銀魂連載 | ナノ
第七十四訓 優しい魔法が解けるには12時の金が鳴るのが定石




新月の夜――

人通りも少なくなった路地を、急ぎ帰路につくために早足で歩いていた。


「(残業でずいぶん遅くなってしまったよ...疲れたな...っ!)」


闇に紛れる妖しい気配を感じ取り、思わず足を止め、警戒するように辺りを見回した


「(複数...嫌な気配だね...)...おやおや、大勢いらっしゃるようで...出てきたらどうだい」


上衣の裏のメスに手を忍ばせ、静まり返っている闇の中に向かって話しかける。

すると闇の中から黒い忍者のような姿の男たちが数人出てきた。

その姿に小生は目を細めた。

「...卿ら、何者だい?知り合いにはいないはずなんだけど」

「...吉田...いや、常盤朔夜様ですね?」

「!...なんのことかな」

「惚けられても無駄です。こちらは全てを知っています」

「...ますますもって知らないし、関わりたくない系のことだね」

「そうはいきません...『常盤朔夜を連れ戻せ』これは貴女様の父君、常盤閏月様のご命令ですので」

「!!...ち、父上様、だと...!?」


『常盤閏月』、その名前に情けないほどカタカタと体が震えだすのが自分でわかる


「えぇ、ですから家に帰っていただきます」

「!っぜ、絶対お断りだよ...!あの家に小生が戻る理由などない...!!」

「貴女の意見など無用です。帰らないというならば...貴女様のご友人たちに何が起きるか...」

「!!」


何となしに言われた言葉にその場に凍りつき、背筋が冷たくなるのをかんじた。


「...人一倍頭のよろしい貴女がわからないはずないですね?」

「......っ皆には、手を出すな...」

「聞き訳がよろしい様で...さて、お連れしろ」


バッ

後ろから急に布を押しつけられた。

薬の匂いがしたと思ったら、意識が闇へと墜ちていく。


「っ!?(...また、あの...一人ぼっちの箱の中に...もど、る...の...かな...)」


頬に一筋の熱いものが流れ落ちるのを感じて、小生は意識を手放した。



――そして、誰もいなくなった雪がちらつく空間には、寺からの真夜中を告げる鐘の音が、空しく響いていた。


***


「深夜に歌舞伎町で怒った火事の捜査?!」


朝方――

真選組屯所は、飛び込んできたある事件で何時もよりにわかに騒がしかった。


「あぁ」

「近藤さん、それは火消しの仕事だろ」

「そうなんだが、周りにいっさいの被害はなく、その出火元の廃屋一軒だけがまるで切り取ったように全焼してな。

あまりに不審だってことになってよォ、捜査願いが出たんだ」

「一軒だけ...そりゃぁ確かに変ですねィ。普通は周りの何やらに燃え移るもんなのに」

「まぁ幸いなことに、その廃屋はうち捨てられて随分経つらしいし、人が最近住んでた記録はないし、すぐに終わると思うけどな。

山崎ももう捜査に出させてるしよ」

「...まぁ近藤さんが受けたなら、俺は文句は言わねーぜ」

「俺もでさァ」


そして会議が終結しようとしたとき...

ガラッ


「近藤さん!」

「!空覇ちゃん!?急にどうしたんだい?」


部屋に珍しく危機迫った様子の空覇が飛び込んできた。


「テレビでやってた火事...」

「?それがどうした?」

「あの『はいおく』って所は...朔夜さんのお家なんです!」

「「なっ、何ィィィィ!?」」

「すごい偶然でさァ」



***



――ここ、は...


「っん...っげほ、こほっ...!」


うっすらと目を開けて、息を吸えば、床に積もっていたらしい埃を吸いこんでしまい、思わずむせる。


「っここ、は...研究室...?(窓は、ない...気温が低く、湿っぽい...地下か?

それにしばらくこの部屋自体は使われていないみたいだねェ...でも研究機材は新しい...)」


息を整えつつ、体を起こして辺りを見回せば、埃をかぶった部屋に不釣合いな、真新しい実験用機材やらが置かれ、実験台があった。

それを確認しながら焦りと恐怖を押し殺し、自身のおかれている状況を冷静に分析する。


「(扉は...あった。鍵は閉まってるだろうが...ピッキングできるかな...)」


鉄の重たそうな扉を見つけ、立ち上がり、向かおうとすれば足元でチャリッという音が聞こえた。

そのどこか思い出したくない聞き覚えのある音に嫌な予感を覚え、足元を見れば両足を縛する金属の足枷があり、

部屋の奥の方に深く打ち込まれた、枷と同じ素材の金属の杭にまで鎖が伸びていた。

鎖はギリギリ扉に届かないように、計算された長さだった。

それを見て思わず、深くため息を吐き出し、奥に設置されている硬い簡易ベッドに腰掛けた。

ギシッ


「はぁ...今度は、逃がさないってことか...」


諦めていたけど...相変わらず、小生を嫌っているんだね...父上様は...

否応なしに付きつけられた事実に、鼻の奥が少しだけつんとした気がした。


***


その頃――万事屋


『――深夜未明、不審火による、不審な火事が、歌舞伎町のある廃屋を襲いました。』

「火事アルか〜怖いネ〜」

「怖いのは火事よりおめーの胃袋だよ!!もう家には米はそれだけしかないんだぞォ!?」


ガシャーン!!

テーブルの上に箸を叩きつける銀時


「ここのところ収入ありませんからね...」

「私はお腹一杯食べたいだけネ!ケチくさいこと言わんといて!」

「なんで関西弁!?腹立つ!!ものっそい腹立つんだけどこの子!!!」

「あーもう!落ち着いてくださいよ!!二人とも!!」


今にも喧嘩が勃発する、その時だった。

ガラッ


「おい万事屋!お前らに聞きてェ事がある」

「!あれ珍しい...」

「なんで税金泥棒が来たアルか!」

「おいおい警察が不法侵入ですか?朝っぱらから見たくねーんだけどそのマヨネーズ面」


挨拶もなしに入ってきた真選組の3人に、いつものように憎まれ口を叩く。


「こっちだっててめェの糖尿面なんざ見たくねーんだよ!」

「いや二人とも意味分かりませんから」

「まァとりあえず緊急のことなんで話は聞いた方がいいですぜ、旦那。オイ眼鏡、お茶くらい出しなせィ」

「どんだけ図々しい!?ていうか緊急って...何かあったんスか?」

「いや、実はだな...そこのテレビでもやっている廃屋が燃えた火事のことなんだが...」


近藤が言いづらそうに言葉を発した。


「?それがどうかしたんですか」

「私達なんにも関係ないアル!」

「いつもいつも俺達が問題起こすと思ってんじゃねーぞコルァ!」

「いやな、言いにくいんだが...どうやら空覇ちゃんの話だと、その全焼した廃屋が朔夜さんの家らしい」

「「「!!?」」」


予想外の言葉に思わず、いつもの憎まれ口を閉じた。


「それを聞いてから空覇ちゃんは捜索に、俺達は朔夜さんに連絡を取ろうとしたんだが、携帯も繋がらなくてな...」

「――認めたくねーが朔夜と一番付き合いが長いテメェなら、緊急連絡先なんかを知ってるかもしれねェと

仕方ねぇから来てみたわけだ...その様子じゃ、どうやら俺達のアテは外れちまったみてェだな」

「...(どこの組織だ?アイツの狙われる理由が多すぎてわからねェ...!)」


焦りを隠せない表情で黙り込んでる銀時を見て、ため息とともに煙草の煙を吐き出す土方。


「困りやしたねィ。完全に手詰まりじゃねーですかィ」

「あぁ、最後に目撃されたは昨夜のコンビニでのバイトでだしな...それ以降の足取りが掴めねェ」

「家族や同居人がいないってのが痛いな。ただでさえ一人行動が多い人だし...」

「...(こんなところでチンタラしてる暇じゃねーな...朔夜を恨む野郎だったら、アイツの命が危ねェ)」


ガタリと俯いたまま銀時が立ち上がり、立てかけてあった木刀を握り玄関に向かって歩き出した。


「銀ちゃん!?」

「銀さん!?」

「朔夜捜してくる。お前らは家いろ。ここに戻ってくるかもしんねェから」

「おい、どこかアテでも...」

「アテなんかねェ...でも、アイツが狙われたとしたらヤベェんだよ。

わかったら、てめーらもさっさと出てけや(朔夜、死んでんじゃねーぞ...頼むから生きてろよ)」

「待て万事屋ッ!」


ガシッ

土方が出ていこうとする銀時の腕を掴んだ。

その際一瞬見えた赤い目は、ギラギラと凶悪な光を帯びていた。


「!(んだ今の目...)」

「...離せよ。てめーらとよろしくやってる暇なんざねーんだ。大体民間人一人消えたの捜すのが、お前ら幕府の仕事でもねーだろ」


バッと掴まれた腕を振り払い、ブーツを履く銀時。


「っ俺は公務で捜してるわけじゃね」

「お前らはしらねーだろうが...朔夜を欲しがってる野郎も恨んでる野郎も、腐るほどいんだよ」

「!」

「...これ以上はなんにもしらねーお前らが踏みこんでいい場所じゃねェ...帰って公務でもしてろよ」


ガラッ


「万事屋お前っ」

「...土方君よォ...朔夜を...アイツを護ってきたのは俺だ。だから――」


何もしらずに護るなんて言って、アイツに踏みこもうとすんじゃねェ――

そういい捨てると銀時は、玄関扉を開けて出ていった。


***


「...でもこうしてても仕方ない...」


打開策を考えねば...こんなかび臭くて湿っぽくて埃っぽいところで、一人死ぬのは遠慮したい。

ベッドに座ったまま、脳をフル稼働させる。

この鎖と枷の金属が何で出来ているかだ...腐食液で溶けるのだろうか...幸いなことに実験材料は揃っている。

けれど父上様も愚物とはいえ、利口でないわけではない。

そんなこと考えているに決まっている...だが、やってみる価値はあるか?

ぐるぐると考えをめぐらせていると、扉がギィィィ、と重たい音を立てて開いた。


「!...閏月、父上様...」

「...お前に遺伝子をくれてやった男に、その反抗的な目はなんだ」

「...いえ、別に...しかし、しばらく見ない間に父上様は老いたもんですねェ...」


予想よりもはるかに老いている父上様に睨まれるも、正直な感想を述べる。

黒かった髪は白髪が混じり、昔から痩せ型だったのに、更に痩せたようだった。

そんなに年ではないはずなのに、ずいぶん実年齢より老いて見えるのは、自分の限界に悩み苦しんだからだろうか...

自分を虐げていた人間を前に、そんな馬鹿なことを思わず考えていると、

父上様にもどうやら僅かながら伝わったらしく、怒りに燃えた憎憎しげな表情をされた。


「...何を考えていた!才の乏しい私に対する、同情や憐れみでも考えていたか!?」


ぐいっ


「!っ...く...」


袷を捕まれベッドから力任せに無理やり立たされる。


「私と晦がいなければ生まれなかった分際で...!思い上がるな!!」


バチンッ


「っ!」


ドサッ

頬を思い切り張り飛ばされ、そのまま床に体がたたきつけられる。

見上げれば、怒りや憎しみで顔をゆがめ、肩で息をする父上様がいた。


「ち、ちちう...「うるさい!お前の声で父と呼ばれると虫唾が走るんだ!!」!...」

「お前に才が芽生えていなければ、再びお前をこの目に移す必要もなかったというのに...!!くそっ...!!」

「!!っ...」


なら、端からほっといてくれればいいじゃないか

もう、構わなきゃいいじゃないか

そんなにも、小生が疎ましいなら...

悪夢にも似た事実を突き付ける事を、繰り返させないでよ


「じゃぁ、なんで会いたくも無い小生を拉致ったんですか...」

「...お前の無駄にしているその才能を、うまく使ってやるためだ」

「...は?」


思わぬ言葉に、父上様を見上げる。


「お前はこの常盤家に1000年に一度、一人にのみ受け継がれる才能を芽生えさせながら、生きる意味のない無駄な命を持て余し、無駄に生きている。

だが我が学者一族の常盤家は天人の技術やらが横行して以降、我等の権威は下がっている...

だから、お前を仕方なく家に戻し、ここで研究開発をさせて家の権威を戻すのだ」

「!――...つまり、一族のための道具となれ...と?」

「そうだ。この家に生まれる意味のなかったお前に生存する意味と利用価値を作ってやったんだ。ただし、その才と命尽き果てるまで家から出しはしないがな」

「!っふざけるな!!絶対に協力するか!!家に帰せ!!小生はもう生きてる意味を持ってる!!!」


そんな身勝手にもほどがある言い分に誰が付き合うか!!

父上様の言い分に久方ぶりに激しい怒りを覚え、敬語も忘れ、立ち上がって怒鳴る。


「家...?ああ、あの家畜小屋のような廃屋か...愚か者が、もうお前の家などない」

「!?どういう...」

「昨日のうちに私の手の者に跡形もなく燃やさせた」

「!!」


もや、した...?小生の家を...?

突きつけられた言葉に、呆然となり、ぺたん、と冷たい床に座り込む。


「...」

「...あぁ、それにお前が友人と呼ぶ凡人たちだが...」

「!彼らに何かしたら、絶対に許さない...!!」

「お前が大人しく私に従属するというのなら、何もしない。する価値もないからな...だが、自ら命を絶ったり、逃げ出そうとすれば...分からないが」

「(下郎め...)」

「お前の居場所などない。帰る場所も行く場所も無い。それがこの屋敷の外に待っている現実だ」


お前はここで家の道具として生きる以外選択肢は無い。


「諦めて一族の姫という肩書きを持って研究し続けろ...死んだ時は弔いぐらいはしてやる。部屋は上だ。後で、使用人をよこす」


そう言いたいことだけ言い放つと、父上様は小生を振り返ることなく扉から出て行った。


「っ...う...」


だめだ、泣くな...泣いたら、とまらない...


「っ、ぅ...ぁ...」


笑ってなきゃ...昔だって...何年も、耐えて、たし...


「...っあ...ぃ...」


でも、今は外が...出会ったものが、忘れられない...耐えられない...


「っ...い、ゃ...やだぁあぁぁあああぁぁぁああああっ!!」


美しい世界と自由を知ってしまった小生には、一人で籠に押し込められることにもう耐えられないよ...

鉄の天井を仰いで、座り込んだまま大声で意識がなくなるまで泣き叫んだ





――あぁ、お義父さん。小生の目を初めて見て、育てくれた愛しい人。

貴方がぼろぼろだった小生の翅を、優しい魔法で治してくれたから

窒息しそうなこの箱から、あの日出ることができたのに

自由に、縛られず、自分の意思でどこまでも飛んでいけたのに

おかしいな、永遠のはずの貴方の魔法が解けてしまいそうなんだ。

また、この翅がぼろぼろにされてしまいそうなんだ。


「――お義父、さんっ...!おと、さん...!!」


助けて、とまたすがりたい。でも、それはもうできないこともわかってる。

だって貴方はもう、どれほど泣き叫んでも、壊れそうでも、ここに来て、手を延べてはくれないから。

だから今度は、一人で皆の所まで帰らないとダメなんだよね?

わかっているよ。だから、泣いて泣いて目が覚めたら、お義父さんの手を取った日の勇気と温もりを思いだして飛んで見せるから。

貴方の魔法が解ける前に、きっと――...



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