銀魂連載 | ナノ
第七十七訓 とある姫君の御伽噺




これは、探せば世界のどこにでもあるような哀しいお話。

才能に恵まれたかわり、愛に恵まれなかった小さな姫のお話。

愛の『あ』の字の意味も知らないまま、育とうとしていた私の娘のお話。

人を求めながら、人は皆孤独であることを、あたり前と信じようとしていた一人ぼっちの子供のお話。

私が懺悔を交えて語りましょう。

どうかあの子を心配してくれているであろう殿方達、しばしご拝聴を。


***


『初めまして、白いお侍の坂田銀時様。急なお手紙を申し訳ありません。

私は常盤家の現当主、常盤閏月が妻である常盤晦、朔夜の実母にあたる者です。

貴方は私の事など知らないかもしれませんね。いえ、知っていたとしても関り合いになどなりたくないかもしれません。

ですが、このたび筆をとったのは、朔夜の人生を左右する一大事をどうにかお伝えせねばと思ったからなのです』


万事屋が突き付けてきた手紙を読めば、こんな出だしで始まっていた。


「確かに常盤家の印が押されてるな...」

「...本当に娘だったのか...(じゃあなんで...しかもアイツの名字は吉田じゃ...)」

「朔夜さんて意外にセレブ族だったんですねィ」

「アイツは、んないいもんじゃねーよ......それよりさっさと先読めや」


言い方に腹が立つが、俺は怒りをおさめ、とりあえず読み進めた。


『まず貴方に理解してほしい事実は、このたび、朔夜を誘拐を命令したのは我が夫常盤閏月という事です。

あの子と幼き時間を共にした貴方ならば、なぜ今更、あの子を必要ないと言い、死の手前まで追いやったくせにと、そう思われる事でしょう。

私も、身勝手なことをしていると思います。ですが、夫は焦っているのです。

天人が来て以来、我等一族の学が古い、頭が固いものとされ、この家の幕府からの信用が下がり繋がりが薄くなっている事に...

そこで夫は、思いついてはいけないことを思いついてしまったのです。

かつて始末しようとしていた内に、煙のように消えて行方知らずになった娘――朔夜を探しだし、家の権力回復の道具に利用しようと』


確かに常盤家は、ほとんど内情が明らかにされてねェ家だったが...こんなことを...

俺が怒りやら驚愕の事実に複雑な心境になっていると、朔夜を慕ってる万事屋のガキ二人が憤っていた。


「朔夜さんをそんな事のために誘拐するなんて...!」

「これが家族のする事アルか!!」

「あの家にとっちゃ、朔夜はそういう存在なんだよ...今も昔もな(朔夜をまた苦しめるなんざ俺は赦さねェ...)」

「しかし俺ァ解せねェ...何でわざわざいなくなった朔夜じゃなきゃなんねーんだ?確かあの家にゃ嫡男がいただろ?」


名前は、常盤暦だったか...なんで朔夜だけが槍玉に...

すると、万事屋が重ねてあった2枚目の手紙を見せた。


「...この二枚目読みゃ分かるだろうよ」

「...?」


いぶかしく思いながら手紙を見る。


『――...もし、貴方が事情を知らなかった時のために、朔夜とわが家との確執の事の始まりを此方に書き記しました。

どこから書けば良いのか迷いましたが、やはり、朔夜をこの身に身籠った時から書くべきなのでしょう。

兄の暦を産んだ後、あの子を身籠った時、私は、一抹の不安を抱えながら、夫の閏月に報告いたしました。

そして私の不安は、一瞬で現実のものとなりました...朔夜を堕ろせと言われたのです』


「(!堕ろせだと・・・!?)」


『...元々、私の夫は、昔から私と化学だけを愛し、名声や社会的地位などにこだわる人で、朔夜とその兄の暦...二人を愛してあげられない人でした。

けれど家の決まりの上で、2人子供は作らなければならない。

ですから、天才だとされて嫡男である朔夜の兄、暦のことはそれなりに大事にしようと努力してくれました。

ですが後にできた朔夜は、彼にとって産まれる前から必要がなく邪魔な存在だったのです。

ですから、秘密裏に堕胎を彼は私に迫りました。』


「(酷いもんだな・・・)」


『しかし私は、夫を始め、家中の反対を押し切り、隠れるようにして、寒い冬の離れの一室であの子を産みました。

思えば、意地になって堕胎せず、あの子を産んだそこからが私の間違いだったのかもしれません。

あの子は取り上げられてすぐに私と引き離され、何もせずに死なせては体裁が悪いということで、屋敷の一角に監禁されて女中達の手で育てられました。

自由こそありませんでしたが、暦も朔夜を可愛がっていた頃ですし、あの子にとって、まだ産まれて数年は幸せと言えたでしょう。

ですがあの子が...朔夜が、学者一族の常盤家に伝えられる、1000年に一度産まれる天才ではないかと

身内でまことしやかに囁かれるようになった時から、全てが壊れていきました...』


「1000年に一度産まれる天才...?(確かにアイツよく天才って自分で言ってるが...)」

「...常盤家には1000年に一度くらいに、稀に常人以上の頭脳を生まれ持ったおかしな人間ができるんだとよ。それが朔夜だったらしいぜ」

「...そうかよ」


コイツは朔夜から聞いてんのか...幼馴染だからだろうが、ムカツクな...

そう思いながら、読み進める。


『ある日のことです。あの子が何を思ってやったのかは私には分かりませんが、

一つの複雑且つ高度なカラクリを、図面一つを見て作り上げたことから全ては起こってしまったのです。

その頃、優秀な学者として名高かった私の夫の閏月は、自分の才能に限界を感じ、悩み、行き詰っていました。

そんなときに、目にも入れなかった実の娘が高度な発明をしたのです。

夫は、将来自分の名声や地位が危ぶむのを心底恐れ、朔夜を疎ましく思い、遂には憎しむようになって...

病死にみせかけるために食事を、毒を盛った腐りかけの残飯に変え、毎日のように朔夜に暴力を奮うようになりました』


「(いつもあんなに明るく笑ってるアイツがこんな...)」


『なんて勝手な話だとお思いになる事でしょう。ですが私達家の人間は、その全ての事実を見て見ぬふりしたのです。

朔夜を見捨てたのだと、そうとって頂いて構いません。

事実、私はあの子の痣や生傷を作りながら痩せていく身体と、何の感情も見せなくなっていく目を見るのが恐くて、

あの子の前に姿さえ見せないようにしていたのですから』


「...えげつねぇな(だからアイツはあんな細いのか...)」


『日毎に増す父親の暴力と、食事の中に含まれた毒物の量。

そして、可愛がってくれていた兄からもされだした強烈な苛め。

その全てが幼く身体も弱かったあの子を死に近づけ、心を壊させていきました。

日を重ねる度に、泣き声を上げなくなり、涙すら流さなくなりました。

腕や足の骨が折られても、小刀で肉を抉られても、皮膚に熱湯をかけられても痛いとすら言わなくなりました。

動く力すらなくなり、箱の中、窓から空を眺めながら死を待つだけの人形になり果てていきました。

私は、朔夜が家から消えるまで、あの子のいる部屋を、ただ時折怯えながら覗くことしかできませんでした』


「(朔夜...)」


生き延びるために孤軍奮闘した人生だったんだろうな。

無性に、今も一人戦っているんだろう朔夜の身体を抱きしめてやりたいと思った。


『そんな私は、きっと母親失格なのです。朔夜を娘と呼ぶ資格も、母親と名乗る資格もないのかもしれません。

私の懺悔も、後悔も、全て遅いのかもしれません。

けれど、もうあの子に家の事で苦しんで欲しくない気持ちに嘘偽りはございません。

私を嫌ってくださって構いません。しかし貴方は万事屋なるものを営んでいると聞きました故、依頼をしたいのです――』


そこまで読んだ時、万事屋はぱっと紙を取り上げた。


「『依頼は、今日の夕方から行われる披露目の式典が始まる前に常盤家から、吉田朔夜の誘拐』

...こっから先は俺への依頼だ。お前らポリは引っ込んでろ」

「はぁ!?ここまで聞いて今更見て見ぬふりできるかよ!」

「真選組が幕府の親戚ん家に手ェ出せんのか?そこ考えて、この女も手紙送ったんだろ」

「!っ...」

「...それに、朔夜を一番近くで護るのは、昔っから俺の役目だって決まってんだよ...行くぞ新八、神楽!」

「分かりました!」

「マミー待ってるアルヨ!」


そして万事屋達は、家を出て行った。


***


「...あーあ、旦那達行っちまいやしたぜ?どうしやす?」

「...な...」

「?土方さん」

「...立場がなきゃ、良いんだよな?上等だ...」


俺だってな、朔夜を護ってやるって、半端な気持ちで言ってるわけじゃねぇんだよ万事屋ァ!

アイツが背負ってるもん、全部受け止めて背負い込む覚悟くらい、抱え込んだ時から持ち合わせてんだよ!!

アイツの持ってる影に、踏みこむ覚悟くらい出来てんだよ!!舐めてんじゃねェ!!


「...ありゃりゃ、こっちも火が点いちまってらァ」

「まぁ、朔夜さんにはお世話になってるしな...俺達も行くぞ、総悟。今日は今から有給だ」

「ま、朔夜さんの飯食えなくなると男のムサイ料理になっちまいやすしねィ」


そして俺達も万事屋の家を出た。


***


その頃――


「(逃げる隙がなかった...!)」

「朔夜姫様、そろそろお支度を。婚約者様が早めにいらして、貴女を一目見ておきたいそうですから」

「...わかった(くっそどうする!この家にいるのも嫌だけど、結婚とか絶対嫌だァァァァ!!)」


小生にはやるべき事が外にたっっっっくさん残ってるんだよ!!!

問題児あちこちに抱えまくりなんだよ!!

なのにどこぞのぬくぬく育ったボンボンかなんかと結婚してる暇なんかあるかァァァァ!!!


「(隙さえあればいつでもいけるのにッッ!!)」


小生は帰るんだ皆のとこに!!

今の小生には、行ける場所も、培った勇気もあるんだから!


と、大人しくないお姫様は、正装を着させられながら、闘志を燃やしていた。


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