第六十八訓 闇の虫は光に集う、それがどんな光でも
「っぁ、く...ふっ...げほっ...」
「...(泣いてんのか...?)」
ある日寝つけず外に出てみりゃ、新月の下で闇夜に隠れるように一人立ち、声を殺して泣くアイツがいた。
どんな野郎にも分け隔て無く向けられる笑顔が消えているのが、露のようにこぼれ落ちる涙でわかった。
常に俺達の前では凛としている背が、小刻みに震えていて酷く儚くて消えそうなほど小さかった。
金糸雀のように澄んでいる俺が好む鈴のような声は、凍えているようにかすれていた。
「...(一人で...)」
どうしようもなく甘えたで、泣いてばかりだったアイツが人前で泣かなくなったことに違和感は感じていた。
先生が連れていかれた時も、仲間が目の前でくたばっていく中でも
馬鹿なほどに心優しくて傷つきやすい朔夜が悲しくないわけがないだろうに、頑なに泣こうとしなかった。
「(愛しい...)」
戦う俺達に気を使って一人悲しさに耐えて、苦しみを抱えていたのだろうと気づいて、ガキの頃からの恋情が、愛しさに変わった。
「(護りてェ...)」
朔夜を形作るその全てが愛しくみえて、戦が終わったら、一生俺の腕の中で護ってやろうと思った。
こんな朔夜以上に、美しく強い女がいるわけがねェ。
愛おしいと思える女がいるわけがねェ。
「(...絶対に、旦那の俺が護ってやらねェとな)」
妻にと誰より先に乞うていて、良かった。
銀時にもヅラにも、それに辰馬の奴にも、どの野郎にもくれてやりたくない。
俺だけが朔夜を護り、愛し愛される存在でありたい。
俺はあの時、心からそう思った。
そしてその感情は今も変わらねェまま、お前だけに向けている。
なのに、なのにお前は――...
***
ザッ
朔夜を抱えたまま曇空が見える船尾へと出た。
そして縁に凭れかかり、騒がしい上を仰ぎ見れば、そこには似蔵と剣を交える、憎たらしい銀色の奴がいた。
「!ありゃァ...」
「ぎ、銀時ッッ!!」
「!っ(嬉しそうに顔を晴れさせやがって...)」
俺はずっとお前のことだけを愛して、お前を求めているのに
今、お前をこの腕に抱いているのは誰でもない俺なのに
なのにどうしてお前は、誰にでも甘い顔をすんだ...!
***
「ぎ、銀時ッッ!!」
「!朔夜ッ...?」
開いた腹の傷の痛みにたえて、刀を振るっていると、聞き間違うわけがない朔夜の声が聞こえ、下の方を見れば
高杉に抱きあげられた紅い着流しを着た朔夜が、嬉しそうにこっちを見てんのが見えた。
「!?っ朔...」
「よそ見してて良いのかい?」
名前を呼び返そうとすれば、化け物刀を振るう似蔵の奴が斬りかかって来て、それへと意識を向けることになる。
「っく...!(朔夜、やっぱ高杉の野郎に...!!)」
交わった刃を力任せにはじき返し、朔夜と高杉の方にもう一度視線をやれば、二人は唇を重ねていた。
「!!」
抱き上げていたのをおろしたらしい高杉は、朔夜の後頭部を片手で押さえ、
もう片方の手で朔夜の腰を抱いて体を密着させ、深い口づけを交わしていた。
朔夜は苦しそうに眼を瞑っていたが、高杉は俺を見て嗤っていた。
その姿に、何よりも大事な宝を奪われたような気がして、どろりとした黒い感情がこみ上げる。
「っ...(返せよ高杉...!泣かせることしかできねー今のお前が朔夜に触るんじゃねェ!!)」
今すぐにでも奪い返しに行きたかったが、似蔵が邪魔をしてくる以上、倒すのが先決だと意識を目の前の似蔵に向けなおした。
「(兄貴分の俺が助けてやるから朔夜...一緒に帰ろうじゃねェか)」
***
「っん...ふぁ...はぅ...」
「っは...その顔、クセになりそうだな」
唇を離し、腰を抱いた手をそのままに、上気して赤く染まった頬を撫でて潤んだ瞳を見つめて欲情し
もう一度濡れた唇を舐めて口づけた時、船内の出入り口を固めていた奴らが倒れた。
「よォ、ヅラァ...」
「!っふ...こ、たろ...!」
「高杉、これ以上朔夜を穢すような真似をするな...」
「ククッ...アイツと同じ嫉妬してるだけの目ェして、よくそんな事言えるぜ...」
「アイツ...?」
なんだ、ヅラはしらなかったのか...
朔夜の体を抱きよせたまま、上を見上げる。
「...あれ見ろ、銀時が来てる。紅桜相手にやろうってつもりらしいよ。
ククッ、相変わらずバカだな。生身で戦艦とやり合うようなもんだぜ」
「っ...(銀時なら大丈夫...でも似蔵の身体が...)」
「...もはや人の動きではないな。紅桜の伝達指令についていけず、身体が悲鳴をあげている。あの男、死ぬぞ...」
...そうかもなァ...だが、だとしても俺の知った事じゃねェ
そう思った時だった。腕の中の朔夜が眉尻を下げて俺を見上げた。
「っ晋助...晋助はわかってたんだろう?」
「あァ?」
「朔夜...」
「あの紅桜...小生は小太郎見たく詳しい構造は見ただけじゃわからないけど...
似蔵を見て、使い手に相当身体に負荷が掛かってるのはすぐ分かったよ...
それを晋助は知っていたんでしょう?紅桜を使ったら、使い手はどうなるか...仲間なのに...それでいいの?」
...あぁ、誰にでも心を傾ける朔夜らしい台詞だな...
「ありゃアイツが自ら望んでやったことだ。アレで死んだとしても本望だろう」
「!自ら...でも、そんなのなんで...」
「...」
スラッ
「!」
目を伏せる朔夜の肩を抱き、刀を抜いて、雨が上がって光が漏れだした曇天の空に刀を垂直に握って立った。
「...刀は斬る。刀匠は打つ。侍は...なんだろうな」
「!」
「まァ、何にせよ。一つの目的のために存在するモノは、強くしなやかで美しいんだそうだ。剣(コイツ)のように」
「...つまり、似蔵は...」
「クク、単純な連中だろ?だが嫌いじゃねーよ」
そして俺は笑い、刀を鞘に戻し、再び空を見た。
「俺も目の前の一本の道しか見えちゃいねェ...あぜ道に仲間が転がろうが誰が転がろうが構やしねェ」
「(そんな、苛烈な道...)」
そうするとヅラの奴が口を挟んできた。
「...ならば朔夜は、お前にとってなんだというんだ...」
「...」
なんだ、だと...?
ああ、そうか...こいつと銀時の奴は、俺達の仲を知らなかったもんなァ。
いや、ガキの時の冗談だと本気にしてなかっただけか。
「こた...」
「朔夜、今は黙っていろ...高杉、その道しか見えていないというなら、お前は何故朔夜を求める...」
「...」
「(小太郎...)」
...愚問だなァ
「...朔夜は別もんだ。んな捨てていけるもんに当てはめられるもんじゃねェ...お前もわかってんだろ」
「...」
「(小太郎...?)」
「朔夜は、遺された至宝だ...俺が抱えてあぜ道を歩いてやるさ」
そうだ...朔夜は宝。
出会ったモノに等しく輝き、魅了する。
どんな闇の底にも届くほど美しく輝き、落としたら簡単に壊れちまいそうな脆い、そんな宝...
だから朔夜だけは、この世において別物だ。けして、もう二度となくさねェ。
「...それは俺にとっても同じだ。大体、忘れたのか高杉...貴様が朔夜を悲しませたことを。謝罪からやり直せ」
「ふざけんな...誰にも朔夜は譲らねェ...コイツは俺のもんなんだよ、ずっとな」
ヅラも、綺麗事言いやがるが、結局は俺と同じ、朔夜のことを求めてるだけだ。
お互いのハラは、ガキの時からわかっている。
だから昔と何も変わらねェ、小さな嫉妬の炎をチラつかせ睨んでくるヅラの目を、渡しゃしねェと睨み返した。
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