第五十七訓 デートは30分前行動で。長く待っても「全然待ってないよ」と言おう
「なんだ貴様ら、何者だ!?」
「あー?なんだツミはってか?そーです私達が...」
それぞれりんごをぽいと投げ捨て、木刀とメスを構えて、橋田屋賀兵衛を見た。
「「子守り狼二人組です」」
「勘七郎!」
「銀さん朔夜さん!!」
「しかし、なんだか面倒な状況になってるねー」
「こいつァどーいうこった新八ィ?三十字以内で簡潔に述べろ」
「無理です。銀さんと朔夜さんこそどうしてここに?三十字以内で簡潔に述べてください」
「「無理だ/無理だよ」」
するといきなり、何故かいる長谷川さんが声を上げた。
「オメーらバカかァァ!!わざわざ敵陣に赤ん坊連れてくる奴がいるかァァ!!」
「バカって失礼だな。折角ピンチを助けてあげたのに」
「てゆーかなんでこんな所にいんだ?三十字以内で簡潔に述べろ」
「うるせェェ!!あのジジイはなァ、その子狙ってるんだよ!!自分の息子が孕ませたこの娘を足蹴にしておきながら!!
テメーの一人息子が死んだ途端手の平返して、そのガキを奪って無理矢理跡とりにしようとしてんだよ!!」
長谷川さんの言葉に、小生達は顔をこわばらせた。
「...なるほどねェ。そういう裏話があったってわけかい」
「オイオイ、せっかくガキ返しに足運んだってのに無駄足だったみてーだな」
「無駄足ではない」
かけられた台詞に橋田屋賀兵衛を見る。
「それは私の孫だ。橋田屋の大事な跡とりだ。こちらへ渡しなさい」
「...子供をなんだと思ってんだ...」
小さく呟いた時、銀時が背負った勘七郎というらしい赤ん坊に話しかけた。
「...俺としてはオメーから解放されるなら、ジジイだろーが母ちゃんだろーがどっちでもいいが、オイ、オメーはどうなんだ?」
「なふっ」
「おう、そーかィそーかィ」
銀時は、ポイッと勘七郎を背後にいた母親らしき女性に投げ渡した。
「!銀時...」
「ワリーなじーさん。ジジイの汚ねー乳吸うくらいなら、母ちゃんの貧相な乳しゃぶってた方がマシだとよ」
「やめてくれません!そのいやらしい表現やめてくれません!」
すると橋田屋賀兵衛は余裕のある表情のまま嘲笑を浮かべた。
「逃げ切れると思っているのか?こちらにはまだとっておきの手駒が残っているのだぞ」
その瞬間、斜め後ろのシャッターが一刀両断され、倒れた。
「盲目の身でありながら居合いを駆使し、どんな獲物も一撃必殺で仕留める殺しの達人...」
そしてシャッターを斬り倒したらしい本人が現れた。
それは先程の男だった。
「!(あの男...!)」
「その名も岡田似蔵。人斬り似蔵と恐れられる男だ」
そして岡田似蔵は鞘に刀を納め、近づいてきた。
「やァ、またきっと会えると思っていたよ」
「てめェ...あん時の...」
「まさか噂の人斬りだったとはね...」
「今度は両手が空いてるようだねェ。嬉しいねェ、これで心置きなく殺り合えるというもんだよ...
――できれば、そっちの甘ったるい匂いの姫さんとも殺り合ってみたいが、傷を付けたらまずいからねェ」
「だからそれはどういう...」
「似蔵ォ!!勘七郎の所在さえわかればこっちのもんだ!全員叩き斬ってしまえ!!」
「っ...」
小生の言葉は橋田屋賀兵衛によって遮られてしまった。
「(今は疑問の回答どころじゃないか...)」
「朔夜、お前はさがっとけ」
「――わかった...銀時、人斬り似蔵は噂じゃ居合いの達人だ。絶対間合いに入んじゃないよ」
そう忠告して銀時から離れた瞬間、フッと風のように一瞬で刀を抜き銀時の横をすり抜け、橋田屋賀兵衛のところまで向かった。
一瞬空気が止まった、だが一拍遅れて銀時の肩口から血がブシュッと吹き出し、白い着物を赤く染めた。
「むぐっ!!」
「!銀時ッ!!」
「銀さん!!」
すると今度は、母親が声を上げた。
「!!勘七郎が!!」
「――いけないねェ」
「!?っまさか...!」
岡田似蔵の台詞にばっと視線を向ければ、剣の柄の所に、襟をひっかけられてぶらさがっている勘七郎がいた。
「!」
「赤ん坊はしっかり抱いておかないと。ねェ?お母さん」
「勘七郎!!」
「っその子を返せ!!」
カシャン
ダッ!
「っ朔夜!」
采配を素早く組み立て握ると、橋田屋賀兵衛に子供を渡した岡田似蔵に向かって走りこんで、硬い采配を振りかぶった。
ガッ
「!」
しかし、采配は片手でいなされ受け止められた。
「...軽い。こんな腕でよく生き残れたもんだねェ姫さん」
「っいいからその子を母親に返せ!その子に必要なのはそんな男じゃない!母親だ!」
そして再び采配を振りかぶった時――
「気概と覇気だけはその辺の男以上だ...だがね、俺はアンタを斬れないんだよ。あっちへ行きな」
ゴッ
言葉とともに腹部に鞘に収めた刀を叩きこまれ、衝撃で吹き飛ばされた。
「がふっ...!」
「朔夜!!」
「朔夜さん!!」
「マミー!!」
「っも...もんだい、ない...よ...(くそ...立てない...)」
柱に背中から叩きつけられ、腹を押さえてずるっと柱を伝い崩れ落ちた。
どっかの内臓に傷がついた様で、口の端から真っ赤な血が零れ、痛みで視界がぼやけ、呼吸が乱れる。
同じく手負いの銀時がこちらへよってきた。
「朔夜大丈夫か!?お前血が...!」
「こんくらい大丈夫、だって...それより銀時...相手に、集中しな...」
「!っだから行くなって言ったのに...クソッ!」
「ごめん...でも、体が勝手にさ...」
子供をあんな風に、自分の道具や玩具のように扱う輩が、赦せなくて...
"『お前は、ゴミやその辺りの土くれと同じなんだ』"
頭に大嫌いな記憶が蘇り、思わずギッと拳を握った。
「どんな子供だって...人間、なのに...」
「...あぁ、そーだな...だからお前はちょっと休んどけ、朔夜...あとは、俺がやるからよ」
頭を撫でられ、小生は小さく頷いて、かすんでいた視界を閉じた。
***
ーーたった一つだけ設けられた小窓の隙間から、春のぽかぽかとした陽の光が差し込む中
まだこの季節には寒いであろう、薄い着流し一枚を着つけ、鉄の玉がついた足枷と手枷をつけたほとんど肉がついてない
折れそうなほど細く小さい色白な少女が、目の前の一人の顔の見えない男の前で
ぐちゃぐちゃの異臭を放つ塊が乗った、犬皿のような簡素な皿を床に落とし、喉を骨ばった手で押さえて床にへばりついてむせていた。
「――けふっ、げほっ!」
「腹を減らしている頃だろうと、直々に持ってきてやったのに落とすとは何事だ。さっさと食べろ」
「で、ですが...――え様...これ...こほっ...なん、です
?」
「ただの残飯だ」
「くさった、味が...それに...(毒、の味...)」
「お前に与えるにふさわしい物はこれくらしかないんだ。文句を言わずに食べろ...それとも私が持ってきたものが食えないと?」
グイッと前髪を無造作に捕まれ、顔を上げさせられ、見下した目で見られる。
「つっ...ご、めんなさぃ...ごめん、なさい...食べ、ます...!」
「食べさせていただきます、だろう?お前のような必要のなかった、間違いの存在に5日に一度は餌を与えてやってるだけ私は寛大だ」
「...わかってます......わた、しは...この世界には、不要の命、です...」
「そうだ。お前の存在は邪魔以外の何ものでもない。お前は、ゴミやその辺りの土くれと同じなんだ。だからゴミに与えるものは、ゴミで十分だろう」
そして前髪を離されたことでどさりと畳の上に倒れ、少女の足と手の枷が音を立てた。
しかし痛みに呻く暇なく、男は足で頭をふみ、残飯に押し付けた。
「っ、ぅ゛...!」
「いらぬゴミには、似合いの姿だな...朔夜...」
***
「ぁ...ぅ...(小生は、ただの子供だよ...)」
「朔夜、朔夜!起きろ!」
「っぎ、ん...?」
「あぁ、もうアイツは倒した...けど大丈夫か?また、お前泣いてたぞ...」
小生をゆるく抱きしめて、頬を伝っていたらしい涙をぬぐってくれる銀時に、安堵感が溢れる。
「大丈夫...夢見が、悪かっただけだから...それより、銀時も肩が...」
「俺は問題ねーよ。お前の方が無茶してんだろ...それにまた、あの手の夢か?」
「まぁね...でも、大丈夫。うん、大丈夫だから...」
「...わかった。とりあえずアイツらの後追うぞ。立てるか?」
「うん...大分痛みも引いたから、平気。だから行こう」
「...あぁ」
そして銀時と共に、皆がいった方へと支え合いながら早足に向かった。
その時小生は夢のせいか、先程まで岡田似蔵にい抱いてた疑問を忘れていたのだった。
***
向かった先は、屋根の上だった。
そこには皆がいて、そのさらに先の屋根の先端の方に橋田屋賀兵衛と勘七郎の母親が何かを話していた。
耳を傾ければ、橋田屋賀兵衛が死んだ妻や幼い息子にした約束についてや、勘太郎についての本心をもらしていた。
「(息子さんに生きていてほしかった、か...)」
必死になっていた心の底にあった思いは、酷く純粋なものだった。
「(した行為は簡単に赦される話じゃないけれど...それでも、隠れた思いを知ってしまえば、もう怒りを持つ事はできない)」
家族だって、やはり人間である以上、思いは歪み何かを間違えてしまうことはあるのだろう...
そう思いながら、折り合いがついたらしい二人の姿から安心して目を離し、疑問を聞くために横を見た。
「...というか長谷川さん。なんで紙オムツはいてるんだい?」
「うん、聞かないで朔夜さん」
...どうやら涙目の辺り聞かない方がいいらしい。
***
そしてすっかり日が暮れ、街頭に明りがつきだした頃、小生達は橋田屋を後にして公園に来ていた。
母親と新八君、神楽ちゃん、長谷川さんが離している中、小生達は少し離れたベンチに座り
銀時はイチゴ牛乳、勘七郎はミルク、小生は勘七郎に煙がかからないようにしつつ、登り藤の香りを煙管で楽しんでいた。
「ふぅ...ミルクおいしいかい、坊や?」
「なふっ」
「なにィ?ミルクじゃ物足りねーってか?オイオイ百年早ェよ。酒や煙管はいろんな所に毛が生えてから嗜むもんだ」
「......」
「...そうだね。坊やがもう少し大人になったら、小生達の所においで」
「?」
「そーさな...そん時まだ、俺達の事覚えてたら...また会いに来い。そん時ゃ酒でもなんでもいくらでも付き合うよ」
「煙管も吸いたいってならくれてあげるよ」
「すぷん」
「あぁ、約束だ。侍は果たせねー約束はしないんだ」
「本当だよ。信じなさいって」
そして小生と銀時は勘七郎の頭から手を離し、腰をあげて背を向けた。
「精々いっぱい笑っていっぱい泣いてさっさと大人になるこった。待ってるぜ」
「あと忘れちゃならない事だけど、もう良いってくらいいっぱいお母さんとお爺ちゃんに愛されなよ。それが坊やの義務さね」
小生達はそこまで言って歩き出した。
後ろから、蝉の鳴き声に交じって勘七郎の泣き声が追いかけてきた。
「あーあ、ったくうるせー蝉だぜ」
「ふふ...仕方ないって、夏なんだから」
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