銀魂連載 | ナノ
第六十九訓 備えあれば憂いなし。でも備えを盗られたら仕方ないよね。

「あ!朔――」

「朔夜、手当てしてくれよ!」

「俺が先だ!」

「(またか!)」


いつだってこのパターンだった。俺が声をかけようとすると邪魔が入ってきた。


「!またケンカしたの二人とも?」

「俺達の勝手だろ、チビ朔夜」

「男のケンカに口出すなよ」


どうせ朔夜のことかくだらないことだと、いつも本気で心配する朔夜以外は知っていた。


「!っしんぱい、したのに...!」

「!あ、おい泣くなっ――」

「朔夜、こんな奴らほうって俺と本でも読もう」

「!(ヅラ!)」


理不尽なことを言われ泣きそうな朔夜の手をひっぱれば、朔夜が目を丸くする。


「!っコタ...」

「向こうにいこ...」

「ヅラ!朔夜連れてくなよ!」

「朔夜は俺のヨメだぞ!」

「...俺が先に声をかけようとしたんだ。大体朔夜に甘え過ぎだぞ」

「「「...」」」


そして朔夜の頭上で睨み合えば、涙の止まった朔夜が困ったようにキョロキョロとした後、

思い付いたように俺達の袖を引っ張って微笑んでくる。


『二人を手当てした後に、皆で一緒におとーさんの所で本読もう?』

「「「......わかった...」」」


その柔らかい笑顔が見れるのならまぁ良いかと、俺達はいつだって自然と集まってた。


――高杉、朔夜が何よりも愛しいのは俺も何も変わってない。

ずっと昔から全てを愛しているし、誰にも渡したくないと思っている。

俺の手の中に、いっそ囲いこんでやれたらといつも考える。

昔から勝手なことばかりしては朔夜に心労をかけて気に掛けられているお前や銀時に、いつも嫉妬する。

正直、このまま仲違いをしたならばとも少し考えた。

だが朔夜は、俺達が元のように戻る事を願っているのだろうと思ったら、そんな考えはすぐに掻き消えた。

本当は誰よりも繊細で、一番泣きたいはずなのに、俺達に負担をかけないようにと

いつだって気丈に、泣きたい日も苦しい日も笑顔で耐えてきた朔夜の心に、これ以上悲しみを増やすような真似はしたくないからだ。

...だがな、高杉...これ以上...また取り返しがつかなくなるほど朔夜を追い詰めて、笑顔を奪うようなことをするというのならば、俺はお前を赦しはしない。


***


「高杉」


すっかり覆っていた雲も晴れ、空は不釣り合いなほどに澄み渡りだした。

そんな中、睨みあっていた目をそらし背を向け空を見上げる晋助に小太郎が声をかけた。


「俺はお前が嫌いだ。昔も今もな」

「...」

「――だが朔夜と同じように仲間だと思っている。昔も今もだ」

「(小太郎...)」

「いつから違った、俺達の道は」

「――フッ」


その言葉に晋助が嗤ったのが仰ぎ見え、ごそっと、懐かしいさっき斬られた教科書を取り出し手にした。


「何を言ってやがる。確かに俺達は始まりこそ同じだったかもしれねェ。

だが俺達は、あの頃から同じ場所など見ちゃいめー。どいつもこいつも好き勝手、てんでバラバラの方角を見て生きていたじゃねーか」

「(そうだね...)」


皆...ぜんぜん違っていたね。

見た夢の教室と、お義父さんの姿を思い出し、ぎゅっと胸を掴む。


「俺は、あの頃と何も変わっちゃいねー。俺の見ているモンは、あの頃と何も変わっちゃいねー。俺は――」

「(晋助が、見てたのはいつだって...)」


小生は知っていた。わかっていた。晋助の視線の先を――だって小生は、子供ながらにその人を世界で一番愛していたから。

甦る愛しさと切なさに目を伏せる。


「...ヅラぁ、俺はな、てめーらが、国のためだァ仲間のためだァ剣を取った時も、そんなもんどうでもよかったのさ。

考えてもみろ、その握った剣、コイツの使い方を教えてくれたのは誰だ?

俺達に武士の道、生きる術、それらを教えてくれたのは誰だ?

...朔夜、実の親に殺されそうだったお前を救い、本当の娘のように育ててくれたのは誰だ?

俺達に生きる世界を与えてくれたのは、まぎれもねェ...松陽先生だ」

「っ...」


酷く切ない響きの晋助の言葉に、あの日の悲しみが蘇り、こみ上げる思いに耐え、憂いにゆれている晋助の瞳を見あげる。


「なのに、この世界は俺達からあの人を奪った。だったら俺達はこの世界に喧嘩を売るしかあるめェ。あの人を奪ったこの世界をぶっ潰すしかあるめーよ」

「...」

「(痛いほど、わかるけど...)」

「...なァ朔夜、ヅラ。お前らはこの世界で何を思って生きる?

俺達から先生を...朔夜、お前にとっては最愛だった義父を奪ったこの世界をどうして享受し、のうのうと生きていける?

俺はそいつが腹立たしくてならねェ」

「っ...晋、助...」


吐き捨てるような言葉とともに、肩を抱く手に力が込められた。

それを見て、小太郎が言葉を紡いだ。


「高杉...俺とて何度この世界を更地に変えてやろうと思ったかしれぬ。だがアイツと朔夜が...それに耐えているのに...」

「!」

「銀時(ヤツ)と朔夜が...一番この世界を憎んでいるはずの二人が耐えているのに、俺達に何ができる」


小太郎の言葉に、こみ上げていた負の感情が収まっていく。


「俺にはもう、この国は壊せん。壊すには...江戸(ここ)には大事なものが出来すぎた」

「(小太郎...考え方変わったんだね)」

「今のお前は抜いた刃を鞘に収める機を失い、ただいたずらに破壊を楽しむ獣にしか見えん。

そんなお前では、その手にした刃で再び朔夜を...今度は本当に取り返しがつかなくなるほどに傷つけ悲しませるだけだとどうしてわからん」

「...」


黙っている晋助に小生は小太郎の言葉を引き継いで続けた。


「晋助...この国が気に食わないなら壊したって良い。それが、晋助の道なら...悲しいけど、仕方ない。

でもね、江戸に住んでる無関係な人達を巻き込むやり方なら、小生達は黙ってられないよ...

もっと他の方法があるはずだよ...そんな自分も周りも傷つけるような苛烈な道を行かなくたって、国を変える方法が

...お義父さんだって、きっとそんな道を望んで...」


その時だった。


「キヒヒ、桂だァ」

「ホントに桂だァ〜」

「ひっこんでろ。アレは俺の獲物だ」

「天人!?」

「なんでここに!?」


背後からの声に、肩を抱かれたまま振り向けば、そこには豚と猿の天人がいた。

小太郎と驚愕の声をあげると、晋助が小生を横抱きにして抱えて、刀の柄を握っている小太郎に嗤いながら向き直った。


「ヅラ、聞いたぜ。お前さん、以前銀時と朔夜と一緒に、あの春雨相手にやらかしたらしいじゃねーか。

俺ァねェ、連中と手を組んで後楯を得られねェか苦心してたんだが、おかげでうまく事が運びそうだ。

朔夜を除いたお前達の首を手土産にな」

「!?なっ(そんな...!!)」

「高杉ィィ!!」

「言ったはずだ...俺ァただ壊すだけだ。この腐った世界を」


泣きたくなる歪んだ笑みに、もう何かがバラバラに壊れてしまったことを悟りざるをえなかった。



「晋助なんで...!」

「俺は、お前が俺の隣にいりゃそれでいいんだ...だから行くぞ」


小生を抱えたまま、その場を離れようとする晋助に必死で抵抗する。


「しっ、晋助離して!!小太郎がっ...!!」

「!朔夜っ!!」

「小太郎...!!」


小生を必死で呼ぶ小太郎に手を伸ばそうとするが、晋助に握られた鎖に、両手を拘束する手錠が邪魔をして届かない。


「っ...」

「俺意外なんてお前にはもう必要(いら)ねェし、どうでもいいだろ」

「っ...晋助のバカ!!良いわけないじゃないか!!

小生はっ...皆の誰一人どうでもいいなんて思った事ない...!!

必要(いら)ないなんて、絶対ない...!!皆っ小生の大切な存在なんだよ!!晋助も大事だけど、小生は今は――」

「!っ...ふざけんな朔夜...皆大事なんて、抱え込む言葉はもういらねェんだよ...!!

お前は俺だけを愛して、俺だけを見てりゃ良いんだ...!

そう言ってるのにどうして分からねェ...やっぱりたっぷり時間かけて教え込まなきゃなんねーか?」

「っい、いや...!!」


その時――


「「ぎゃあっ!!」」

「「「!?」」」


先程の二人の天人がいた方から聞こえた悲鳴にそちらを見れば、

そこにはいつの間に来ていたのか空覇が、先程まで生きていた天人の死体の後ろに立っていた。

しかし纏っている空気は、いつもの温和な空覇の空気ではなく、酷く殺伐としたものだった。

姿も血まみれで、今の悲鳴と転がる死体も伴って、何をしたのかはすぐに理解できた。


「!(これが、あのいつもの空覇...!?)」


驚いていると、いきなり空覇がこちらに飛んできて、小生を晋助の腕から引き離し、小生を横抱きにした。


「!空覇っ...!!」

「っ!朔夜さん...!!」


いつもではありえない空覇の纏う空気に、思わず名前を呼びかけ仰ぎ見れば、

見た事のない瞳孔の開いた金の目が一瞬目についたが、それはすぐに元に戻り、いつもの明るい表情で小生の顔を見下ろし

小生を地面に降ろすと腕の金の手錠を簡単に引きちぎった。


「大丈夫?朔夜さん!」

「あ、あぁ...それよりなんでここに...!(それに今のは一体...)」

「朔夜さんを捜してたらここから匂いがして...でも無事でよかった!!」

「な、なるほど...心配掛けたね、空覇」


微笑んで、空覇の顔の血をぬぐう。

捜してくれていたのは嬉しいが、こんな危険な時に...

そんな事を思った瞬間、晋助の手が刀にかかるのが見えた。


「!っだ――」

「じゃあ早く帰ろう朔夜さん、桂さ...」

「その女は置いていけ...!!」


ビュッ!!


「!晋助やめてっ!!」


ザンッ!!


「!っあ...!」


帰ろうと背を向けた空覇に、晋助が刀を振りおろし、斬り裂いた。


「空覇っ!!晋助、何をするの!?」

「うるせェ!俺がお前をこれからは離さねぇと言ってるのに逃げようとするから俺は・・・!!」


燃え盛るような激しい劣情と、殺意や怒りを孕んだ瞳に思わず言葉を失う。


「俺じゃない他の男には、んな甘い顔しやがっるなら...その男、殺してやる...!」

「ちょっと待って...!(というか、男!?晋助も空覇の性別を勘違いしてるのか!?)」


晋助が背の傷が既に消え出している空覇に再び刀を向けた時、晋助の部下らしき男達が来た。


「高杉様!もうこの船は持ちません!お早く春雨の艦に!!」

「!チッ...仕方ねェ、今日は退く...だが、次は朔夜を手に入れて、その野郎は殺してやる...!」


そして晋助は、深い憎悪の目で空覇を見た後、小生を切ない色を宿した目で見て去っていた。


「晋助...どうして...(どうしてこんなことに...)」

「朔夜...お前はよくやった...だからもう行くぞ。俺達の仲間だった高杉は、もういないんだ...(しかし遠目でよく見えなかったが...この首や鎖骨の赤い痕...高杉め...)」


小太郎に諭すように言われて、肩を抱かれた。

小生は俯いていたので、その時の表情は見えなかったので、小太郎が悔しげに眉をひそめ唇を噛んでいたことを知らないまま、小さく頷いた。


「っわかった...ごめん...(でもね...晋助が帰ってくる事を諦められない...これが今なお恋慕の情からくるものなのかはわからないけれど...あのバカを、こっちまで引きずり戻したいよ...)」


ほんとに...自分って、我儘で甘ちゃんだな...

でも、捨ててなどいけない。

時折見せた晋助の切ない目を思い出しながらも、今は銀時達と合流して逃げるのが先決だと小生達は走り出した。


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