第四訓 落ち込む男に優しい言葉をかけないように。大抵の場合ろくな男じゃないから。
夜の蝶たちが飛び交い、男たちを惑わす歌舞伎町。
その一角にあるキャバレー、スナックスマイル。
ここでも彼女、吉田朔夜がバイトをしている。
「あら、お朔さんがヘルプ?今日はお休みさじゃ?」
源氏名を呼ばれた朔夜が一つのテーブルに近づく。
「あぁ、人手が足りないそうでね、小生もでることになったのだよ。というわけで、今日はよろしく頼むよ旦那...(って近藤の旦那ァ!!!??)」
男の姿を見ると、朔夜は雷に打たれたような顔をした。
妙と呼んだ女性とは反対側の、落ち込んでいる男の隣に腰を下ろす。
「貴女は...アレ?どっかでみたことが...」
男の言葉に一瞬ぎくりとするも、朔夜は平静を装う。
「き、気のせいじゃないかい?しょ、小生の名は、お朔だよ。しかし旦那、この町でそんなしけた顔は頂けないねェ。
何かあったなら話してみてくれないかい?意外とすっきりするもんだよ、ねェ妙ちゃん?」
「えぇ、そうですよ。飲んで話して忘れちゃいましょうよ」
二人の言葉に男が、うつむいたまま重い口を開く。
「俺...今日、女に振られたんだ」
「あらあら、そりゃぁ災難だねェ」
「どーせ俺なんてケツ毛ボーボーだしさァ
女にモテるわけないんだよ」
「いやいや、旦那は十分魅力的だと小生は思うがね」
「そうですよ。男らしくて素敵じゃありませんか」
「なら聞くけどさァ、お妙さんと#お朔#さんの彼氏がさァ、ケツが毛ダルマだったらどうするよ?」
「ケツ毛ごと愛します」
「愛しているなら、そんなことは些細な問題だろう?」
(菩薩と女神...すべての浮上を包みこむ菩薩と、すべてに慈愛を注ぐ女神だ)
「?」
「旦那?どうかしたかい」
***
その日からしばらくしての屯所――
スナックにて男、近藤により妙と共に告白された朔夜は、
随分前からしている真選組屯所の女中のバイトに来ていた。
「お朔さん...いえ、朔夜さん!俺と結婚してくれェェ!!」
「...はぁ...近藤の旦那。頼むからいい加減にしてくれないかい?」
「いやしかし、まさか朔夜さんがスナックでもバイトをしているとは...」
「小生の話を聞いてくれ、頼むから。小生は誰とも結婚なんてする気はないんだよ。
だからほら行った行った、小生にはまだ仕事があるんでね」
「誰とも結婚する気はないというこたァ、俺にもまだチャンスがあるってわけですかィ」
そっけなく近藤にそう返し、朔夜が洗濯籠を抱えなおすと縁側の方から声が聞こえた。
そこには総悟がいた。
「お、総悟か」
「総悟君...卿は今から巡回ではなかったかい?」
「俺は今、自主的な休憩をとってるんでィ」
「それをサボタージュ、略してサボりというのだがね」
「総悟ォォォ!!てめっ、またサボりかァァァ!!!」
「そぅら、トシが来たぞ総悟君」
廊下から響いてきた大声を聞き、呆れたように声をかける。
「やっぱりここにいたかテメー」
「チッ...土方さん、朔夜さんと二人きりの時間を邪魔しないでくだせェ」
「え?ねェ俺もいるんだけど総悟」
「またサボって朔夜にふざけたちょっかいだしてんのかテメーは!!」
「トシまで無視!?」
「やれやれ...ところで近藤の旦那、そろそろ妙ちゃんのところに行かなくていいのかい?」
「あ!そうでした!お妙さーん!!」
「待て!近藤さん!!」
門の方へと走っていく近藤を見送ると、朔夜はすぐに背を向けた。
「(...許せよ、妙ちゃん。近藤の旦那の相手は、天才の小生といえど嫌なのでね)」
朔夜は心の中で謝罪を入れると、今だ騒いでいる二人を残し、
洗濯籠を持ったまま、気配を消してその場を去った。
***
「またお越しくださいね〜」
午前までの女中の仕事を終えた朔夜は、午後からのバイト先、ラーメン屋へと来ていた。
端正な顔に、見事な営業スマイルを浮かべる朔夜。
客は、老若男女問わず顔を赤らめていく。
そしてまた店の自動ドアが開く、それを見ると、朔夜は笑顔を作り、こういうのだ。
「いらっしゃいませ、お客さん。本日はなんめ...って卿等...」
「...アレ?朔夜?」
入ってきたのは万事屋一行と妙ちゃんであった。
***
店長に休憩をもらった朔夜は、銀時たちのところにいた。
「驚いたよ。まさか卿等がここに来るとは...しかも小生がシフトの日に」
「つーか、こっちが驚いたんだけど。お前いくつバイトやってんの?お妙とも知り合いだしよー」
「バイトは20近くといったところか...妙ちゃんとはキャバレーでの知り合いだよ。しかし妙ちゃんが新八君の姉だったとはね」
「私もお朔さんが、まさかこの人たちと知り合いだなんて思わなかったわ」
「僕も姉上と知り合いだなんて思いませんでしたよ」
「つーか何?朔夜お前...キャバ嬢?」
「バイトだがね」
「よし、今度銀さん絶対行くわ」
「来るな、汚らわしい」
「バカヤロー!男は皆どこかしら汚いんだよ!!」
「ていうかそろそろ本題に入りましょうよ!!すでに全然関係ない話ですし、読者の人絶対飽きてますよ、コレ」
「ああそうだね...そしたら本題に入ろうか」
***
「よかったじゃねーか、嫁の貰い手があってよォ」
新八の突っ込みにより話が戻り、すべてを聞いた銀時の第一声であった。
「けれどねぇ...ストーカーだよ?女の敵というものだ」
「だけどよ、帯刀してたってこたァ幕臣かなんかだろ?玉の輿じゃねーか。本性がバレないうちに籍入れとけ籍!」
「それどーゆー意味」
パリン
妙によって叩きつけられた銀時の額で、下にあったパフェの器が粉々になる。
「あー妙ちゃん、器を割らないでくれないかい?片付けるのは小生なんだよ?」
「あら、御免なさいお朔さん。で、話の続きなんだけれど...最初はね、そのうち諦めるだろうと思って
たいして気にしてなかったんだけど......気がついたら、どこに行ってもあの男の姿があることに気づいて。ああ、異常だって」
「(...悪いね、妙ちゃん。それは小生のせいでもある...自分に来るたび妙ちゃんのことを引き合いに出してたからな...)」
思い当たる節に朔夜は遠い眼をする。
しかし銀時は全くその話を聞いていなかったらしく、神楽がジャンボラーメンに挑戦してるのを応援していた。
その二人に新八の突っ込みが飛ぶ。
「少しは真面目に聞いたらどうだい?銀時」
「んだよ朔夜まで...俺にどーしろっての。仕事の依頼なら、出すもん出してもらわにゃ」
「銀さん、僕もう2か月給料もらってないんスけど、出るとこ出てもいいんですよ」
「それに銀さん。狙われてるのは私だけじゃなくてお朔さんもよ」
「んだとっ!?ストーカーめェェ!!どこだァァァ!!成敗してくれるわっ!!」
「扱いやすいね」
「まったくもって情けない。というか、そんなので出てくる奴がいるものかい」
志村兄弟の簡単にやる気を出した銀時を見て、呆れたように肩をすくめる朔夜。
そこにガタガタと音がして近くのテーブルからストーカーもとい、近藤が現れた。
「なんだァァァ!!やれるものならやってみろ!!」
「ホントにいたよ」
「...馬鹿ばかりだね」
「ストーカーと呼ばれて出てくるとはバカな野郎だ。
己がストーカーであることを認めたか?」
「人は皆、愛を求め追い続けるストーカーよ」
「...恋人を、今の発言でもう作りたくなくなったな...」
「おいィィィ!!どうしてくれんの!?朔夜の心にトラウマ植えつけられちゃったじゃん!!」
「朔夜さんは照れてるだけだ。それにも気付かないとは女心のわからない男だな」
「ストーカーに言われたくねーんだよ!」
「卿等のような馬鹿同士の会話は、天才の小生には頭が痛くなるだけの代物だよ。さっさと話を進めてくれ」
「ちょっ朔夜さァァん!?昔よりツンモードが酷くなってない!?」
冷たい眼をして言う朔夜に銀時が顔を青くして叫ぶ。
「朔夜さんの頼みとあれば!...ときに貴様、先ほどよりお妙さんと朔夜さん、二人と親しげに話しているが一体どーゆー関係だ。うらやましいこと山の如しだ」
「許嫁ですぅ」
「え」
聞いてない、と目を見開く朔夜。
「私この人と春に結婚するの」
「そうだったのか...」
「そーなの?」
「もう、あんなこともこんなこともしちゃってるんです。だから私のことはあきらめて、お朔さんを狙って頂戴」
「そうだな...まさか銀時が初めに身を固めるとは思わなかったけれどね...って、アレ?小生今売られた?」
「あら、売ったなんて人聞きが悪いわよ〜」
「いやでも完全に...」
「くどいわ」
「...ドウゾ、オシアワセニ」
「ありがとう」
妙ちゃんの張り付けた笑みに朔夜は、負けた。
「っておかしくね?こんな処で朔夜も天然ボケ発動してんじゃねぇよ。そもそも俺が結婚したいのはどちらかってーと朔夜...」
「婚約してるのに不倫か?小生はそんな軽い女じゃないぞ」
ははは、と爽やかな笑みを浮かべる朔夜にイラッとくる銀時。
「ちげーよ!!なんでお前は変なとこでバカなんだよ!天才のくせに何で天然バカなんだよ!!」
「誰がバカだい!バカは卿だけだよ失敗頭め!!」
「何が失敗だコラァ!!中身か!?外か!?」
「どっちもだよ!だいたい、あんな事もこんな事もそんな事も妙ちゃんとしてるんだろう?それなのに...全くなんて男だろうね、卿は」
「いえ、そんな事はしてませんよ」
「あ...あんな事もこんな事もそんな事もだとォォォォォ!!」
「いや、だからそんな事はしてませんって」
新八の突っ込みも熱くなった二人には届かない。
「いやっ!!いいんだお妙さん、朔夜さん!!君たちがどんな人生を歩んでいようと、俺はありのままの君たちを受け止めるよ。君達がケツ毛ごと俺を愛してくれたように」
「愛してねーよ」
「優しくするんじゃなかったよ」
頭を抱えてあの夜を後悔する朔夜。
その後、銀時と近藤が二人をかけて川原で決闘することになった。
だがしかし、忘れてもらっては困るが、朔夜はバイト中だったので、ついていくことはできなかった。
***
「(…そろそろ終わるころだね)」
店内の時計をちらりと見る。
その様子を見ていた店長が、話しかけてきた。
「吉田さん、今日はもう終わりで良いよ」
「店長…」
「行ってやりな」
親指をグッと立てる店長を見て朔夜は店を飛び出した。
***
河原にはもう銀時たちはいなかった。
「…やはり銀時が勝ったようだね」
卑怯な手でも使ったんだろうな…と心の中で呟いて
朔夜は河原で伸びている近藤を見やった。
「…捨て置いていったのか」
ポリポリと頬を掻いて、完全に観衆の見世物になっている近藤を見つめる。
「まぁ、そのうちトシあたりが取りに来るだろうし…小生も帰ろう」
朔夜は橋から離れ家路へと歩き出した。
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