第五十四訓 ミルクは人肌の温度で。ミルクは粉より母乳がいい。
「(銀時達、もう朝ごはん食べた頃かな...)」
ぼんやりとそんなことを思いつつ万事屋への道を歩いていた。
すると、お登勢さんの店前で銀時が大声を上げながら右往左往する姿が見えた。
「?ぎん...」
「だァから...」
「朝からガタガタうるせェェェ!!」
ドゴ!
店の中から、扉ごと蹴破るようにお登勢さんが挙動不審の銀時に飛び蹴り、倒した。
...一体何があったんだろうか?
そう思いながら、二人の元に近づけば、万事屋への階段の下に置いてある一つの籠が目に入った。
その中には――
「ばぶー」
「......え?」
『あなたの子供です。責任とって育ててください。私はもう疲れました』
そう書いた紙を腹の上に置かれた赤ん坊がいたのだった。
***
「よしよし、良い子だね」
「あぶー」
「...腐ってる」
「腐ってるね」
銀時には任せられないと籠の中から赤ん坊を小生が抱えて、とりあえず万事屋にいた二人も呼び、お登勢さんの店内に集まったのだった。
「いい加減な男だとは思ってたけど、その辺に種まいて、女ほったらかして生きていけるような性根の腐った奴とは思わなかったよ」
「だから身に覚えがねェって言ってんだろ」
「本当かねェ」
「本当だっての。だって朔夜、俺お前と本番したっけ?」
「本番も何もんなことしてないよ。何を小生との子供みたいに言ってんだい」
巻き込まないでよ、小生は誰ともそんなことした事ないのに。
「そうですよ。朔夜さんを巻き込まないでください。というか、身に覚えがないならなんで拾ってきたんですか」
「だからお前、普通家の前に赤ん坊が落ちてんのにほったらかして帰ってくる奴がいんのか?」
「とぼけてんじゃありませんよ。やましい事があるから連れ帰ってきたんでしょーが
それにこの猫っ毛、ふてぶてしい相貌...明らかに銀さんの遺伝だって朔夜さんも見立てたじゃないですか」
「俺は天パの伝承者か?俺だったら子供にこんな重荷は背負わせねー。遺伝子ねじ曲げてでも朔夜似のサラッサラヘアーのガキを作る」
「いっとくけど、小生は銀時と子供を作る気ないから。さっきから推してくるけども」
先程から興味津津で覗きこんでいた神楽に赤ん坊を預けて、隣に座る銀時をジト目で見る。
「止めろよその目!アレだって、大方定春の時と同じパターンだろ。
万事屋ときいてなんでもしてくれると勘違いした誰かが置いていきやがったんだ。迷惑な話だぜ。なんとか親、探しださねーと」
「天パが責任逃れしようとしてましゅよ〜。諦めの悪いパパでしゅね〜、ねっ?銀楽」
「やめてくんない!その落語家みたいな名前やめてくんない!」
すると急に赤ん坊がぐずりだした。
「!マミ〜ぐずりだしちゃったヨ!」
「おやおや...よしよし僕、どうしたのかな?」
神楽ちゃんから赤ん坊を受け取りなおし、あやすようにゆする。
「ウンコデモモラシタンジャナイデスカ?」
「違いますよコレ、多分お乳がほしいんですよ。誰かァァ乳の出る方はいらっしゃいませんかァァ!!」
「私出してみるネ。今なら出せる気がするネ」
「出る訳ねーだろ!なに母性に目覚めてんの!?お前、昨日も今ならカメハメ波を出せる気がするとかワケのわからん事を言ってたろ!!」
「アー私出ソウ。実ハ私昨日カラ腹ノ調子ガ悪クテ」
「だからウンコじゃねーって言ってんだろーが!お前のウンコで何が解決すんだよ、お前の便意だけだろーが!」
あまりのやりとりに息を吐き出し、口をはさんだ。
「母乳は、母親が子を産んだ時に分泌されだす二つのホルモンの影響によってつくられるものだからね...
小生は一応どちらもサンプルとして持ってるから、体内に打てばお乳はでるとは思うけど...」
「それは絶対ダメだ!(どこのかもわからないガキに朔夜の乳なんざ吸わせられるか!)」
「...小生も流石に言われなくてもやらないよ。そういうのは、産んだ母親の仕事だしね。...だから、とりあえず人肌に温めたミルクを誰かもってきてくれるかい?」
銀時、焦りすぎだろ。母乳の方が子供に良いのは確かだけど、小生はそこまで非常識じゃないよ。
そう思いながらミルクを作りだした、意外に器用な銀時の背を見た。
***
しばらくして、銀時が作ってくれたミルクを飲ませると、皆が赤ん坊にメロメロになりだし、色々なベビー用品を買ってきたのだった。
しかし、赤ん坊は降ろそうとしても小生にしがみついて離れなかったので、今もそのまま抱いている。
「しかし、朔夜に懐いてるねェ」
「でも朔夜さんに懐くなんて、ますます銀さんそっくりですね」
「あはは...複雑だなぁ」
そして笑いながらいると皆がそろって銀時に因んだ名前をつけ出した。
「よーしよし金時、お前は親父みたいな人間になっちゃダメだよ」
「万時、こっち向いて万時」
「銀楽、お母さんだよ。銀楽」
「坂田、アホノ坂田」
「せめて統一し...」
その瞬間――
グイッ!
「わっ!?」
「「「「!!」」」」
ドカッ
「ちょっ!?」
「あっオイどこ行くんだィ!!」
赤ん坊を抱えたままの姿で、銀時に急に引っ張られて横抱きにされて、そのまま必死の形相で走る銀時にどこかに連れていかれたのだった。
***
「なに、捨て子?」
「すてご?」
銀時に抱えられたまま連れて来られたのは、川べりであった。
そこに面した駄菓子屋の前のベンチに、サボりであろう寝ている総悟君と
一緒に連れて来られたのであろう空覇がいたので、警察だしと相談してみることにしたのだった。
「あぁ、家の前に捨てられててな、そりゃびっくりしたよー。まァそーいうことで、後はお前らおまわりさんに頼むわヨロシク」
「まァ、確かに銀時は女関係だけは誠実だから子供なんてね...だからはっきりするまで警察に任せるよ」
「オイオイ、冗談はよしてくだせェ旦那、朔夜さん」
「え?」
「この坊主、旦那とクリソツじゃありやせんか」
「このお魚が死んだような目も銀さんとそっくりー!」
「知らねーのお前ら。最近のガキはみんなそーなんだよ。ゲームとかネットづけで外で遊んでねーからさァ。病んだ時代だよ」
「銀時、まだその子ゲームとかできないから」
「しかし、いつの間にお二人がこさえたガキか知りやせんが旦那もスミにおけねーな、コノコノ」
そして小生の隣に座らせている赤ん坊に話しかける総悟君。
「沖田君、旦那はこっちだ。ワザとやってるだろ。お前ワザとだろ」
「ていうか小生と銀時の子じゃないから。一から十まで違うよ総悟君。ねぇ聞いてる?」
「まァ旦那、朔夜さん。まさしく自分らでまいた種は、自分らで何とかしろって奴ですよ」
「朔夜さんの赤ちゃんだから絶対可愛いよ!」
「いや違うよ空覇!?産んでないよ!?」
「できちゃった事実から目をそむけたらいけませんぜ。つーことで俺と空覇も公務に忙しいんでこの話はこれで...」
ダバン
総悟君を銀時が川にたたき落とした。
「...なんだ、なんで俺の周りは話をきかねー奴ばかりなんだ?」
「それより、銀時のせいでこっちまで飛び火なんだけど」
「朔夜さん、総悟は...」
「大丈夫、頭冷やしたいらしいから」
「そっかぁ!」
「うん、だから空覇は一足先に屯所に帰りなさい。総悟君水浴びするらしいから」
「はーい。またね赤ちゃーん」
「ばぶぶ〜」
空覇と別れたすぐ後、今度はお妙ちゃんがやってきて、
名前をこの前知ったばかりの眼鏡っ子くの一、あやめちゃんもやってきた。
そしてあやめちゃんが、小生の腕が痛くなったのでいったん預けた銀時の腕の中の赤ん坊を見て、何を勘違いしたのか
妙ちゃんと銀時の子供だと思い、妙ちゃんにとびかかった。
小生達はこれ以上面倒になるのを避けようと、静かにその場から離れようとしたが妙ちゃんに見つかり
子供と銀時のそっくりさに気づいた妙ちゃんによって、小生を孕ませたのだと勘違いされた銀時は川にたたき落とされた。
そして、怒り心頭の妙ちゃんはあやめちゃんを連れて去っていったのだった。
「...はぁ...」
「うぶ〜?」
「あぁ、よしよし...でも、君の本当の父と母は何処に行ってしまったのだろうね?」
腹を痛めて産んだ子を捨てるなんて、どんな事情があろうと、赦せない。
子供は、親の事情に振り回されるためのものではないんだから。
僅かな憤りを心に秘めつつ、腕の中の赤ん坊の頭を撫でた。
***
しばらくして川から上がってきた銀時とともに、これ以上知り合いに見つかりたくないということで、路地裏を歩いていた。
「あーなんか自分に自信がなくなってきたぜ」
「そんなんでどーするのさ、銀時」
「だってよ〜ホントに俺の息子なんじゃねーだろう。オイ、おめーの本当の親はどこにいるんだ?」
「はぷん」
小生の抱える赤ん坊に話しかけだす。
「お父さーんって呼んでみ」
「ばぶ〜」
「そんなんで来たら探してな...」
ザッザッ
「「!」」
「そこの者、ちと待たれい」
目の前に幾人もの明らかにガラの悪そうな、浪士風の男達が行く手を阻んだ。
「わぁ...来たよ、お父さん候補」
「オイオイ、随分たくさんお父さんがいるんだな」
その男達を見て、小生は腕の中の子を抱く力を少しだけ強めた。
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