A
「ふ...っ...っん!!」
「(長ェ十年だった...)」
この前の祭りの時よりも、俺の下にいる朔夜に長く深い口づけを交わすが
何度、昔から変わらない桜色の形の良い甘ェ唇に食らいついても、麻薬のようにまだ足りねェ。
物足りなさに、昔より少しは肉がついたらしい貧相ともいえる小さい身体を掻き抱くように抱きしめた。
細い体に染み付く煙管の甘い華の香とじわりと伝う俺よりも高い体温を感じれば、俺の中で四六時中呻く黒い獣も大人しくなりやがる。
「や...ぁ...っ...!!」
「っ...(朔夜...お前は、なんで泣く...俺は、俺達は...)」
ずっと求めあってきた。
俺達の関係は、たかだか十年の空白如きで終わるものではなかったはずだ。
なのに何故泣く...まだ許しちゃくれていねえのか?
そう思い唇を離し、少し腕を押さえる手から力を抜いた。
パンッ
「――っ!」
「はぁ...はぁ...っ...」
急に頬に走る軽い痛みが理解できず目を見開けば、陶器のように白い頬を薔薇色に染めて、涙をぼろぼろとこぼし、俺を哀しげな眼で睨む朔夜がいた。
なんでんな顔で俺を見る...!
俺はずっとあの日から...!!
お前がもう...もう二度とあんなことにならねえようにと...!
苛立たしさに、俺を殴った腕をぎりぎりと掴んで押さえつけ、低く唸った。
「ッ!」
「朔夜ァ...!何しやがる!!」
「あっあたり前じゃないかい...!!もう、こんな不毛な行為をするのやめて...!小生は...こんな無理矢理...やだよ...小生の知ってる晋助は、もっと...」
「...もっとなんだよ?甘ちゃんだったってかァ?」
「!ちがっ...」
「いいや、そうかもなァ...だから俺は、1度お前を失った」
俺達は、将来を約束していたのに。
強く愛し合っていた日々を、こいつごとつき放したのは確かに俺からだった。
それは間違いなく馬鹿な俺の若さだった。
その証拠に朔夜を見れば、朔夜は酷くつらそうな顔で瞳を伏せていた。
「...そんな顔すんじゃねェ...もうあんな馬鹿なことはしねェよ朔夜...」
「...違う...小生は、昔の晋助だから好きになったのに...なんで、」
「...どうしてんな事言うんだァ?俺は昔と何も変わっちゃいねえ...ただひとつ、弱さを捨てただけだ」
お前を泣かせた弱さを。
お前を傷つけるだけの弱さを。
「...朔夜、無用な問答はいらねぇ。何も言わず俺の傍らに戻ってこい」
そう言って朔夜の瞳を見つめれば、朔夜は涙が溢れて光に輝く宝石のような銀灰の目で、俺を先ほどよりも強く睨んできた。
「...戻らねえつもりか」
「......小生も、卿を探してきた。ずっと卿に会いたかった。この十年、一番頭の中にいたのは卿だったさ...でも、戻れない。今の晋助とは、一緒にいられない...いたくない」
俺を拒絶する朔夜の言葉に、ギリッと奥歯を噛みしめる。
俺は何も変わっちゃいねェというのが、なぜ分からねェ。
「...俺の何が変わったってんだ...!」
「晋助...お願いだ...今の卿は、見てられない...」
「俺は今も変わらねェ...おめーは知ってるか...?お前が一人帰ってこなかった後よォ...俺がどれだけお前が死んだことを考えては幕吏や天人を斬ったか!
だが、お前が生きていたらとも考えてた...だから、もう一度出会えたら、二度と俺は手を離しはしねーと...何者にもお前を奪わせやしねーと決めたんだよォ!!」
「っ...晋助...卿は、なぜそんな...」
俺ァ朔夜を突き放したことを後悔してきた。
その朔夜が生きていた。報せを聞いた時に、これは最後の好機だと俺は思った。
朔夜を二度と離さない好機。
今度こそ俺は間違わねえと決めたというのに、朔夜は悲痛に泣いてばかりでもう俺に微笑もうともしてくれねェ...
何故お前は俺に昔みたく笑わない...
吐き出す所を失った言葉が浮かんでは消える。
すると朔夜が泣きながらも恐る恐るというように声を発した。
「っ小生、は...今の晋助は...愛せないよ...」
「!...んだと...?」
「今の、晋助は...小生はとても、きらい...」
バチンッ
「っい...!!」
「...」
俺が最も聞きたくない言葉を紡ぐ朔夜にカッとなった俺は、目の前の涙にぬれた綺麗な頬を力任せに張り飛ばした。
朔夜の赤かった頬が腫れてさらに赤くなり、口の中が切れたのか、唇の端から赤い血が流れ、白い肌を汚していく。
男の俺に殴られて恐かったのだろうか、朔夜は小刻みに震えながら目を瞑り、嗚咽を漏らしながら涙を落とす。
――壊したくないと思う反面、コイツのこんな潰された蝶のようなみじめな姿も美しいと思う俺は、きっと朔夜に狂っている。
「ぅ、っ...ふぇっ...」
「朔夜...痛かったか?だがお前が俺を、嫌いだなんて拒絶するような馬鹿の事言おうとするから悪ぃんだぜ...
素直になれねェ妻なら、仕置きしなきゃなんねぇよなァ...?」
「!ひっ...ぃや!し...し、ん...や、だ...!!」
俺の下で泣いて震えながらも抵抗する朔夜から帯紐を解き、邪魔で鬱陶しい両腕を掴み、頭上で固く縛り上げた。
「おねが...っいや...!!」
「手に入らねェなら...奪い尽くすだけだ」
そして帯を緩めながら、力任せに着物の袷を開いて、中のタートルネックの薄いノースリーブを破いた。
「やだ!!晋助っやめて...!!」
「俺は優しくしてやろうと思ってたんだぜ?なのに...お前が俺を拒絶するから悪ィんだ」
破いたタートルネックの下から穢れを知らないような細い首筋と鎖骨が現れ、そこに食らい付き、噛み痕と紅い華を残しながら
びりびりとタートルネックの裂け目を広げていけば、普通の女よりも小さい胸元まで開き、下着を外して胸を外気に晒す。
「あっ!!やだよォ!!!」
「...相変わらず小せェな」
思春期のガキのような僅かなふくらみで、別の女なら萎えるところだが、朔夜のものだと思えば、欲情する一つになる。
布団の上に乱れ散っている闇色の長い髪
奥に憂いと慈愛が灯る濡れた銀水晶の瞳
全てを際立たせている白魚のような華奢な肢体
その全てが俺を煽ってやまねェ...
そして胸に顔を埋めようとすれば、身をよじって朔夜が暴れる。
「っいや...!もうこれ以上はやめてよ晋助!!」
「ハッ...今更やめられるかよ」
「っこれ以上されたら...ホントに、小生は晋助を嫌いになってしまいそうだよ...!!」
「!っまだ言いやがんのか!!」
バシッ!
再びこみ上げた怒りに任せ、また頬をはたいて、前髪をゆるく掴めばまた酷く怯えたように震える。
「!っうぅ...たた、かないで!いた、いよ...!」
「だったら二度と、俺を拒絶するようなこと吐くんじゃねェ...今度はどうなるかわかんねーからなァ...!」
「っ...っひ...!...ごめ、なさい...ごめんな、さいっ...!!(恐い...恐い...!!)」
「朔夜...?」
俺を見ているようで見ていない暗い色をした目で、先程以上に震えて過呼吸を繰り返す朔夜に違和感を感じて呼べば、
浅く繰り返している呼吸に混じるほどか細い声で、まるでガキのころのように呟いた。
「ったすけ、て...!おとー、さん...!!」
「!!」
朔夜の心からのたったその一言に、俺は思わず動きを止めた。
これは、やり過ぎたか。
「っうぅ...ひっ...っく...おとぅ、さん...」
「...朔、」
「ごめん、なさ...!ごめ、なさぃ!ぶ、ぶたなぃで...っ!!」
殴ったことで、先生に拾われる前までのことを思い出させたらしく
名前を呼ぼうとすればびくついて、目を伏せて長い睫毛を震わせ、口の端から血を流し、俺に怯えて声を殺して泣く朔夜の姿に、なにもできなくなった。
「...朔夜...」
「ひっ!」
赤く腫らした頬に手を当てれば、また拒絶するように体がびくつくのがわかった。
「びびんじゃねェ...もう今日は何もしねーよ...興が削がれた」
そして頬を撫でてから、逃がさねェように拘束した手はそのままで、乱した着物を適当に巻きつけて体を抱き上げ、胡坐の上に横抱きで乗せて抱えなおした。
「っ...」
「(震えが収まらねェな...)朔夜...落ち着けよ...」
ぺろっ
「っん...」
乾いた血を拭いて朔夜の唇をゆるく舐めた後、適当に着物を巻き付けたため、まだ剥き出しの震える肩や首筋に、慰め程度の赤い華をまたいくつか咲かせる。
***
しばらくして――
「!っ...し、んすけ...」
「少しは落ち着いたかァ...」
「う、ん...」
まだ恐怖は残ってるけど、大人しくなった晋助を見て、安堵して肯けば。
少しだけ緩められる目に、胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになるが、すぐに抑え込んで不満を口にする。
「......ていうか、服...どうしてくれるの...」
「...お前にやるつもりだったもんがある。それを今くれてやらァ」
そう言って晋助は近くに置いていた箱に手を伸ばし、紅の生地の裾に黒い蝶が舞っている柄の派手な、明らかに高めな着流しを取り出した。
「!これ...(なんというか、晋助の趣味爆発じゃないか?)」
「良いだろォ?京土産だ。着させてやる」
「え、自分で着るよ...コレ外して?」
「俺が着せてェんだよ...お前どうせ危ねーもん持ってんだろうしそれの回収もしねェとな」
「で、でも...」
「文句あんのか?落ち着いたなら服を着なくていいように今すぐ食っても...」
「是非着サセテクダサイ」
今ここで犯されるくらいなら、着させられた方がマシだ。
「まぁ良いだろう...着せる間は手ェ外すが、逃げるなよ...」
「この恰好じゃ逃げれないよ」
「それもそうだな...」
そう言って、膝の上の小生の手の拘束を解いたと思ったら、一言もなく、いきなり巻きつけられた着物に手をかけられ、するすると慣れた手つきで脱がされる。
「た、躊躇いなしなんだね...アンタって子は...そんな奴だっけ?」
「いくつ歳食ったと思ってやがる...女の身体なんざもう見慣れた」
「(知らない間にこの男遊び慣れている...!)」
「まあ...お前以上の女はどこにもいなかったがな」
「な、なに言ってんだい!?早く着せるなら着せな!(伊達男になってる...!!)」
「分かってる」
そして慣れた手つきの晋助によって、着流しを着せられていった。
その際に武器や戦闘用の薬品などは全て取られてしまったのだった。
「(...よ、余裕のある男になっている...)」
「やっぱり似合うじゃねェか...あとコレもつけろ」
ガチャリ
そして着物を綺麗に着つけてくれた後、晋助は小生の両手を、金の鎖が伸びている、
着流しと同じ色の深紅の手錠で拘束し、鎖の先を柱に巻きつけ、南京錠で外れないようにした。
「...なんでこんなのが同じ箱に入ってるの?」
「お前にやるものだからそれとあわせて作らせた」
「いや意味分かんないよ」
「おめーが俺のもんだからだ。これぐらいしねーと逃げるだろ」
「コレされた方が逃げたくなるよ」
「部屋の中で一生過ごすには困らないだろ。部屋の隅までいける長さだからな」
「(さらっと監禁宣言された!!)」
本気か!?本気なのか!?と、発言に衝撃を受けていると、再び晋助にひょいと抱きあげられ、布団の中におとされた。
「!」
「クク...心配しなくても今日はもう食うつもりはないっていっただろォ...寝るだけだ」
そして小生のことをしっかりと抱きしめて布団に横になって目を閉じる晋助。
本当に子供のようで、でも確かに昔より成長しきっていて、こんなに近くにいるはずなのに
将来を誓った相手と、一緒にもう1度過ごせることは、この上なく幸せであるはずなのに
小生と晋助の世界は昔よりも離れ過ぎていて、不思議な切なさがこみ上げ、煙管の苦い香りが染みついた晋助の着流しをゆるく握って目を閉じた。
「(晋助...世界を壊すなんて言わないで戻って来てよ...)」
その思いを残し、疲れ切っていた意識は簡単に闇に沈んでいった。
「...朔夜...お前はもう傷つかねェでいい...」
まだ起きていたらしい晋助が、眠りに落ちた小生の唇に軽い口づけを落としたことを、小生は知る由もなかった。
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