...本気で朔夜を家の人間に戻す気なんだ?」
「...まだ反対する気か?とうに決まった事だ。朔夜は長い闘病生活を終えた末、回復した...表向きにはそれだけの話だ」
「...ふぅん...そうだな。なら仕方ない、か」
「...何を考えている」
「...別に、何も?」
胡散臭い笑みでそう答えてきた。
相変わらず何を考えているのか分からない愚息だ。
「...お前が何を考えているかは知らんが、家や私達に害をなすなよ」
「...ふふ、ただ余興を考えているだけさ、親父」
世にも愉しい、喜劇をね。
「喜んでくれよ、親父」
そう言い残し、暦は出ていった。
何もしでかさねばいいが...
***
「朔夜姫様、とてもお美しゅうございますわ」
「流石、国一番の美姫と呼ばれる晦様の娘ですわね。引けをとらぬ美しさですわ」
「...ありがとう...(化粧息苦しいし、着物動きにくいし、おしとやかとか無理だし!ああぁぁもう嫌だ!)」
正座をしたまま笑顔が引き攣りそうなのを耐えながら、女中達に返事を返す。
「これなら今からお会いになる婚約者の方もご満足なさることでしょう」
「姫様、ご両親のためにも婚約者の方に失礼のないように」
「...こ、婚約者とはどのような人なのかな...?(最悪だ!なんかありがちなパターンにハマりこんでる!!)」
「「...お会いになれば分かりますわ」」
「(相手もこの返事から予想したらロクでもなさそうだし!)」
「...では姫様、私どもはお呼びしてまいりますので」
「大人しくここを動きませんように」
「...わかってる(足枷あること知ってるでしょーが卿らは)」
着物で足元が見えないようになってるために、外からはわからないが、この足にはしっかりと鉄の足枷がつけられている。
「...(本当に壊れた家だね)」
望み通りの結果のためには、それまでの過程や娘の気持ちはどうでもいいらしい。
「(まぁ小生は父上様にとって娘じゃなくて使い捨ての道具だったか)」
結局...最初から最後まで、小生がこの家に生まれた意味はなかったということなのかな...
「...あー...やっぱ駄目だ」
この場所は小生の息を確実に止めていく。
心安らげる場所になってはくれない。
「(やっぱりここは、いつも酷く寒いね...)」
身も心も冷えて、凍え死んでしまいそうだ。
「(皆に、早く会いたい...)」
不器用で優しい、大好きな温かい人たちに...
「(とても、会いたいよ...)」
その時――
「朔夜姫様、婚約者の方をお連れいたしました」
「!」
「姫様はこの中におります。どうぞお入りください、蛸遊(しょうゆ)様」
「(...醤油?)」
思わずおかしなことを考えていると、襖が開けられた。
一体どんな男かと顔を見ようと視線を上げれば――
「ほう...言葉にたがわず美しいのう」
「...(いや、え、マジで?待て待て待て待って!婚約者ってこれ蛸の天人じゃんんんんん!!男っていうか純然たる雄の蛸じゃんんんんんん!!)」
腕が八本あり、吸盤の付いた触手の様に両袖から4本でていて、顔が蛸そのものの天人の姿に思わずその場に固まる。
「(軽く予想をこえてきたね!!)」
「姫様、此方が貴女様の旦那様となられる蛸遊様です。幕府にお勤めの高位の方ですよ」
「(旦那って言うか旦那のビールのつまみに食卓に出すモノだよコレ!!)」
「良かったですわね。こんなに素敵な方の花嫁におなりに慣れて。幸せですわ、姫様は」
「(嘘をつけェェ!!微塵も思ってないでしょーが!せめて小生の目を見て言えェェ!!)」
「「それでは私どもは披露目の式の準備がありますので...蛸遊様、姫様とごゆっくり」」
「ちょっ「二人で仲を深めようかのう朔夜姫」!(深める仲なんかないっての!!)」
女中たちを引きとめようとしたが、無情に扉は閉められ、蛸遊とかいうすぐ目の前の蛸の天人と二人きりになった。
今ほど、この家の人間に人をなんだと思ってんだと怒鳴りたくなった事は無い。
やり場のない怒りに、内心うがぁぁぁとなっていると、蛸遊が近づいてきて
隣に座って触手染みた腕の二本で肩を抱いて、もう二本の腕を腰にまわして、じろじろと舐めるように小生を見てきた。
ゆっくりと着物の上から身体のラインをなぞる腕に嫌悪感を持ちながら黙っていると、蛸遊が話しかけてきた。
「朔夜姫、照れておらずとも良いのじゃぞ?わしと姫は儀が終われば夫婦となるのじゃからな」
「い、いえ...きゅ、急なお話で...」
「ん?戸惑っておるのか?初心で可愛らしいのう...わし好みにしがいがありそうな姫君じゃな」
するっと、頬を空いている腕の一本で撫でてきた。
ぬめりとした肌を伝う感覚に、天人に凌辱されかけることが度々あった若い頃を思い出し、気持ち悪さに拍車がかかる。
「っ...(これが悪夢なら誰か小生をぶん殴って起こしてくださいィィィ!!吐きそう!本気で吐きそう!!)」
「肌も真珠のように白く滑らかで綺麗じゃし...何よりその強い光と影を隠した銀灰色の目を見ていると歪ませてみたくなるのう」
「っん...はなれて、ください...!(ここで派手に暴れたら絶対拘束が増して逃げられなくなる・・・!)」
本当は、ふっざけんな!こちとら凌辱系エロゲーのヒロインじゃないんだよ!!
触手プレイか獣姦かわかんないけどそんなもんに巻き込まれてる暇ないんだ!!
とか言って、身体に被さるようにのしかかってきて小生の身体を、徐々にまさぐってきた触手のような腕を千切って酢ダコに昇華してやりたいが
今キレたらおそらく人が呼ばれて、足も拘束されたままの状況じゃすぐに捕まるだろう。
それを考え、相手の身体をゆるく押し返すくらいしかできずにいれば、調子に乗った蛸が、八本の腕を太ももや胸元へと持ってきた。
「っやめてください...!!(似非海洋生物如きがァァァ!!)」
「そういう割には抵抗が弱いのう」
「っいや...!(暴れられないからだタコ助!!暴れられたら酢ダコなりたこ焼きにしてやってるのに!!)」
そう思いながら、さらに触手の腕が進められていくのを感じ、嫌悪感と吐き気に精神の糸が切れそうになった時だった。
すっ...
「!」「(母上様...!?)」
部屋の襖を開けた母上様の姿に目を見開いていると、母上様は少しだけ表情を歪め、手にしていたボードに言葉を連ねた。
「...『蛸遊殿、貴方は娘とはまだ夫婦ではないはずですが...娘の嫁入り前の、しかも長い病からようやく開放された身体に何を...?』」
「...ふん、常盤の奥方か...見ての通りのことをしようとしているだけじゃが?」
「...『契りを交わすのは儀が終わってからのこと。その前に娘の身体に手を出すなど...産みの母として赦しませぬ』」
「!(あの弱かった母上様が...小生をかばってくれた...?)」
昔からの母上様の会話手段であるスケッチブックに書かれた力強い言葉に、じわりと熱いものを心に感じていると
蛸が不機嫌そうに小生の上からどいて、じろりと母上を睨みつけてから出ていった。
「...母上、様...」
「...『大丈夫ですか?朔夜...』」
「は、はい...母上様こそ、どうして...」
信じられない出来事に驚いたままそう尋ねれば、母上様が少しだけ戸惑ったように視線を下げたあと、
覚悟を決めたようにこちらに近づいてきて、目の前に座り、小生の乱された着物の袷を治してから、一つの手紙を懐に入れてきた。
「?今のは...」
「『この家から逃げてから、読んで』」
「!?知って...!」
「『私は貴女の自由を願っています。私では、貴女の心の休まる場所にはなってあげられないから』」
「っ...母上、様...」
「『だから、貴女にあんな綺麗な笑顔を教えてくれた、貴女の愛する場所に貴女を返してあげたいの』」
寂しそうな、哀しそうな、でも優しい微笑みを浮かべ、小生の頬に触れてきた母上様に、
この場所では泣かないと決めていたのに、鼻の奥がツンとしてきたので、口をきゅっと真一文字に引き結んだ。
「『こんな事になってしまって、ごめんなさい。でも、今度は貴女を護るから...最初で最後の一度だけ、どうか私を信じて』」
「...(信じたい、けれど...)」
弱く弱く、小生を見ようとしなかった人...
そう思い、少し迷った。でも――
「(小生は、お義父さんのくれた世界の中で...友の、仲間の、人の優しさを感じ、信じることを覚えた)」
信じて、信じて、ただ頑張って、戦って、それで、生きて、生きて...今まで走ってきた。
だから、この人の優しさと小生を想ってくれる気持ちを、信じてみよう。
「...わかりました...母上様」
「!『...ありがとう、朔夜』」
私ね、きっとね、貴女を護るから。
そう書いて、母上様は嬉しそうに涙を浮かべ笑った。
その時――
「晦!何をしている!」
「「!」」
「使用人の目を盗んで部屋から出るなと言ってあるだろう!それに朔夜と会うなともだ!」
「...『私は、自分の娘に会いに来ただけです。それのなにがいけないのですか?アナタ』」
「娘など建前だけだ、ただの道具でしかない!」
「!『この子は私達の...』」
すっ
「!」
立ち上がり、ボードに乱雑に字を書き反論しようとした母を庇う様に、間に立ち、父上様...いや父である男を見る。
「何のつもりだ...!」
「父...いや、常盤閏月...!小生は、卿の道具なんかじゃない!息をしてる、意思だってある生きた人間だ!!」
「!朔夜、貴様...!!お前の作り手の私に対して!!恥を知れ!!」
ゴッ
「っ」
「!(朔夜...!!)」
腹を殴られ、身体が傾くが、倒れないように拘束で不自由な足で耐え、常盤閏月を睨んだ。
「恥を知るべきは卿だ...!小生に才能が芽生えたのがそんなに嫌だったか!恐かったか!!
小生が、卿を蹴落とすなんて妄想に勝手に溺れて!!なんで小生があの時、あんなカラクリを作ったかという理由も聞こうとしないで!!」
全ての不都合を押し隠すようにして...!!小生は、小生はいつだってただ...!!
言いたい言葉を飲み込んで、続ける。
「卿は、父親としてだけじゃない...!学者としても失格だ!!」
「!っ存在しなかったはずの身で言わせておけば...!!」
「【やめてアナタ!】」
常盤閏月が再び拳をふりかぶろうとした時、母上様が前に飛び出た。
それにより、拳が止められる。
「どけ、晦!」
「...!」
「っくそ...!誰か朔夜を式の場へ連れていけ!さっさと披露目の式を始める!」
廊下に向かって叫ぶと、使用人達数人が慌ただしくやってきて、小生を押さえつけた。
「っ離せ!!」
「大人しくしてください姫様!」
「誰がするかァァァ!こうなったらぜっっったい逃げてやる!!蛸と結婚なんかしてたまるかァァァァ!!」
「蛸遊様に聞こえますからお静かに!!」
「いっそ聞こえろ!!」
そしてぎゃあぎゃあといいながら、式場の方へ引きずられるようにして連れて行かれた。
もう遠慮は要らないなら、確実に始まる前に逃げてやるからな!!見てなよ!!
***
その頃――
「結局てめーらも来たのかよ...私服にわざわざ着替えてよォ」
「あぁ?個人なら問題ねーだろーが。大体てめーに言われる筋合いはねェ」
常盤の屋敷前で別々に来た万事屋と真選組が鉢合わせていた。
「銀さん、喧嘩してる場合じゃありませんよ...それよりどこから入ります?相当この外壁高いですよ?」
「さっき裏口っぽい場所の鍵が開いてたアルからそこから入ればいいネ」
「いや、それ流石に罠じゃ...」
「でも、もしかすると手紙の女が開けといてくれたのかもしれないアルヨ」
「あ、確かに...」
「...罠だったとしても、四の五言ってる暇はねーし、仕方ねぇからそこから行くぞ!」
「「おー!!」」
そして万事屋はだっと裏口に走り出した。
「!俺達も行くぞ!」
「そうだな!」
「へいへい」
そして、真選組もすぐに後を追って走り出した。
***
またその頃――
「(くんくん)...この御屋敷から朔夜さんの匂いがする...」
一人朔夜を捜索していた空覇も屋敷へとたどり着いていた。
「(入ってみよう...!)」
そしてたんっと壁を越えて空覇はだだっ広い屋敷内へと侵入した。
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