第六十四訓 満月は人を狂わせ、獣は水辺の月に爪を立て
「はぁ...ぜぇ...(神楽は無事かな...)」
小生よりもはるかに速い神楽と、途中ではぐれてしまった小生は船内の物陰に隠れ、荒い息を整えていた。
「(小太郎...ここにいるのか...?でも、もっと何か危険なものもいる気がする...)」
そう思いながらも、いつまでもこうしてはいられないと、朝から走り回って疲れ切って重くなった体を叱咤し
小生も小太郎を捜そうと、人の気配がしない事を確認してから、近くの船室へと入った。
そこには、目を疑うようなものがあった。
「!(これは...!?)」
紅く光る液体の入ったいくつものガラスの筒一つ一つの中それぞれに刀を入れた部屋中を支配するかのような巨大なカラクリが存在していた。
「これは...(カラクリ?刀?こんなもの、小生も知らない...)」
一番大きい、本元だと思われる筒に近づく。
赤い光が、妖しい美しさを放っていた。
「(もしかしてこれが...生きた刀の正体なのか...?)」
ガラスに触れ、中に収められている傷一つない刀身と、カラクリの部分を注意深く観察するように見つめていると
部屋の、外に続いているのであろう月明かりが漏れている別の出入口の方がにわかに騒がしくなってきた。
「(まさか、神楽が見つかったか...?!)」
嫌な胸騒ぎがして、音をたてないように注意しつつ、その出入り口の方へ向かった。
***
――ドンッドンッ
「ぐっ...!!」
「!神楽ッ!?」
「!マミー...!」
「チッ!まだ仲間がいたか!!」
外へ出てくれば、敵に囲まれて撃たれ、倒れた神楽がいた。
その姿を見て、脇目も振らず駆け寄り、支えるように横に膝をついた。
「(足をやられてる!)」
「ッ...マミー!!早く逃げるヨ!!」
「!」
「ヅラは...!私が捜して連れてかえるアル!!」
「神楽ッ!バカなこと...!」
神楽に抗議しようとした時、全員の目が此方に向いているのがわかった。
全員が敵意の視線を向ける...否、ただ一人だけ違った。
会わなければ、話し合わなければ...そう思い捜していた晋助が、小生を見るや否や離れた場所から小生の方を見つめ、近づいてきた。
その熱っぽい、焦がれる様な視線に肌が粟立ち、神楽の手を握る力を無意識に強めた。
「!(コイツはヤバイ...!)マミー!私はいいから、早く行くアル!!」
「ッ怪我した子が馬鹿な事言うんじゃない!それに小生が神楽を放っていけるわけないだろう...!」
「でも、マミー...」
「神楽...母は傷ついた子を、その背に守るものだろう?だから一人で頑張ろうとしないで...小生を母と呼ぶなら、守らせておくれよ」
「!...」
すると目の前まで来た晋助が、神楽の頭を撫でた小生の前に立ち、視線をあわすようにしゃがみ込んだ。
鬼兵隊の者達が困惑した表情を一様に浮かべる中、晋助だけは小生だけしか見えないとでも言う様に、狂喜じみた笑みを浮かべていた。
そんな歪んだ笑顔、小生はしらない。
「あの祭り以来かァ...」
「...晋助...」
「...また会えたな、朔夜」
晋助はこちらが哀しくなるほどに渇望するような声で小生の名を呼び、まるで存在を確かめるように頬を撫でてきた。
「...晋助、卿は一体...」
「行くぞ」
「!?」
「!ッ、マミー!!」
小生はあっという間に抱き上げられた。
晋助は周りなどまるで目に入らぬかのように、その場から歩き出した。
「!神楽!っ晋助!離して!!」
「暴れんじゃねーよ」
「お願い!(神楽が...!!)」
「...お前の言うことは、もう聞かねえ」
晋助は暴れて抵抗する小生の身体を腕に閉じ込めたまま、その場を後にした。
***
あのヤバい奴が去った後、私はマミーを助けようと後を追おうとしたが、フラフラして何かわからないものを見た後、捕まってしまった。
「ッお前ら早く離すアル!!ヅラとマミーが!!」
「うるさいッスよ!大体なんなんスかあの侵入者の女も...!!」
「だから私のマミーアル!!」
それ以上でもそれ以下でもないネ!
そういって目の前のシミツキパンツの女と睨み合ってると、変な男が口を挟んできたアル。
「また子さん、あの女性は高杉殿の特別な方です」
「はァ?!何バカなこと言ってんスか武市先輩!」
そこだけは同意するアル、シミツキ女。
「バカは貴女ですよ。わかりませんか?聞き覚えのある噂とよく合致する姿なのですがね...」
「いやお前がバカ。っていうか噂ってなんスか?」
「...まぁ、後でお話ししますよ。おそらく高杉殿は自分の側にあの方を置くつもりでしょうから...後で挨拶をしに行かなければなりませんしね」
「!何勝手なこと言ってるアルか!マミーはお前らなんかと一緒にいさせないアル!!」
マミーはこんなところ絶対好きじゃないネ!!
「こっちだってろくに知らない女なんか晋助様の傍に置きたくないッス!!とりあえずお前ら、このガキを尋問室に連れてくッスよ!!」
「はい!」
そしてそのシミツキ女のせいで、私はムッサい男どもに連れて行かれたアル...マミー、絶対助けるアルヨ!!
***
――その頃
「...」
「...いい加減機嫌直せよ、朔夜」
小生は恐らく晋助の部屋であろう場所に連れて来られ、晋助の胡坐の上に跨ぐようにして膝立ちのようにして座らせられ、
まるで不安な子供が人形をかき抱くかのように、晋助に前方からきつく抱きしめられていた。
肩に顎が乗せられ、耳元で熱を含んだ声が直接響いてくる。
「...神楽を離してやってくれ」
「...さっきのじゃじゃ馬か。それはできねえな。アレを見ちまったんだろう?死んでもらうしかねえな」
「そんなことはさせない...!晋助が止めてくれないなら止めに行く!!離してよ!!」
思わず声を荒げ、つっぱねようと胸を押すが力が強すぎて無意味に終わる。
「...離さねえ。2度とお前を、俺は離さねえ」
「!」
「朔夜...お前は目を離すといつも馬鹿な真似をしやがる......本当に、変わってねえな...」
ギシッ...
「っ、ぁ...!」
吐き捨てるように言われ、骨が悲鳴を上げ苦しいほどにきつく抱きしめられ、絶対に離しはしないという言葉通りとでも言うのか、背に爪を立てられる。
息もできない中、とても傷つき小さく見える姿が哀しくて、苦しさとともに涙がにじんだ。
...小生も、かつてはそうでありたいと願ったから。
「俺ァ前に言ったはずだぜ?これからは、俺の事だけをその目に映して...俺の声だけを聞いて...俺の名だけを呼べと...
お前の手は、2度と離さねえ...お前はもう何にも目を向ける必要はねえ...!!」
「し、晋助...痛い...ッ!」
「!」
苦しげに喘いで名を呼べば、ハッとしたように力を緩められた。
「はぁ...っはぁ...」
「...お前はもう、俺だけ見てればいい...朔夜」
「!まっ...」
小生の言葉も聞かず、両腕を頭の上で交差させて押さえつけられ、敷きっぱなしだった布団の上に仰向けに押し倒された。
「っつ...!」
「朔夜...お前は俺のもんだろう?」
「やめっ...んん!!」
否定の言葉など聞きたくもないといった風に顎を空いた手で固定され、唇を重ねられ深く、
まるで全てを奪いつくそうとするように舌を奥まで押し入れ、
もっと強く深くとせがむように逃げまどう小生の舌に絡めてくる。
「っん...ふぅ...!!(嫌だ...こんなのは嫌...!)」
「っ...(全然足りねェ...もっと、朔夜の全てを...)」
息をすることもできぬまま、まだ足りないという様に何度も角度を変えて、晋助は小生の唇を貪っていく。
飲み込みきれない唾液が、頬をだらしなく伝っていった。
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