第五十五訓 家政婦はやっぱり見てた。壁に耳あり障子に目あり
「「え?」」
小生達は目の前の浪士達にとんでもない事を言われ、思わず耳を疑った。
「誘拐って...」
「何が?誰が?どこで?」
「とぼけても無駄だ」
いや、とぼけてないけど!本当になんの話かな?!
「ちょ、オイ朔夜、何言ってんのこの人達?何言ってんの?」
「小生が知るかい(しかし橋田屋とはこの子...まさか、いやそんな...)」
「あぽん」
「お前何言ってんの?お前」
いまいち見えてこない男達の話にアホな会話をしていると、浪士達がそれぞれの腰のものに手をかけた。
「生きて捕らえよとのことだが、男と話に出なかった女なら関係あるまい。男は斬り捨てて、女は...
そうだな、吉原にでも売り飛ばすか。そうお目にかかれない上玉だし、高くつきそうだ」
「(女だからと...)」
「オーイオイ!ちょっと待て!ちょっと待て!全然関係ないから!俺達このガキ拾っただけだし、誘拐とかなんとかワケわかんねェ!!」
「ちょ、銀...」
「なんなら今スグ返すよ!なっ?」
そして銀時が小生の腕から赤ん坊を抱き上げようとした時、赤ん坊が小生の袷と、銀時の袖をむぎゅと掴んだ。
その姿に小生達は一瞬言葉を失って固まった次の瞬間――
「やれェェ!!」
「「!!」」
男達が斬りかかってきたので、小生達は素早く視線を交わした。
「――銀時ィ!」
「わかってらァ!――だーからしらねーって言ってんだろーが!オラ!とれるもんなら返すぜこんなガキ!!」
そして小生は銀時が組んだ両の掌に片足で飛び乗り、赤ん坊を強く抱きしめたまま、銀時の腕の力で宙を弧を描くようにタンッと跳ね飛んだ。
「あの野郎と女ァ!なんてマネを!!」
「受け止めろー!」
そして男達の視線が、全て小生と赤ん坊に向いた所で銀時が隙をつき、男達を倒した。
しかしたった一人、銀時の木刀を受け止めた男がいた。
その二人の刃が交わる中、銀時に片手で支えられるように受け止められた。
「大丈夫か、朔夜」
「勿論さ。それよりこの男...(銀時の剣筋を受け止めるなんて...できる)」
うすら笑みを浮かべている笠で顔の見えない男を、片手をメスに忍ばせ、警戒して睨む。
「面白い喧嘩の仕方をする二人だな...護る戦いに慣れているのかィ?」
「お前らのような物騒な連中に子育ては無理だ」
「さっさとどきな、ミルクの時間だ」
すると男は笑いだした。
「イイ...イイよ、アンタら」
「獣の匂い...隠し切れない獣の匂いがするよ、あの人と同じ」
「(あの人...?)」
そして男は剣をひき、壁側へとどいた。
「!」
「片腕で闘り合うには惜しいねェ...行きな」
「!っ行くぞ朔夜!」
ダッ
「う、うん!」
そして後を追おうと走り出した時、それに、と男の小さな声が耳に届いた。
「――茨姫のアンタを傷つけちゃ、あの人に殺されちまうからねェ」
「!?っ...(小生の異名を...!あの男何者なんだ!?それにあの人って...?)」
沢山の疑問が浮かぶも、今は赤ん坊だと、後ろ髪ひかれつつも銀時を追って走り去った。
***
「――小太郎、やっぱアレは攘夷浪士かい?」
「そうだろうな。この廃刀令の御時世に堂々と帯刀する者など、幕府に与するものか、それに仇なす者の他おるまい」
小生達は逃げる途中で会った、僧の恰好をした小太郎に匿ってもらった塀の向こうから出てきた。
みかん缶の中に隠れろと言われた時は、流石にはっ倒そうかと思ったが、とりあえずやり過ごす事はできたので、よしとしよう。
「それに連中が橋田屋の名を口にしていたと言ったな」
「ああ知ってるのか?」
「銀時、逆に知らん方が凄いよ...橋田屋はあの巨大ビルがそうだよ。徳川幕府開闢より続く老舗の呉服屋さ」
「元々小さな呉服問屋だったが、時代に応じた柔軟な発想で変化発展を繰り返し、今では江戸でも屈指の巨大企業となっている」
「その店の現当主が橋田屋賀兵衛っていう、一見好々爺のとんでもない狸らしいのさ。噂じゃ、なんでも裏で浪士達のパトロンしてるらしいよ」
「パトロン?」
「つまり、テロリストのテロ活動を裏で援助しているというわけだ」
「でも商人(あきんど)は利益にならない事はやらない。だから援助する代わりに、浪士達を闇で動かし、商いに利用してるってこと」
呆れたもんだよ。
「...汚ねー仕事請け負わせる用心棒代わりってわけか」
「まぁ小生は噂だから真実は知らなかったけどね」
「いや、間違いないだろう。実際、奴の商売敵で消えた者も少なくない。いち商人とは思えん程の権力を有し、恐れられる男。それが橋田屋賀兵衛のもう一つの顔だ」
「...にしても、橋田屋の名前聞いた時はまさかと思ったけど...」
まさか橋田屋の孫なんて...
そこまで言って逃げる際に銀時にあずけた、銀時が片手で抱いている赤ん坊を見た。
「...なんで、そんなエライ奴の孫が俺の所に?」
「さては貴様、アレだな。賀兵衛のところの娘とチョメチョメ...」
「だから違うって言ってんだろ!何?チョメチョメって!お前古ーんだよ、センスが古い!」
「しかしこのふてぶてしさはお前とそっくりだぞ」
「ちっさい頃の銀時を思い出すね」
「そうだろう。赤子は泣くのが仕事だというのに、職務放棄か貴様ァァァァァ!!アッハッハッハッー」
「どんなあやし方!?」
そして銀時が小太郎の腕から赤ん坊をとりかえして、だるそうに抱き上げ視線をあわし、赤ん坊に話しかけた。
「冗談じゃねーよ。こんな事に巻き込まれて、おまけに四六時中泣き喚かれてみろ、ホントッ川にぶん投げるところだぜ」
「だぱん」
「おうそうだ、男はなァ、パーマが失敗した時以外泣いちゃいけねーよ。お前はその辺見込みあるぞ。新八よりある」
「あ、銀時。下が...」
びちゃびちゃびちゃ
「上は大丈夫だが、下は泣き虫らしい」
「まぁ子供だからね...おむつ買ってくるよ」
苦笑しつつ、近くにドラッグストアがあったよねと駆け足で買い物に向かった。
***
「あっ、お前右曲がりじゃねーか。将来大物になるぞ、よかったな」
「...むー」
「なぁに、落ち込んでるのかい坊や?」
オムツを買ってもどってきて、やらなきゃならないことができてしまった小生達は小太郎と別れ、
公園でおしめを銀時が小生の座る横で取り替えていた。
「なんだなんだ、小便たれたくらいでおちこむんじゃねーよ。男はな、上半身と下半身別の生き物だからよ。こんな事もあるさ」
そしておむつをつけると、銀時は赤ん坊を挟んで隣に座った。
「フー、ったく、親父に間違われたり、誘拐犯に間違われたり、厄日だ今日は」
「なふっ」
「あぁ、ワリーワリーお前の方が厄日か。お互い大変だなオイ」
「ふふ、でも生きてればこういう日もあるよね。坊やもこれから人生でもっと大変なことが色々起こるよ」
「そうだァ。人生の80%は厳しさでできてんだ。いやホントに。俺達なんかいつもこんなのばっかだからな」
「でも勘違いしないでね、けして悪い事ばっかじゃないんだよ」
銀時が立ち上がり、紐を使って背中に子供をおぶった。
「こういう一日の終わりに飲む酒はうまいんだよ」
「終わったら、一緒に一杯やるかい?」
「まふ」
「よし、一丁いくか」
「そうだね、やってやんなくちゃ」
薄く笑みを浮かべ小生達は、前方にそびえる巨大ビルへと足を向けた。
しかし、あの笠の男の意味深な言葉が...頭から消えない...
「(...いや、考えても仕方ない。今はただ、やるべきことをやろう)」
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