第七十六訓 粗暴な王子様達へお触れを
――私は、いつも恐かったの。
貴女が、私をじっと見つめてくるボロボロになっていく貴女の無感動な銀灰色の瞳が、私を責めているように見えて。
堕胎しろという周りの反対を押し切って貴女を産んだくせに
1000年に一度の天才と言われるようになって、虐待されだした貴女を護ろうともしない私を
きっと憎んでるにきまってる。恨んでるにきまってる。
貴女は愛さえ知らず、何も分からず人形のように生きていくのね、私のせいで。
赦して、貴女をこの世に産んだ私を。
こんな馬鹿な親をどうか赦して。私を見ないで。
屋敷の一角に監禁され、主人に毒を盛られ、虐待され、日毎に痩せ細っていく貴女の姿を時折見ながら、私は神仏に懺悔だけを繰り返してきた。
貴女が、攫われて...いえ、救われたのであろう後、ずっと貴女がこの空のどこかで幸せに生きている事を神仏に願ってた。
私の懺悔の言葉は届かなかったのかもしれないけれど、貴女の幸せを願う言葉はきっと届いたのでしょうね。
だって貴女は、きっとこの外で笑っていられたのでしょう?
貴女は人に愛されることを知り、愛する事を知ったのでしょう?
苦難や悲しみを乗り越えて、掴んだものがあるのでしょう?
居場所を、生きていたい世界を見つけられたのでしょう?
...ならば、私は貴女を護ってくれていたその世界に、せめてこの命をかけて貴女を返してあげよう。
この脆く短い命の私にできることなど、もはやこれくらしかないのなら――...
【時間がありません...この手紙を早急に、この屋敷の誰にも見つからないよう、件の白いお侍様達にお渡しください...】
「...分かりました」
私は、喉を患い声が出せないので、手早くメモにそう書いて、書き上げた長い手紙を、唯一この屋敷の中で信用に足るお方に預け
その方が出ていったのを見送り、私は窓から朝焼けを見つめた。
「...(今日中に、あの子を助けに来てくださいまし...でないとあの子は...朔夜は...)」
きっと今度こそ本当に、主人と兄の暦に壊されてしまうでしょう――...
***
――大江戸では、あの火事の日から三日が過ぎようとしていた。
「(ホントどこ行っちまったんだ朔夜...!)...また捜してくる...」
「銀さん少し落ち着いてくださいアテもないのに...!」
「アテがないからアテを捜してんだろーが...」
「銀ちゃんらしくないアルヨ!焦ってマミーは見つかんないネ!」
「分かってんだよ!けど動いてねェと嫌な事ばっか考えちまうんだ...!」
新八達の言葉に、額を押さえてソファに座り込む。
「この三日ロクに寝てないからですよ...一回休みましょう銀さん」
「...んなことしてられ「そんならしくない顔じゃ助けに行ってもマミーに笑われるアルヨ?」
「っ...わーったよ」
大分限界が来てた事がわかってた俺は、観念してソファーに寝ころび目を閉じた。
"「――なァ朔夜、お前家族とかどうしたんだよ?」
「!...いきなりどうしたの?銀」"
あー...懐かしい夢だな
季節は今と同じくらいだったか。
寒いから寝れないって俺の布団に入って来た朔夜に聞いたな...
"「ほらよォ...ヅラと高杉には帰る家あんじゃん?けどお前は俺が来た時から先生といるじゃん?」
「...そっか...」
「んで?どーなんだよ」
「んー...産んでくれた人たちはいるけど、家族になれなかったからわかんない」
「は?」
「父上様と呼んでた人は小生が嫌いだったし、母上様と呼んでた人は小生を恐がってたし、兄上様と呼んでた人は小生を憎んでたから」
だから多分、家族と呼んじゃいけないと思う。"
ハードな事言ってた割に、いつもの笑顔だったから、ガキだった俺は簡単に流しちまったんだよなァ...
"「じゃぁつまり...お前も家族いないのか?」
「うん...おとうさんしかいない」
「...なら俺さ、ずっと一緒にここいるわ」
「え...?」
「だって、そしたら俺もお前もさ、もう一人じゃなくなんだろ?」
「...うん、素敵だねそれ」
「だろ?じゃぁ約束な...俺達はずっと一緒だ」
「うん、ずぅっと一緒...嬉しいなぁ」
そんで布団の中で、指切りしてたら先生に見つかってなァ...それで...――"
「...っ、あー...(なんであんな夢を今更...)」
「あ、銀さん起きましたか?」
「おう...俺どんくらい寝てた?」
「三十分くらいですよ」
「そうか...んじゃ捜し行ってくる...」
もう一度ヅラ辺りに情報来てねーか聞いてみるか...
そう思いながら、ソファーから身体を起こして、玄関に向かおうと廊下に出れば、玄関が開いて、また見たくもねー連中が来ていた。
「...またお前らかよ。人ん家づかづか上がりこみやがって...いい加減不法侵入で訴えっぞゴルァ」
「うっせェ。俺たちだってお前が幼馴染でもなきゃ一々こねーんだよゴルァ」
「だから朔夜の居場所なんかしらねーつってんだろーが。お前らはバカですか?バカなんですか?!」
「バカにバカって言われる筋合いねーんだよ!つーかなにかしら心辺りくれーあんだろ!」
「うるせーうすらバカ!!ありすぎて逆にわかんねーっつってんだろ!!しつけーなお前らも!!」
「黙れウルトラバカ!!その全部教えろって言ってんだろーが!」
「んだとこのクソマヨラー!!アイツが言わねーのに俺から言えるわけねーだろ!!(大体幕府側のこいつらに言えるか!)」
「んだゴルァ糖分バカが!!マヨネーズなめてんじゃねーぞ!」
「てめーこそ糖分なめてんじゃ「うっとうしいィィ!!つーか二人とも話の論点ずれてるんですけど!?」
新八のツッコミに、とりあえず一回口を閉じる。
「全く...二人してそんな風に言い合ってたら、朔夜さん絶対見つかりませんよ」
「新八君の言うとおりだぞ!落ち着けお前ら」
「「...チッ」」
「大の大人が何やってるアルか」
「こんな事してるあいだに本当に朔夜さん取り返しのつかない事になるかもしれやせんぜ?」
「お前らが来なきゃこっちは探しに言ってんだよ」
「はっ、どうせやみくもだろうが」
「あん?喧嘩売ってんのかコラ」
「やるかコラ」
マジ帰れよこいつ。踏みこんでくんなって言ったのによォ...と睨み合っていると行く先の玄関が開いた。
「!」
「あの、急に申し訳ありません。私は空魁といいます。あるお方の遣いの者なのですが...」
「「「「「「(でかっ!?)」」」」」」
玄関を開けたのは、見た事のない背の高いガタイがいい野郎だった。
「あの...白いお侍...坂田銀時さんのお宅はこちらでいいんですよね?」
「え、お、俺だけど...アンタ誰の使いだ?」
「それは手紙を読んでいただければお分かりになるかと...それにただ私は、貴方達にこの手紙を届けるように言われただけですから」
そして目の前の奴は俺に分厚い手紙を差し出した。
そこの宛て名には、『坂田銀時様へ』と達筆な字で書かれていて
差出人の部分には――
「!っ常盤、晦...!?(常盤ってお前...!)」
「「「「!?」」」」
俺が読み上げた名前に、神楽以外が反応する。
「常盤晦様だと!?あの絶世の美姫と謳われる常盤家直系のか!?」
「常盤家といやァ、確か幕府の親戚筋の中でも1、2を争う高位の家柄でしたねィ」
「なんでそんな方がお前に...」
「新八ィ、常盤家って何アルか?」
「常盤家って言うのは、将軍家の親戚筋にあたる名家中の名家で、昔から幕府の方針に助言している幕府お抱えの相談役。
別名『幕府の頭脳』って呼ばれてる高名な学者一族なんだよ」
「マジでか!つまり超セレブってことアルな!?」
「いや、まぁそうなんだけど...」
一人分かってない神楽に新八が説明を始めた中、俺は嫌な考えを確かめるべく、名字を見た瞬間既に封を切って中身を流し読んでいた。
「っ...(朔夜の事を傷つけた家が、今更アイツを...!!)」
「...それでは私はコレで失礼します」
「っ待てよ!詳しい事聞かせ――」
ドガシャァッ
「銀さん!?」
「銀ちゃん!?」
「ガハッ!?(んだこの力!?)」
出ていこうとする空魁とかいう野郎の腕を掴んだ瞬間、壁に思い切り叩きつけられた。
衝撃で壁に穴が開き、もろに当たった俺の骨も軋む。
「すみません。邪魔をするなら容赦はするなとも言われているんです...では」
そしてそいつは、頭を下げた後出ていった。
「ぐっ...(天人かなんかか...?こういうのの解説は朔夜の専売特許...ってそうだ朔夜んとこ助けいかねェとッ!)」
俺は読んだばかりの手紙の内容を思い出して、握りしめていた手紙を床に落として、穴から壁伝いに立ち上がってブーツを履こうと手にした。
「銀さんどこに!?」
「決まってんだろ!常盤家に殴りこみだ!」
ナメたことしやがって...!
朔夜に深い傷をつけたくせに、今更家に連れ戻す?
ふざけたこと抜かしてんじゃねェ...アイツがお前ら家族って存在に、内心どれだけびびってるかもしらねェくせに...!
全部、俺がぶっ潰してやるよ!
「はぁ!?」
「いよいよ気でも狂ったか!?あの家に手ェだして見つかりでもしたら斬首もんだぞ!?
「というかなんでいきなり殴りこみなんですかィ旦那」
「手紙読め!あの家が朔夜攫ったんだよ!」
ブーツを履き終え、ガッと木刀を掴んで腰に差す。
「「「「「はっ!?」」」」」
「ちょっ全然脈絡なくて意味分かんないんですけど!?なんで朔夜さんが常盤家に?!」
外に出ようとすりゃ、全員が焦ったように俺を掴んで引き止めてきた。
つぅか一致団結しやがって邪魔なんだけど!マジで!!俺の行く手を遮んなァァ!!
「だーかーら手紙読めやァァ!もうくっちゃべってる時間ねーんだっての!」
「待てや万事屋!分かるように説明してから行け!!朔夜と常盤家にどんな繋がりがあんだよ!」
ガッ
土方のヤローに襟を掴まれ言われて、苛々してきた俺はどうせ信じねーと思いながら仕方ねーと口を開いた。
「っアイツは...朔夜は、昔家出して絶縁しちゃあいるが...常盤家の実の娘なんだよ!」
「そういうことか...って、はあァァァァァァ!!!?冗談だろ!?」
「ウソでしょ銀さん!?あの朔夜さんが!?」
「この緊急事態に笑えませんぜ旦那」
「この状況でさすがにボケるかァァァァ!!だから手紙読めっつったんだよ!俺が言ってもお前らぜってェ信じねーもん!!」
そして俺は仕方なく、手紙を拾い上げ、こいつらに見せつけた。
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