第六十七訓 陽はまた昇る。明けぬ夜はない。
「しっ、晋助様ァ!!」
「ほう...これは意外な人とお会いする」
倒れて起き上がろうとする下を向いたままの晋助に走ってきたまた子ちゃんがかけより、武市もやってきて、
小生を片腕でかたく抱きしめる人物に目を向け、新八君が声をあげた
「あ...ウソ...桂さん!!」
「この世に未練と、離れがたい女がいたのでな...黄泉帰ってきたのさ」
確かに生きている小太郎の見慣れた羽織を握り、優しい目で小生を見る小太郎を見上げる。
「こ、たろ...よかった...!」
「朔夜...すまん。心配掛けたな...泣かないでくれ」
そして、小生の涙を指で軽く拭ってくれた
「...っ泣いて、ないよ...生きてるって、信じてたから」
でも小太郎の短髪は初めて見た、と笑えば、小太郎も安堵したようにふっと笑ったあと、厳しい顔つきで晋助の方を見た。
「...しかし、かつての仲間に斬られ、大切なモノも奪われたとあっては
死んでも死にきれぬというもの...なァ高杉、お前もそうだろう?」
すると晋助は喉の奥で笑って、ギラついた目で顔を上げた。
「ククッ、仲間ねェ...まだそう思ってくれていたとは、ありがた迷惑な話だ」
そして立ち上がった晋助の斬られた腹部からは、見覚えのある血が飛んだ先程斬られた時に出きたらしい跡がある和綴じの教科書が見えた。
「!晋助...(それ、お義父さんの教科書...)」
「...まだそんなものを持っていたか...お互い馬鹿らしい」
そして小太郎も着物の胸元から、同じく斬られた後のある血濡れの和綴じの教科書を取り出した。
「!小太郎も持ってたの...!?」
「ふっ...お前もそいつのおかげで、紅桜から護られたってわけかい。思い出は大切にするもんだねェ」
「いいや、貴様の無能な部下のおかげさ。よほど興奮していたらしい...ロクに確認もせずに、髪だけ刈り取って去って行ったわ。大した人斬りだ」
小太郎の言葉に晋助は、嗤った。
「逃げまわるだけじゃなく、死んだフリまで上手くなったらしい。で、わざわざ復讐にきたわけかィ。奴を差し向けたのは俺だと?」
「...アレが貴様の差し金だろうが、奴の独断だろうが関係ない。
だが、お前のやろうとしていること...それによって、朔夜がお前の所業のせいで泣く姿を、黙って見過ごすわけにもいくまい」
その瞬間、船の紅桜のあった場所が爆発した。
「貴様の野望、悪いが海に消えてもらおう...それに、朔夜も返してもらう」
「かつらァァ!!」
「貴様ァァァ!生きて帰れると思うなァァ!!」
「それに高杉様の茨姫も連れていくだと!身の程をしれ!!」
怒り狂ったらしい、鬼兵隊の部下達がこちらを取り囲んで刀を向けてくる。
それを見て小太郎が小生を背に庇うようにし、磔にされて倒れていた神楽の手枷と足枷を斬った。
「江戸の夜明けをこの目で見るまで死ぬわけにはいかん。貴様ら野蛮な輩に揺り起こされたのでは、江戸も目覚めが悪かろうて、朝日を見ずして眠るがいい!」
その時――
「...マミーちょっと離れるアル」
「え?」
「眠んのはてめェだァァ!!」
ドゴン!!
「ふごぉ!?」
「えぇぇ!?神楽ァァ!!?」
小生が少し離れた瞬間、見事なバックドロップを小太郎に決めた。
シリアス空気が一気に崩壊し、驚きを隠せないでいると
次に新八君が神楽ちゃんが磔にされていた丸太の十字を抱えて小太郎にむかって歩き出した。
「ちょっ、し、新八く...」
「てめ〜人に散々心配かけといてエリザベスの中に入ってただァ〜?ふざけんのも大概にしろォォ!!」
バゴッ
丸太で思い切り小太郎を殴り飛ばす。
「す、ストーップ!どっちが敵か味方かわかんないよ!!」
「朔夜さん止めないでください...桂さんアンタいつからエリザベスん中入ってた、あん?いつから俺達だましてた?」
「ちょっ待て!今は、そういう事言ってる場合じゃないだろう。ホラ見て、今にも襲いかかってきそうな雰囲気だよ!」
「うるせーんだよ!!こっちも襲いかかりそうな雰囲気!」
「待て、落ち着け。何もしらせなかったのは悪かった、謝る」
そして、死んだ事にしておいた方が動きやすかったなど、言い訳がましく聞こえてくる事を怒り心頭の二人に伝える小太郎。
「――ゆえにこうして変装して...」
ガシッ
「?」
「!ちょ、二人と...」
「「だからなんでエリザベスだァァァァ!!」」
二人が小太郎の片足ずつをもって、ぐるぐるぐると振り回しだした。
それに辺り、男達の一部がなぎ倒される。
「うおおおおお!!」
「近寄れねェ!まるでスキがねェ!!
「(こんなのにまさかの戦々恐々!?)」
シリアスができない子しかいないのかここは!と嘆いていると、此方の船に向かって別の船が向かってきているのが見えた。
その船の先頭には、エリザベスや見知った小太郎の部下達が集まっているのがわかり、それを確認した次の瞬間――ドン!!
「きゃ...!!」
「!朔夜!!」
それが思い切り船に突っ込んできて、ぐらりと船が大きく傾き、とっさのことで小生もバランスを崩し転がり、
エリザベスと小太郎の部下達が混じり乱戦が始まった甲板の床に投げ出された。
「うっ...!」
手錠があったため受け身も取れず背を強く打ち付け、息が一瞬止まり、痛みに中々立ち上がれずいると、がっと片腕で子供のように抱きあげられた。
「!」
「...えらくヅラの腕の中じゃ大人しかったなァ?」
「!晋助...!」
嗤いながらも、憎悪と劣情と怒りに満ちた黒い炎を目の奥にちらつかせた晋助に、小生の身体は抱きあげられていた。
そして晋助は、逃げる算段なのか、船内の方へ足を運ぶ。
「っはなして晋助!皆が...!」
「離すかよ...お前は連れていく(ヅラには笑いかけてたのに、何故俺に笑わねェ...!)」
「小生はっ、晋助だけじゃなくて...皆といたいの!」
「っは...んなことは許さねェ...お前の世界は、狭くていい」
「晋助!!(どうしてわかってくれないの...!?)」
そして晋助は、小生の言葉を無視して身体をしっかり抱いて歩みを進めた。
***
「(高杉...まだ朔夜を悲しませるつもりなのか...!)」
船が傾いたことで遠くに投げ出された朔夜が高杉に抱きあげられるのを見ていた――
俺は敵に囲まれ動く事ができず、それを見送ることしかできなかった。
悔しさに唇を噛んでいると、俺と銀時の所の子供二人を護るように立っている同志達が口を開いた。
「すいません桂さん。いかなることがあろうと、勝手に兵を動かすなと言われておきながら、桂さんに変事ありと聞き、いてもたってもいられず...!」
「――やめてくれ。そんな顔で謝るお前たちを叱れるわけもない」
俺の安否を確認できて泣いているのであろう同志達に、馬鹿な事をしたと思う。
「それに、謝らなければならぬのは俺の方だ。何の連絡もせずに...」
「桂さん、朔夜さんが動く前にあなた一人で止めるつもりだったんでしょう。
かつてのあなた方の仲間である高杉を救おうと、朔夜さんが知らぬうちに、もう哀しそうな顔をせずともすむようにと
騒ぎを広めずに一人、説得に行くつもりだったんでしょう。
それを我らはこのように騒ぎ立て、高杉一派との亀裂を完全なものにしてしまった。これではもう...」
「言うな」
高杉とは、朔夜のこともある...
それに、思えば昔から俺の言う事など聞くような奴でも無かった。
「結局...奴とはいずれ、こうなっていたさ」
すると、エリザベスがプラカードを見せたのが見えた。
『桂さん、ここはいいから早く行ってください。まだ、間に合います。朔夜も連れて行かれてしまいましたし、連れ戻さないと』
「......エリザベス」
『今度はさっさと帰ってきてくださいよ』
その言葉に俺は笑みをもらし、刀を片手に、走り出した。
「すまぬっ!」
そして、朔夜を抱えたまま船内へと消えた高杉の後を追った。
その後ろから、銀時の所の子供二人がついてきていると俺が知ったのは船内に入って少しした後だった。
〜Next〜
prev next