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そして朔夜達が脱出に向けて走りだした頃、春雨の艦の上では――
「万斉殿。我らは桂と、件の侍の首がもらえると聞いて…万斉殿?」
「〜♪」
春雨の高官らしい天人の男と、グラサンをしたヘッドフォンをつけた人間の男が立っていた。
「ちょっと聞いてんの万斉殿!?」
「!…聞いてるでござる。これね、今江戸でイチオシの一人の寺門…」
万斉という男は、ヘッドフォンを指差してそういうが、その話じゃない。
聞いているようで、聞いていないようだ。
「そっちじゃなくてコッチの話!!なにコイツ!?なんでこんな奴交渉によこしたワケ!?」
「心配いり申さぬ。大方…」
「大方、その狂乱の貴公子君が連れてきた雑魚ばかりなんだろう?」
「「!」」
「すぐ、終わるだろうね」
そこに後ろ髪をゆるく束ね、白衣のような生地の黒い羽織を着た、一見優しそうな顔立ちをしているが
どこか酷薄さの滲んだ甘い笑みを浮かべた学者風の人間の男がやってきた。
「!暦…」
「ふふ…まァ俺は、あんな頭の悪い虫けらども、どちらがどうなろうが、どうでもいいんだけど…あぁ、失礼。片方は『一応』味方側だったか」
「…(人間ながら春雨の開発局局長で、医者だそうだが…この男は、どうにも好かぬでござるな…)」
目を細めて、甘く嗤いながら皮肉めいた冷たい言葉を重ねる、暦と呼ばれた男を見て万斉はそう思う。
「…まぁ、そんなのはおいといて…俺は『茨姫』ってメスさえ捕獲できればそれで良いんだけど…今回は来ているかな?」
「…それは契約から除外したはずでござるが?(この男…何のかかわりが…)」
「それは春雨との契約だろう?これは俺の個人的な恨みと願望さ…
まぁ、それに関しては鬼兵隊総督君と話す必要がありそうだけど…」
そして暦は、船の柵に凭れかかり、眼下の血を血で洗う争いを眺めながら、喜劇でも見ているように嗤った。
「くくっ…こんな馬鹿げたことに巻き込まれるほど堕ちたか…カワイソウな朔夜…死ねばよかったのに」
笑顔で吐き出された呪いの言葉は、似合わぬ青空に溶けて消えた。
***
同時刻――争いの続く船上では…
タタッ
「ぜ…っはぁ…!」
もう、息が…ここからが正念場なのに…!
「朔夜、大丈夫か?」
「朔夜さん、抱っこする?」
「はっ…げほっ…だ、だいじょ、ぶ…!」
小太郎に手をひかれながら必死で付いていく。
どうしてこんなに頑張らなきゃいけない時に、小生は足手まといなの…
そう思いながら、息を切らせて走っていると、甲板と此方に向かってくる幾人もの敵が見えてきて、小太郎が刀を構え、空覇が拳を構えた。
そして――ドシャッ
「邪魔しないで!」
「どけ、俺達は今虫の居所が悪いんだ」
「っはぁ…ごほっ…さっさと、宇宙にでも、帰んな!」
二人が敵をなぎ倒し、甲板へと出て、小太郎のところの皆と、ほぼ同時にきていた銀時たちと背中合わせに全員集まる。
「…よォ、ヅラ。どうしたその頭、朔夜に振られでもしたか」
「(え、小生?)」
「だまれ、イメチェンだ。貴様こそどうした、そのナリは。爆撃でもされたか?」
「黙っとけやイメチェンだ」
「はぁ…っ、はは…そんな血濡れのイメチェン、体張ってるね…(でも…なんかこういうやり取り、久しぶりな感じで幸せだな)」
乱れた息を整えながら背中合わせで会話する二人の間で笑えば、銀時が視線を向けてきた。
「最先端をいくイメチェンだっての…つうか朔夜、お前もまた盛大なイメチェンしやがって…高杉の奴の趣味だろその着流し…だから一人で突っ走んなって俺達はいつも言ってんだ!
(それに身体に残ってる汚ねェ痕…くそっ!赦せねェ…!)」
「ん…ごめん。でも、やっぱり放っとけなくて、身体が動いちゃったんだ…やっぱり晋助も…小生にとっては、小生の存在を認めてくれた…大切な存在だから…
だから、引き止めたかったの――…結局、何もできなかったけどね」
泣いてしまいそうな気持ちを耐え、前を見て苦笑していえば、銀時と小太郎の手がぽんと頭に置かれ、くしゃりと撫でられた。
「!」
「「一人で、お前はよく頑張った」」
「!っ…ふたり、とも…」
不器用だが優しい手つきに作り上げた笑顔が壊れ、視界が歪んでいき、思わず俯く。
「はぁ…お前は一度懐入れたら誰でも気にかけて、自分より周りに優しすぎんだよ。
ほんと、俺が見とかねーと、誰かのためにいつか死ぬんじゃねーかって心配でしかたねー」
「お前はいささか頑張りすぎだ…もっと頼ってくれ。お前の今までの努力を俺は知ってる」
「つまりよォ…」「つまりだ…」
「「俺はこれからも、お前の側に変わらずいてやるからな」」
「!っ…う、ん…」
ありがとう銀時、小太郎――
二人の優しい言葉と掌から伝わる温かさに胸がじんわりと熱くなり、数滴零れてしまった涙をぬぐって
もう一度、今度は本当の笑顔で笑った。
そして和やかな会話を終え、再び周りを囲む敵を見る。
「それでどうしますか桂さん!ご指示を!!」
「退くぞ」
「えっ!!」
「紅桜は殲滅した。もうこの船に用は無い。後方に船が来ている、急げ」
その言葉に、天人達が逃がすまいと襲ってきた。
その天人達に向かって、銀時、小太郎が踏み込み、銀時はすれ違いざまに奪った刀、
小太郎は己の刀で一太刀の元に斬り伏せ、二人は背中合わせになり、刀を前に構えた。
「退路は俺達が護る!」
「行けっ!!」
その言葉に神楽と新八君が反抗するが、すぐさまエリーに抱えられていき、小生と空覇以外も後を追っていった。
「朔夜、空覇何やってんだ!お前らも早く行け!」
「こんな局面で...小生が二人を残していけるわけないでしょ、馬鹿」
「!おまっ、はぁ!?」
「僕は朔夜さんが残るなら戦う!!」
「だが、朔夜に至っては武器も...」
「良いから行きなよ。小生の役目はいつだって、前を行く卿らの背を押して支えることなんだから」
心配しないで、大丈夫。
ニッと笑って二人の背をポンと押す。
「ほら、敵さんは待ってくれないよ」
「っ...絶対俺らの手の届く範囲にいろよ!」
「俺達から離れるなよ!」
「僕も行ってくる!」
ダッ!!
「うん...(小生も、皆と戦いたいのに...)」
そして三人が、首を取ろうと向かってきた敵達に踏みこんでいった。
その後ろを、小生も甲板を見渡しながら退く時のルートを考えつつ、
何もできないならせめて3人の邪魔にならないようにと、周りの状況を見定めながら慣れない着流しで小走りでついていく。
「(空覇は大丈夫そうけど...二人の体力はそろそろ限界に来てる...そう長く続かない...早くルートを確保して逃げないと)」
思考をめぐらせ、3人から離れないようにと3人に翻弄されている天人達の間を走っていく。
すると行く手を遮るように数人の天人達が目の前に現れた。
「!?っ...はぁ...はぁっ...!!」
毒があれば一発なのにと思いながら、せめてもの抵抗に肩で息をし、痛い胸を押さえながらも睨みつけ見上げる。
「...この銀灰の目の女...間違いねェ、『茨姫』だ」
「確かに...星を問わず男を魅了し、誘惑するって噂通りの女だな...」
「殺すにはもったいないな...どうせ桂とあの侍の仲間だ...捕まえて奴隷にでもして可愛がるか」
「っはぁ...汚い手で...小生に...触れるなっ!(獣共が...!)」
危機を感じ、後ずさりながらも睨み言葉を吐き捨てる事は忘れない。
だが、そんな小生の言葉にも愉しそうに舌舐めずりをし、襲いかかってきた。
武器も抵抗するすべもない今、逃げる術を考えながらも覚悟した時――
「朔夜さんに触るな!!!」
「!」
ドガァ!!
「「「がはぁっ!!」」」
空覇の言葉とともに、飛びかかってきた天人達がふっとんだ。
「朔夜さん!大丈夫!?」
「空覇...!助かったよ、ありがとう」
本当に助かった...
「なら良かった...でも朔夜さん、気をつけてね?心配だから...」
「うん...(あぁ...でも、ほんと、足手まといだ...)」
狙われるばかりだ。いつだって...足手まといにだけはなりたくないのに...
再び向かってくる敵と戦いにいった空覇の背を見送り、そう思いながらも、再び戦う二人の元に走る。
「朔夜!大丈夫だよな!?」
「怪我はないか!?」
「っ空覇が来てくれたから平気だよ!それより右斜め上と左後方っ!」
「「っ!」」
ズバァッ
小生の言葉に、こっちを心配そうに見ていた二人がそれぞれの方向に刀を振るい、切り捨てる。
相変わらず息ぴったりだな...頼もしい。
***
「......あれが坂田銀時と桂小太郎...強い...(それに戦場でも魅惑的な朔夜に、見慣れぬ若い男...)...一手あの男達と死合うてみたいものだな」
朔夜以外の3人が暴れ、朔夜が大柄な天人達の間を蝶のようにすり抜ける戦場を眺め、呟く万斉。
「...ふふ...ようやく見つけたよ、死に損ない」
その隣で朔夜の姿を見て、周りが凍りつくような笑みを浮かべる暦。
そして腰に吊ってあった、細身の体に似合わぬ、黒光りする大きめの銃を引き抜いた。
「!...暦殿、何を...!?」
「ふふふ...朔夜...俺からのささやかな再会の贈り物なんだから、心して受け取りなよ」
万斉の言葉に応えず、深い笑みを浮かべながら小さく見える朔夜に銃口を向け、迷いなく引き金を引いた。
ガゥンッ――
大きな発砲音が辺りに響いた。
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