第六十六訓 バカとワルは高いところがお好き、それは昔から変わらないセオリー
いつまでもいつまでも、小生達は側で寄り添っていけると思っていた。
きっとそれはいくつ年を重ねても変わらないと期待していた。
どんなに距離が離れた後だって、もう一度この手を重ねられることを願って
変わらない心で、馬鹿な会話をしてお日様の下で笑い合えるって
何度も何度も、思い続けてた。
そんな日を望む資格がないと知りながらも、どこかで期待していた。
その期待だけが、プレッシャーや罪悪感に押しつぶされそうな小生の弱い心と体を支えていた。
きっと、全部終わったら平和な日々が帰ってきて、皆笑って生きてける日が来るって
なのに、どんどん関係は壊れていって、願いは遠くなっていく。
なんで、どうしてこうなった?
なにを、どこから間違えた?
哀しさに泣きだしそうな自分を押さえつけるため、ぐるぐると無駄なこととわかっている思考を巡らせて、走り続ける。
どこで間違えたかなんて、解の分かっている疑問に足を取られている場合ではないから。
***
「っ、はぁ...!はぁ...っ...!」
鉄の冷たい船内を走れば走るほどに息がどんどん乱れ、足がもつれて倒れそうになる。
それに堪えながら歯を食いしばって、先程から度重なる爆音に関係あるのか、誰もいない道を走っていく。
「...!(晋助...)」
まさか、いつも強引で、でもあらゆるものから護ろうとしてくれた晋助から、かつての恋人から、逃げる日がくるなんて...
「っ(今考えても仕方ないじゃないか自分...)」
考えてる余裕などないはずなのに、疑問ばかりが頭をめぐってくる。
こんな乱れた頭と心では、何も上手くいかないと思い、少し落ち着こうと先に見えた倉庫のような場所へと入った。
「っぜ...はぁ...は...(ここで少し休もう...)」
「――嗅いだ事のある、甘ったるい匂いだねェ...」
「!」
「あの人といると聞いてたが...っ...どうしてこんな所にアンタがいるんだか...」
振り返れば、うずくまってこちらに顔を向けている、片腕を押さえて苦しそうな岡田似蔵がいた。
「アンタは、岡田似蔵...!」
「早く、あの人の所に戻るべきだと...思うがねェ...あの人はアンタに関しちゃ、俺達に見せる事も嫌がるほど執着している...アンタからする、鎖の音が証拠だろう?」
「っいいんだ...それより、卿こそなんでこんな場所で苦しんでるんだい...?」
怪我をしているなら、もっと療養すべき場所があるはずだ...
前にあった時、銀時を斬った相手だが...職業柄、どうしても気になってしまう。
「...アンタが気にすることじゃないだろう」
「だが...怪我人をこんな不衛生な場所で...」
「おかしな女だね...俺はアンタの同志を斬った男だってのに」
「?同志...!まさか、アンタが小太郎を!?」
辻斬りの正体はこの男...!
思わず動揺すれば、岡田似蔵は喉を震わせて笑った。
「あぁ、知らなかったのかい?だが桂だけじゃない...白夜叉もさ」
「!?っ...卿に、あの二人は斬れない」
あの二人は、そう簡単に死にはしない。
「確かに俺には斬れないかもしれんが...」
「たとえ、紅桜でも斬れないよ」
「!」
「あの二人は、絶対にそんなもんに斬られない」
そうだ、絶対の自信を持ってそれだけは言える。
「随分、奴らを過信してんだねェ...」
「...『過信』じゃない、長年その背を見てきたから言える『確信』だ。それに、ずっと見てきた小生が信じなくて、二人の強さを誰が信じる?
だから、卿が何度斬ったと言おうと、小生は生きていると変わらず信じ抜くよ」
小生にも未知数なのに、卿らじゃあの二人は手にあまるって。
不敵に笑ってやれば、岡田似蔵は呆れたような顔をした。
「...アンタはその纏う香りのように甘い女だねェ」
「はは、知ってるよ」
「魂も、眩しいほど明るいが、昼も夜も寛容に平等に照らしだす...
なのに自身は、一人きりで昼と夜の間に浮かぶ不安定で寂しい色...まるで夕焼けのようだね、アンタの魂の色は」
「...魂の色なんて意外と詩的な事を言うね、岡田似蔵」
だが小生は、んな高尚な色を持ち合わせちゃいない。
「ただ、小生はいつだって自分のやりたいようにやってるだけ...」
過去を背負って、未来を見つめて、今をあがいて生きている。
「――ただの、生身の人間だよ」
「(これが、あの人が惹かれる『茨姫』ねェ...なるほど...)」
少しだけお互いの緊張感が緩和された、その時だった。
ミシッメキッ
「!ぬぐぐっ」
「!?っ似蔵、どうし――」
ガシッ
「!」
軋むような音が似蔵の見えない腕の方からし、同時にした苦しむような似蔵の声に、思わず入口付近からそちらへと駆け寄ろうとした。
だがそれは、小生の腕を後ろから掴んだ、いつの間にか煙管片手に来ていたらしい晋助のせいで叶わなかった。
「よォ、お苦しみのところ失礼するぜ」
「し、晋助...!」
「まさか朔夜と話してるとは思わなかったがなァ...
(朔夜も俺には一切笑わなかったくせに、他の野郎には簡単に笑いかけるのかよ...)」
ギリッと、腕を掴む手に力が込められる。
「っ...(痛い...!)」
「なら、しっかりその女つかんどきなよ...」
「...フン。まぁ、いい...お前のお客さんが来てるぜ。色々派手にやってくれたらしいな。
おかげで幕府とやり合う前に面倒な連中とやり合わなきゃならねーようだ」
「!(別の勢力が...?)」
「...桂、殺ったらしいな。おまけに銀時ともやり合ったとか。わざわざ村田まで使って」
「(鉄矢も噛んでたの...!?)」
「で、立派なデータはとれたのかい?村田もさぞ、お喜びだろう。奴は自分の剣を強くすることしか考えてねーからなァ」
「...アンタはどうなんだい?」
「...」
その言葉に小生を掴み煙管をくゆらせていた晋助が、煙管を消し、その手で小生を抱き寄せると似蔵に向かって無言で歩き出した。
「昔の同志が簡単にやられちまって哀しんでいるのか...それとも...」
瞬間、似蔵の頭に向けて、晋助は刀を抜いて思い切り振り下ろした。
辺りに、ガキィン!!とものすごい音が鳴り響く。
「!?...この、刀...!(腕に根をはって...!?生き物のような刀って...これじゃまるで人体に寄生する化け物じゃないか!)」
「...ほォ、随分と立派な腕が生えたじゃねーか。仲良くやっているようで安心したよ。文字通り、一心同体ってやつか」
そして晋助は刀を退いて、驚きで固まっていた小生を抱き上げると、似蔵に背を向け歩き出した。
「!晋助っ!お願い離して!!(あんな刀絶対駄目...!人体への負荷が半端じゃないにきまってる!!)」
「...さっさと片付けてこい。アレ全部潰してきたら、今回の件は不問にしてやらァ。どのみち、連中とはいずれこうなっていただろうしな」
「!しんす、っんぅ...!」
「ん...っ、は...少し黙れや、朔夜」
「!っ...」
「...それでいい」
口づけをされて言葉を封じられ、唇を離された後そう言われ、虫の居所が悪いらしい殺気だった目で睨まれた。
そして、部屋から出ようと入口まできて、晋助が立ち止まり似蔵を振りかえった。
「...…それから、二度と俺達を同志なんて呼び方するんじゃねェ。そんな甘っちょろいもんじゃねーんだよ、俺達は」
「!(晋助...)」
「次言ったら、そいつごとぶった斬るぜ」
そして小生を抱えたまま、晋助は似蔵を残して部屋を出た。
***
「チッ...(面倒なことになったぜ...だが、そろそろ万斉も戻ってくるか)」
「...晋助、」
「...なんでんな泣きそうな顔してんだよ」
小生を片腕で抱きあげている晋助の、空いているもう片方の冷たい手が小生の頬に触れる。
小生も、晋助の包帯に隠された左目に手錠のついたままの両手を伸ばし、上から手を重ねて触れる。
「幕府だけを壊すなら、小生だってこんなに止めない...でも、この国そのものを壊したって、なんにもならないよ」
「...」
「誰も、喜ばないだろうし...今を必死で生きてる、こんな争いに関係ない人達だって、江戸にはいるんだ」
「...」
「その人達の生活まで、晋助は一瞬で奪うというの?それにさっきの似蔵も...あれ...」
「言ったろうが...俺はただ壊すだけだとな...んなもの、知るか」
「...晋助」
吐き捨てるように言った晋助の名を呼べば、苛立たしげに言葉をぶつけられた。
「朔夜...お前は本当に変わらねえ...いや、ますます甘ったるくなったなァ...」
「そんなことない...変わってないよ」
「じゃあ何で許せる...お前の全て同然だったあの人を奪ったこの世界で、お前を穢したこの世界で、
こんなにのうのうと、全てなかったみてぇに、平気で生きていってる」
「...平気なんかじゃないよ...でも晋助...小生達は生きてしまっている以上、もうそこで生きていくしかないんだ...そんなこと、小生が言う資格がないのは分かってるけど」
許せとは言わない。でも、過去に苦しみ続けてほしくもない。
「今を生きようよ...晋助。前だけ見るのも、存外悪くないよ...」
「......お前がそうだから、俺は壊すんだ」
「...しん、」
「俺を否定するだけならもう黙れ...」
「!」
再び下から押し付けられる唇に、言いたい言葉は封じられてしまう。
「...朔夜...お前の躾は後だ。とりあえず甲板に行くぞ」
「(晋助の馬鹿...)」
そして再び歩き出した晋助の着物を握った。
***
「!...知らない間に...」
「...」
甲板に出ると、船は飛んでいて、砲弾を他の戦艦が打ちこんできたのか、甲板はあちこち壊れ、ボロボロになっていた。
見回していると、視界にとても久しぶりに感じる人物達が映った。
「...なんだ、ありゃ...」
「!(神楽!それに新八君とエリーも来てたの...!?良かった...!)」
「!(あんなガキ共の顔見て嬉しそうにしやがって...)」
そして晋助が小生を降ろして肩を掴んで抱き寄せたまま、落ちそうになっていたらしい二人を引っ張り上げたエリーの背後に近づいた。
「!っ晋助だめッ!!」
「「!?(朔夜さん!?/マミー!!)」」
ズバァッ
気づいて制止した時には遅く、晋助は小生を抱き寄せたままニヤリと笑ってエリーを横一文字に綺麗に両断した。
「っえ、エリザベスぅぅ!!」
「ッ!!(そんな...!)」
「...オイオイ、いつの間に仮装パーティー会場になったんだここは?ガキが来ていい所じゃねーよ」
その時だった――
「ガキじゃない」
「!!」
「!(この声...!)」
ぐいっ
「きゃっ!」
「!チッ...!」
エリザベスの中から出てきた手が、小生を引っ張って晋助の手から引き離した。
ザンッ
その人物はそのままその手で小生の身体を抱きしめると同時に、晋助の腹部を片手の刀で横一線に斬った。
晋助は衝撃で後方に倒れる。
あまりの事に驚いていると、頭上から昔から変わらない優しく低い声音が聞こえた。
「――桂だ」
「!(やっぱり小太郎...生きてた...よかっ、た...)」
生きていると信じていたとはいえ、その声と温もりに思わず安堵し、ぽろりと一滴、涙が零れた。
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