第七十訓 甘えていいのは小学生まで
「朔夜さん今日は大丈夫ですかァ!?」
「お怪我の具合は!?」
「あー...皆...大丈夫だからさ、とりあえず毎日この世の終わりみたいな顔して見舞いに来なくていいからね...?」
これだから真撰組には来たくなかったんだけどなぁ...絶対心配させるってわかってたから
皆優しいもんな...この怪我全部自業自得なのに。
詳しい理由は説明できないけど。
そう思いながら、頬をぽりぽりとかいた。
***
「はぁ...(どうにも落ち着かないな)」
――晋助達との戦いを終えた後、空覇によって小生は、本当はとても嫌だったんだが、始めて見るほど大泣きされたため断れず、
自らの身体から止まることなく流れ落ちる血で濡れた体で、真撰組へと連れてこられた。
隊士達のその時の度肝を抜かれたような顔は、しばらく忘れないだろう。
「...(にしても、二人の怪我は大丈夫かな)」
確かに丈夫な二人だけど、あんな大怪我久々に見たし...
「(...やっぱり少し、心配だな...)」
...数時間くらい、外に出てもばれないよね
それに小生の身体も、確かめなきゃいけないことあるし...
そう思い、空覇に朝方指摘されたばかりの首筋と鎖骨あたりに
忘れることは許さないとでも言うように、点々と色濃く残された赤い痕をなぞる。
「...バカなんだから(こんな痕を人の身体につけて...)」
こちらが泣きだしてしまいそうになるほど切なかった、小生を渇望するような熱い視線と、
すべてを奪うような冷めた体温が思い出されて、
胸が締め付けられ、涙が溢れそうになるが、それをこらえて身体を起こそうとした時――
「朔夜さん動いちゃ駄目!!」
シュタッ!!
「!?」
声がしたと思ったら、上から急に空覇が降りてきた。
「空覇どこから!?」
「天井裏から朔夜さんを見守ってたの」
忍者か!!
思わず心の中で突っ込みをいれるが、しかし空覇の、どこか怒ったような、だが今にも不安で泣き出しそうな顔を見て、少し驚いた。
「空覇...?」
「どこにも行かないで、朔夜さん...まだ傷、ちゃんと治ってないんでしょ?」
「あー...まぁこれくらい大丈夫だよ」
「...朔夜さんが大丈夫だっていって大丈夫だったことがないもん」
「うっ...でもこんな怪我平気だから...だから、そんな空覇が泣きそうな顔をしないでおくれ」
その泣きそうな顔は苦手、だって対処できないんだ。
自分の涙を耐えるのはたやすいのに、人の涙を止める事はとても難しいから。
拭うことと受け止める事はできても、小生はその涙そのものを止める術は持ち合わせていないから。
「泣かないで...空覇...」
これは全部、小生自身の行動の代償なんだから、空覇が辛そうな顔をする必要なんてないのに...
むしろ小生達の事に空覇を巻き込んで、治るとはいえ怪我をさせてしまったのに...
どうして、そんな心配で不安そうな顔をするの?
そんな事を考えていると、空覇が小生のことを抱きしめてきた。
「!」
「朔夜さんが、居なくなっちゃいそうで...僕、恐かったよ...」
「空覇...」
「だって、朔夜さん...見ず知らずの僕の面倒も見てくれて、いつも自分より皆に優しくてあったかくて...
いつか自分の温かさで溶けて、消えちゃいそうなんだ...」
「...空覇は、小生をまるで良い人のように言うんだね。前も言ったろう?小生は良い人じゃないと」
小生は、稀に見る誰より我儘で自分勝手なあくどい利己的な人間だと自分でわかっている。
人が大切なものを奪われようとしていると首を突っ込むのだって、そういう姿を見たくないって勝手な理由だし
心と言葉の隠しきれない矛盾だってある。
それでも優しかったお義父さんのように、この名字に相応しい人間になりたくて、足掻いているだけ。
そんな小生を偽善と呼べど、優しいと世界はけして呼びはしないだろう。
...本当に優しいとしたら、こんな小生についてこようとする空覇のような子なんだろうな
「...(優しい人ってのは、お義父さんや空覇みたく、自分にも人にも素直に、幸せにできる人のことなんだろうな...)」
だからほら、周りや自分をだまくらかすことばかり上手くなって汚い嘘吐きになってしまった小生は、優しくなどないんだよ。
「...(まぁ...それがあの時、全ての選択肢を排除して、小生の選んだ道だから後悔も何もないけどね...)」
「朔夜さん...?」
「あぁ、なんでもないよ...でも、分かった。空覇に心配かけたのは事実だし、今日はおとなしくしとくよ」
「!本当?」
「あぁ、だから心配しないでおくれ...だから空覇もお仕事あるだろう?行っておいで」
「でも...」
「大丈夫だからね。それに、どうやらトシが小生に大事な話があるみたいだし...」
廊下を歩いてくる聞きなれた足音に気づいてそう言えば、空覇は渋々というように頷いて、天井裏へと登って姿を消した。
...ますます忍者だよ、動きが。
***
スッ――
「やぁ、やっぱりトシだったか」
「...お前、起きてて大丈夫なのか」
「やだなぁ、あれくらい小生にはたいしたことないよ。ほらもうへーきへーき」
まもなくして、入ってきたトシの言葉にそう言っていつものように笑えば、トシはため息をついてから、布団の横に腰をおろした。
「それが、血ィだらだら流して帰ってきた女の台詞か?」
「あはは、小生は普通の女って括りにはどうにもは入らないらしいから、丁度いい台詞だろう」
「...はぁ...お前な...」
「ふふ...――でも、こんな怪我して心配掛けたのは謝るよ、それは本当にごめん」
笑顔を真剣な表情に変え、布団の上で正座し、トシに頭を下げる。
「...別に気にしちゃいねェから頭上げろよ」
「...うん、そっか。なら良かった」
その言葉に頭をあげてトシに笑顔を向ければ、頭にぽんと手を置かれた。
「?トシ...?」
「...俺は、お前が無事ならそれでいい...」
「...そっか...ありがとう(...多分、トシは晋助と何かあったんだろうと、わかってるんだろうなぁ...)」
トシは勘の鋭い男だから、だから――少しだけ恐いんだ。
気づいているくせに、何も問わない優しさに溺れるのが。
いつか、小生の事が全て見抜かれてしまいそうなのが。
そうしたら、きっとここにはいられないから
だから、ほんの少しだけ恐いんだ。
「(――でも、離れがたいのは...きっと小生が誰かの優しさに甘えたいと、まだ思っているからなんだろうな...)」
小生が弱音を吐き出して、誰かの優しさに甘えて溺れていても良い時間は、あの日あの時、あの人ともに消え去ったのに。
あれだけ子供の時に皆に甘えていたのに、まだ甘えたいなんて――
「(...馬鹿か、小生は...こんなんじゃまた何か失う。もっと自分を律しなきゃ...)」
「...?どうかしたのか?」
「...うぅん、なんでもないよ」
小生は甘えてきた分、返していかなきゃいけないのに
こんなことで気弱になってちゃいけない。
小生はこんな怪我くらいで立ち止まったりしちゃいけない。
死なない限り頑張れるから、よし、大丈夫。
心の中で、自分を叱咤している間、トシの鋭い視線が、小生の首筋の赤い痕に注がれていた事に小生は気づかなかった。
***
「...(...相手は、高杉...だろうな...)」
部屋から出て廊下を歩きながら、いい年の男なら皆わかるだろう
朔夜の白い首や鎖骨に、無粋なまでにいくつもつけられた赤い痕を思い返す。
「(...あの電話の後に行ったのか?やっぱりアイツは、高杉と繋がりが...)」
いや、朔夜はそんな女じゃねェはずだ...
「(きっと無理矢理だよな...)」
なぁ、そうだよな朔夜...
あんな風に笑われちまうと、俺は何も聞けなくなっちまう。
だからお前の今までの人生を、背負った影をいつか全部隠さず教えてくれ
俺を、少しで良いから頼ってくれねェもんだろうか。
「(...俺ァお前が好きなんだよ、朔夜...)」
そして今も酷く鮮明に思い出せる、近藤さんに会う少し前の、顔も知らない女との、一期一会の出会いを思い出す。
"「――アンタ、志士でも幕府軍でもないね...迷子かい?」
「迷子じゃねェよ...お前こそ、女のくせにこんな夜の山ん中で何してんだ(戦場が近いのか...?血生臭ェ...)」
「・・・女が、こんな夜の山ん中いたら悪いのかい?それよりココ早く離れな。もうすぐ山火事に「する」から」"
顔はハッキリ見えなかったし...それきりの出会いだった。
でも、あの女の事が気になり続けてて、ここで会ったお前と何かが重なって...
最初はずっとあの深く知りもしない女の面影を重ねてた。
だがな、しばらくして、朔夜自身を好きになってるのに気づいた。
そしてあの女と、お前の背中が、よく似ていることにも――
お前は何も言っちゃくれねェけど...俺はて好きな女の全部を知りてェ
だから早く、俺の中のお前に対する疑惑と感情を、お前自身の偽りない言葉で晴らしてくれ。
――お前は...高杉とも、攘夷とも関係ねェよな?俺達の敵じゃねェんだよな?
宙に浮かんだままの想いと、会ったときから膨れ続ける疑惑と感情に、俺は煙草の煙を吐き出した。
***
「「...」」
「ひ、久しぶりなのに二人とも顔怖いんだけど...」
トシとの会話から数日後、小生はようやく軟禁生活という名の療養を終えて二人と会うことになり、
つっこまれるのも嫌なので、赤い痕を包帯と絆創膏でぺたぺたと隠し、万事屋で会えば、二人はとても不機嫌そうだった。
そして、そんな二人と反対側のソファーに座り、今に至る。
「...怪我、だいぶ良くなったみたいだな」
「え、あ、うん。傷跡も残らないらしいから...二人も大丈夫そうだね。よかった」
微笑んで答えれば、眉根を寄せたまま銀時が言葉を発した。
「...なんであんな勝手なことしたんだよ」
「え?」
「...なんで、一人で高杉の所に乗りこんだりしたんだよ!」
「...それは...小生の独り善がりな願いだから...銀時に頼らないで、一人で何とかしようと思って...」
「っバカ野郎!アイツがもうお前の覚えてる高杉じゃねーことくらい祭りの時にわかってんだろ!!」
バンッ!
思い切りテーブルをたたいて声を荒げた、不安に瞳を揺らす銀時に唇を引き結んで、視線を落とし、自分の着物を握る。
「っわかってる...けど...」
「朔夜...お前は、懐に入れたモノにとても優しくて甘すぎる...それがお前の1番の美徳で――欠点だ」
「...甘っちょろいのは自分でもわかってるよ・・・でも...でもね...晋助のことを、諦めたくないんだ...」
晋助が、どれだけねじ曲がって歪んでしまおうと...それでもどこまでも晋助は晋助だったから
小生の世界を形作る、大切な大切な人(ピース)の一つだから...
気持ちが少しだけわかってしまう分...こんな風に失いたくないんだよ...
そう言えば、二人は苦しそうに黙った。
***
――高杉を失いたくない?俺達の気持ちも知らないで...
失いたくないのは、こっちの方なんだよ!
アイツに泣かされてばかりなのにそれでも高杉にまで優しい朔夜に、体の奥に燻ぶる嫉妬の炎が燃えて、苛々する。
「っ...俺たちだって、お前をもう二度と失いたくねぇんだよっ...!」
「銀時...」
「...俺達も、お前を危険に晒すような真似はもうしたくないんだ...」
「...小太郎...」
「だから...勝手に一人で、俺の護れねェ距離に行くなよ...」
「!...」
...お前は知らねーんだ。
お前の柔らかい声を聞けなくなった後、俺がどんだけ壊れそうだったか。
お前の、震えを隠しながら凛と立って生きる姿が、どこにも見えない現実を信じたくなかったか。
誰よりも戦いのない未来を信じて戦って、戦争を終わらせようとしていたお前が、死んだなんて信じられなかったか。
朔夜の横にいって座り、その存在を確かめるよう傷に触れねーように右手を握りしめた。
すると、ヅラも俺と同じように朔夜の左手を握った。
「...二人とも...」
「――それに、高杉にお前を取られたくねェ...」
「え...」
困惑した表情で見てくる朔夜を見返す。
こんなに可愛い朔夜が高杉に穢されたのなら、俺はあいつを許せなくなりそうだ。
思わず手を握る手が強まる。
「その絆創膏の下の痕、高杉につけられたんだろ?キスされてたしな...」
「!銀時も、見てたの...?」
「...アイツが見せつけてきた」
「そう...」
「...抱かれたのか?」
「!...抱かれてない」
「本当にか?」
「本当だよ...晋助とは、そんな関係じゃないから」
仲間とも、言い難くなってしまったけれど
そう苦く笑った朔夜の瞳に嘘はなさそうだったので、俺とヅラは安堵して、息を吐きだし、ソファーに凭れた。
その俺達の間で、朔夜はよくわからなさそうに、首をかしげて俺達を見ていた。
朔夜...俺は、高杉にも誰にも、お前を穢させねェし傷つけさせねェ
お前を傷つける存在は、俺が全て遠ざけてやるから、お前はこの場所でいつまでも笑っててくれよ...
そして俺は、不思議そうに宝石のような目を丸くさせた朔夜の頭を撫でた。
***
「はぁ...(最後の質問、どきっとしたな...)」
あの後、小生は二人と別れ帰路についていた。
最後にされた、抱かれたのかという質問を思い返し、昔を思い出し苦笑する。
「(まっさらな気持ちで...皆で笑い合ってた時代に戻れたらいいのに...)」
無理だと分かっちゃいるけれど...何千回も願ってしまう。
そう思いながら少しだけ切なくて鼻をすすってお腹をさすり、ココにはいない人物に向けて言葉を口にした。
「...晋助...小生は、卿を...―― ――」
暗くなるのが早くなった冬を告げる初雪を纏った北風に飲まれ、最後の言葉は消えていった。
「...今年の冬は、冷え込みそうだね...」
――側にいる事はもはやできない愛した男の心が、どうかこの雪に埋もれるように...凍てつきませんように...
そして小生の世界も、いつか綺麗に完成できますように...
「(...皆には悪いけど...この命が燃え尽きるまで小生は走り続けよう...小生にはこの命と頭脳しか持っていないから...)」
この全てを掛けて、大切な世界を守り抜いてみせる。
そしたらきっと、『もう甘えてもいいんだよ』と自分を赦せる気がするんだ。
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