銀魂連載 | ナノ
第七十三訓 僕が僕であるために。結局のところ今の自分が一番で




俺達の邪魔をした万事屋の馬鹿トリオを逮捕し、姿の見えないアイドルの娘がどこにいったのか話していた時、空覇が言葉を発した。


「あれ...お通ちゃんだけじゃなくて朔夜さんもいないよ?」

「あ?どうせ朔夜のことだし危ないからっって付いてったんじゃねーのか?」


朔夜はそういう奴だしな。


「案外二人も目を離したスキにさらわれちまったんじゃないですかィ?不思議とあの事件、真選組の管轄でばかり起きやがるんでさァ」

「冗談じゃねーよ。俺達の目の前でんなことが起きたら、今度こそ真選組はおしまいだ。それに朔夜に何かあったら、とっつァんに俺達が殺されるぞ。どうせ小便かなんかだろ」

「近藤さんと変わりゃしねーや。だからアンタらモテねーし、朔夜さんに見てもらえねーんですよ」

「んだとコラァ、じゃあお前は何だってんだ」

「あの日でさァ」

「...今度、誰が一番マシな回答か朔夜に聞くか」


その時、車外に待機してた隊員の一人が大声を上げて目の前のモニターを指差した。

そこには異菩寺が映っていて、最上階に浪士らしき男達と、縛られた寺門通と、

縛られ、床に押さえつけられた状態で男達を睨んでいる朔夜、そして誘拐された女達が映っていた。


***


「この...!離せッ!小生に触れるな!!」


意識が戻ってすぐに暴れようとすれば、前のめりになるように床に頭を押さえつけられ、屈辱的な姿にさせられた。


「フン、大人しい顔をして、とんだ躾のなってないメス犬だな、吉田朔夜」

「ハッ...女を人質にするクズよかメス犬でいる方がマシだってもんさ」

「口の減らない女だ...さすがは真選組唯一の女中というわけか...その男を誘う纏った空気と稀なる美貌だけで取り入った訳ではないらしいな」

「うわ〜三下の男って、男所帯の女見ていうことって、いつの時代もどの種族も変わんないんだねェ...目ェ腐ってるんじゃない?大丈夫?」


そう言って、話しかけてきたリーダー格っぽい男に嘲笑を向ける。

すると男は、何度となく男に向けられてきた、卑しい吐き気と震えしか覚えない目で小生を見てきた。


「...真選組にはもったいないほどの女だな。お前みたいな女は嫌いじゃないぞ...顔も中々だしな」

「小生はアンタみたいな下衆大嫌いだから、ご愁傷さま」


そんな一銭にもならない気色の悪い会話をしていると、真選組の皆が到着したようで、お通ちゃんの隣に引っ立てられた。

その時に、一人の女性に目配せされ、ちらっともう一度見れば、それは女装をした退だった。


「(退...この任務いってたからいなかったのか...でも、いてくれて助かるな)」


いざって時、多少の無茶ならできそうだ。

そう思っているとお通ちゃんが下に向かって叫んだ。


「みんなァ!!」

「クク、来たか真選組!解散の手続きは済ませてきたんだろうな」

「え?何て言ったの今。すいまっせーん!もっかい大きい声でお願いします!」

「みんなァ!!」

「クク、来たか真選組!解散の手続きは...って二回も言わせるな!なんか恥ずかしーだろが!!」

「(時間稼ぐつもりだなー...)」


なんとなく意図が読め黙っていれば、声が聞こえにくいという理由で筆記のやり取りが始まった。

そして、この馬鹿な男達の要求に関しての返答が下から返ってきた。


「『釈放の件については今、上とかけ合っている。だが時間がかかりそうだ。しばし待たれよ』と書いてあります」

「フン、奴らの言う事を信じろと?」

「(...隙を見て、せめてこのやたら小生の腰抱いてる隣の男だけでも倒したい)」


気持ち悪いんだよ、手つきが。

そんな事を思っている間に、浪士達は何かを書いたらしく、真選組の皆に見せた。

すると下で揉め出し、何故かトシがちょっとかかっこよく3回まわってワンをしようとしてスベり、

嘘を言ったらしい総悟君と喧嘩を始めた。

そしてそのあと、他のメンバーがカレーを作り出した。

...あ、空覇心配そうだな...大丈夫だから、心配しないで。

そういう気持ちを込めて笑えば、空覇は安心したらしくカレー作りを手伝いだした。

それに安堵していると、カレー作りの撮影に向けられていた、下のマスコミのテレビカメラがこちらに向けられた。

なんでだ?あ、この状況下で微笑んだからか。

そんなこんなで、ロボットダンスやらコントのようなことをさせられて、ものまねと来た時、ついにトシと総悟君が仲違いを始めてしまった。


「(この真選組が生きるか死ぬかの緊急事態に、何やってんのあの二人は...)」


その緊張感のない姿に思わず息を吐きだしていると、再び男がホワイトボードを掲げたのを見えた。

ちらりと見えたそこには『局長を斬れ』と書かれていた。


「いい加減にしやがれ」


下からも当然の怒りの声が上がる。


「!あんたら調子にのんな・・・」


ガッ

頭を押さえられ、柵に身体が押しつけられた


「っく!」「朔夜さん!」

「できなくば、局長の代わりにこの哀れな美しい女中が、貴様らに関ったばかりに死ぬだけ。

人一人護れぬようで、江戸の平和は護れぬよ。今まで我々攘夷浪士を散々苦しめてきたじゃないか、江戸を護るために。

こんなところでおしまいかね」

「...はっ...よく言う」

「あ...?」

「無関係な一般人を、自分らの目的のためにこんだけ巻き込んだくせにさァ...偉っそうにべらべら真選組に説教たれてんじゃないよ!」


キッと睨み、そう吐き捨てる。


「...アンタを卑怯と罵る権利は卑怯者の小生にはないから言わないけどね、同じようにアンタに真選組を批判する権利はない」

「貴様...!」

「それにアンタら如きが潰すには、あの組織は手に余るよ...ね、近藤の旦那!」


自信をもって笑って、下の近藤の旦那に問いかければ、ふっと旦那は笑ってジャケットを脱いだ。


「――よっしゃ、来い!」

「それでこそ旦那だ!」

「局長ォ!何やってんスか!?」

「朔夜さんも冗談やめてください!!」

「(ふふ、これでいい...隙を作るには十分だ)」


そして、下のやり取りから気づかれないよう目線だけを後方にやれば、誠ちゃんの恰好のままの銀時が顔を出し、

小生の視線に気づいて一度こっちを見てから頷き、女の子達を逃がしだしたのが見え、思わず口角が上がる。

そして意識をもう一度、真選組の皆にやれば、丁度近藤の旦那を刺した所だった。

そのシーンに、お通ちゃんが泣き叫んだ時だった。

一人の浪士が銀時を見つけて大声を上げた。


「何をしている貴様ァァァ!!」

「!(ばれたか...だが心配いらないな)」

「あーやっちゃったな〜オイ、やっちゃったよ〜」

「何をしている斬れェ!!斬れェ!!」

「(よし、ようやくチャンスが来たねー)」



押さえつけられていた浪士の手がなくなったので身体を起こし、銀時に注意が向いたのを見て、

袖に仕込んでいるメスで、素早く己の縄を斬って解き、素早く近づいてきた退に隣のお通ちゃんの身柄を押しつけ

小生自身は、気づかれないように柵の上にとんっと乗った。

すると、浪士達は此方の方の動きに気づいた。


「!退、今だ行ってッ!!」

「はい!あーカツラは頭がかゆくなっていけねーや。お通ちゃん、後でサインくださいね」

「!!(コイツ...!!ずっと女達の中にまぎれこんで...まさか...)」

「ようやく気付いたみたいだねェ」

「!吉田朔夜...!」

「ふふ...彼らを見くびった時点で卿の負けは決まっていたんだ。それにね――」


ダンッ!


「貴様如きが小生を拘束するなんざ1億年早いんだよッ!」


ゴスッ


「ぶふっ!」


思い切り柵を蹴って宙に飛び上がり、リーダーの顔を思い切り踏み、その顔を足場にもう一度飛び上がり

今度は、下は床ではなく大地、上は限りなく晴れ渡る青空が見える空中に、思い切り身体を投げ出した。


「!!?あの女...!!」


身体が、ざわめく下へと傾いていく中、小生は間に合う事を信じて、この付近に駐在させているカーラスを呼ぼうと、指笛を吹こうとした。

その時――


「朔夜さん!!」

「!?空覇っ!!」


ガシッ


「無茶しちゃ駄目だよッ!!」


寺の屋根を飛び跳ねて伝ってきたらしい空覇が飛んできて、小生の身体を抱きとめた。

そして地に下りたった瞬間、真選組の皆が寺の上層階にいる浪士達に向けてバズーカを撃ち、寺を半壊させて事件は1件落着となった。

その後、真選組、万事屋両面々にこってり怒られました...まぁ怒られるとは予想してたよ、うん。

でもあんなに怒らなくてもいいと思いました。アレ?作文?


***


「…(やっぱりいたか…新聞見てるし…)」


翌日、小生は錨草の香の煙を燻らし、家康公の像の広場へとやってきた。

そこには、捜していた男が、脇に三味線を置いて一人ベンチに腰かけていた。

その姿を見て、小生は目の前へと静かに近づいた。


***


――会いに来るだろうとは思っていたでござるが、会いたくなかったでござるな…

近づいてきた、よく知った女の気配にそう思いつつ、新聞を畳んだ。


「…お久しぶり、つんぽ――いや、河上万斉」

「…この際、万斉で構わんでござる」

「はぁ…まさかとは、思ったんだが…やっぱりか…」


甘く香る煙をふぅと吐き出してから朔夜は、拙者の隣に腰掛け、再度話しかけてきた。


「――万斉、卿は…本当は晋助のとこの人間なんだね?」

「…そうでござる」

「いつから…?」

「主と会う前からでござる」

「…そう…」

「…朔夜、」

「…なんだい?」

「拙者のことを、真選組に売るでござるか?」


売るとは答えてくれるな…そう答えられれば、ここで終わってしまうでござる…

当然ともいえる拙者の質問に朔夜は目をそらし、前を向き、煙を吐きだした。


「…本来なら、売るべき情報なんだろうね…」

「…(やはりここで終わり――)」

「でも、売らない…いや、売れないよ」

「!…何?」


予想外の返答に、少しだけ目を見開く。


「だって卿は…もうとっくに小生の世界の中の一人だし…

どうなるかわかっているのに、そんな風に簡単に売れるわけがないじゃないか…小生に罪悪感が残るだけだ」


それに売るんだったら、晋助のことも喋ってるよ。

そういって朔夜は、深い寛容さと、甘い優しさを滲ませた笑みを向けてきた。


「!朔夜…やはり主は、どこまでも甘いでござるな…」

「うん、知ってるよ…でも、その甘さで卿を小生は売らずに済むのなら、喜んでどこまでも甘くなるよ」

「…そうでござるか(…朔夜に酔っている晋助の気持ちがよくわかるでござるな…)」

「うん――だから小生の口から万斉の事が漏れる事はないから、そこは安心して」


別の人間ならば口先だけの嘘だとその場で斬り捨てるような言葉だというのに、朔夜が口にすると簡単に信じてしまう。


「…(やはり拙者も、結局のところ…同じという訳でござるか)」


朔夜の纏う蜜のように甘い空気に酔い、その虜になってしまったでござる。


「(…いっそ晋助にも、譲りたくないなどと考えてしまう程にまで…)」

「…?万斉?」

「いや…なんでもござらん(…戦場で敵味方を魅惑した茨の華というのは、伊達ではないでござるな…)」


銀灰色の、まるで穢れをしらないかのような澄んだ瞳を見つめ、思う。


「そう…?」

「あぁ…それより、拙者はそろそろ行くでござる」


名残惜しいと僅かに思いながらも、立ち上がり、立てかけておいた三味線を背負う。


「…そっか…なら、またそれと…晋助のこと、これからもよろしくね。あと、危ない橋を渡るのは、程々にするんだよ」

「…本当に酔狂でござるな…正義感を振りかざそうとするかと思えば、そうでもない」

「正義や悪なんて不確かな事考えて生きてたら、今の小生はきっといないよ。それに、ただ今は、言葉が届かなくても、元気でいるならそれでいいからさ…」

「(友と信じている晋助と、己の実兄の取り決めを知らぬ故の思いやりか…いや、知ったとしても、僅かに悲哀を浮かべがら、同じように笑うのでござろうな…)…朔夜」

「?な――」


ちゅ


「!?」


開きかけた朔夜の濡れたような唇に、己の唇を重ね、唇を舐めてから離した。


「…ふむ、癖になる甘さでござるな」

「え、ちょっ、なっ!何してっ!?」

「主に拙者は少なからず心寄せているから口づけたまででござる」

「ほ、ほれっ!?はっえっ超展開すぎて何がなんだかわかんないんだけど!?」


先程までの大人びた表情は消え、一人面白いくらい焦る朔夜に、最近入ったばかりの情報を口にした。


「言葉のままでござる…それより朔夜、『常盤家』の動きにしばらく注意するでござるよ」

「!(『常盤』…!?やはり鬼兵隊と兄上様に関係が・・・!?)」

「では、これで失礼するでござる」

「ま、待って!なんでそんな重要そうな情報…!」

「…惚れている女子が苦しむ姿を見たくないと思うのは、当然の理でござろう」

「え、まぁそうだけど…って、は?(え、それだけ?てかそれ本気なの!?)」

「では」


そして拙者は朔夜の制止の言葉も聞かぬフリをして歩き出した。

苦しめているのはこちらだとわかっているが、言わずには居られなかった。

――晋助、すまぬが拙者も、あの茨の蔓の籠の中で一人息づく娘が、放っておけないのでござる。

結ばれたいとは言わぬ故、想うだけは許してもらいたいものだ。


***


――そして、広場で一人万斉の背を見送った朔夜は、力が抜けたようにベンチの背もたれに凭れかかって、自分の目と似た灰色の冬空を見上げた。


「ウソでしょ…(なんか色々ありすぎてどれから処理すればいいんだ…)」


ていうか惚れてるって…えぇぇぇ…そんなバカな!!万斉が!?



「(とりあえず落ち着こう自分!!ちょっと今はそれ置いておこう!!)」


そっちは後でよく考えるとして、今は『常盤家』の方だ…!

気持ちを鎮め、脳をぐるぐると動かす。


「(なんで今更『常盤』が小生の人生に関わってこようとするの…?)」


小生に、この世に産まれてくる必要などなかった――と、父上様は小生を見て殴ったのに。

小生に、この世に産んでしまって、ごめんなさい――と、母上様は小生を見て泣いたのに。

小生に、邪魔な命が生きてるなんておかしい話だ――と、兄上様は小生を見て笑ったのに。


「(何故…?)」


目障りな小生は、望み通り目の前から消えてあげたじゃないか。

なのに、なのにどうして?


「(…娘なんか、最初からいなかった…それでいいじゃないか)」


同じように小生に、生みの親などありはしない。

それでいい、それで終わりで――

だって小生には、この世界の愛しさと美しさを教えてくれた、かけがえのないたった一人の親がいるから。


「(今更…小生に何の用があるの…?)」


考えられるとしたら…


「(存在の抹消…?)」


行きついた考えに、冬の寒さとは関係ない悪寒にぶるりと震え、思わず自分の身体を抱きしめた。


「……小生は、生きていたいのだけなのに・・・」


いやだ、まだ死ぬわけにはいかないんだ。

小生は何一つ約束を、誓いを為せていないんだ。

護るために死ぬ覚悟はあっても、小生を殺したいと願う人のために死ぬ覚悟はないんだ。


「(しばらく、警戒しよう…)」


そして小生は立ち上がり、煙を燻らして歩き出した。

ひどく、皆の温もりを感じたくなった午後だった。


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