第三十九訓 煩悩が鐘で消えたら苦労しない。
冬の深夜の江戸は冷え込む。
「うー...寒い...」
銀時の記憶喪失が治ったと思ったら、急にめっきり冷え込むんだから参ったよ。
まぁ今日は大晦日だし当たり前といっちゃ当たり前なんだけど...
青い襟巻をしっかり巻き、いつもより厚着になって小生は
ジャンプを買いに行ったまま新八君の道場に帰ってこない銀時を捜しに出た。
大晦日で寺や神社に行くのか街を歩く江戸の人々を見ながら歩き、寒さに小さく体を震わせる。
「はぁ。何処まで行ったのかな...」
白い息を吐きだして、両手を温めながら小生は再び歩き出した。
***
てくてくと、しばらく歩いていくと屋台のそば屋があって、店主と話す見慣れた一人と一匹がいた。
「おや、小太郎にエリーじゃないかい」
「!朔夜か...年の終りにお前に会えるとはな、来年の風向きは良さそうだ。それに明日はお前の誕生日だったな、おめでとう」
「ふふ、相変わらずだね...ありがとう。でも、もう年越しそば食べてるのかい?」
二人に近づき、手元のそばを見て問いかけると、小太郎が何を勘違いしたのかそばと自分が使ってたを差し出してきた。
「食べたいなら少し食うか?どうせ一人じゃまだ一皿食べられないんだろう?」
「いや、食べたい訳じゃ...でも、まぁいいや。お言葉に甘えてちょっと貰うね」
関節キスだけど、まぁ別にいっか。小太郎と小生の仲だし。
そして、寒いので隣にくっつくように座って、そばと箸を受け取りちゅるちゅるとすする。
「温かくて、美味しいね」
「だろう?」
「うん。外出てきてよかったな」
小太郎とも会えたしね。
ほっこりと温かくなった体と心で笑ってそう言えば、少し小太郎の頬が赤くなった。
「お前は...あまりたやすく恥ずかしいことを言うな」
「?...あ、もしかして照れてるのかい?」
「ち、違うぞ。全然そんな事ないからな。違うからな」
「はいはい、わかったよ(関節キスは平気なくせに...あ、いやもしかしたら気付いてないのかも)」
「返事は一回だぞ。全然わかってないだろう」
「ふふ、さぁどうだろうね」
「全く...(俺を含め周りがどう思ってるか本当にわかってないな)」
そしてひとしきり笑った後、再び気になっていたことを問いかけた。
「でも何話してたんだい?店主さんと」
「あー...お嬢ちゃんそれは」
お嬢ちゃんだって!?
「大丈夫だ。朔夜は俺達の同志だからな...それにもうコイツはお嬢ちゃんという年じゃないぞ」
「え、だが15ぐらいじゃないかね?」
「同志って言うか昔の仲間だよ...これでも小太郎と同じくらいなんだけど」
「!?そのナリでかい!?アンタ何者...まさか、あの茨姫かい?」
「一応、その茨姫...かな?」
「アンタが...なるほど合点がいったよ」
そんなに見えないかな。いや見えないよね。わかってる分かってる。
「まさかねぇ...そりゃぁすまないことを」
「いや、大丈夫。悪気はないんだから目くじら立てたりしないよ...で、結局小太郎達は何を話していたんだい?また攘夷関連?」
「またとはなんだまたとは。お前も同じ理想を求める志士だろう」
「何遍もいってるけど、小生はもうしがない一般人だよ。もうやんちゃ時代は終わったの。ぎらぎらしてないの」
「...俺は諦めないからな」
「ふふ、小生の頑固さは知ってるでしょうに。で、結局何なんだい?」
「...はぁ...実はな――」
そして話を聞けば、この前御用になったマムシの残党がジャスタウェイを積んだトラックで今日ターミナルに突っ込むらしい。
「なぁるほど。大晦日までご苦労だねェ...」
「どうだ?お前から見て上手くいくと思うか?」
「...小太郎、わかってる癖に聞かないでよ。上手くいくわけないだろうに」
きっともう答えは自分の中にあるのだろう小太郎の面白そうに聞いてきた目を見て、呆れつつ笑って返す。
「こんな日までせわしない、そんな無粋な輩に江戸は壊されるほど脆くはないからね」
そう言い、小生は立ちあがった。
「!なんだ...もういくのか?」
「うん。ちょっとジャンプ買いに行ったまま帰ってこないバカを捜しに行かないといけなくてね」
「銀時か...お前はいつも銀時のところに行くんだな」
「うーん...なんだか気付いたらなんだよね...でも小太郎達と一緒で楽しいのも本当だよ」
でも今日は銀時を捜しに来たから、またね。
そう言えば小太郎は何だか不満そうだったが、ため息を吐きだしてから小生の頬に軽くキスをしてきた。
「...夜道の一人歩きは危ないからな、気をつけるんだぞ」
「うん、ありがとう小太郎。また今度話そう。エリーもまたね」
そして笑顔で手を振って、一人と一匹と別れた。
...でも頬に別れのキスって、外国じゃないんだから。
そう思いながらも、温かくなった心を抱えながらまた一人道を歩いていった。
***
しばらくすると、川から煙が上がっているのが見えた。
ものすごーく嫌な予感がしたのでそちらに少しだけ走って向かう。
するとそこには突き破られたフェンスと路上に落ちているジャンプと
同じようにぼろぼろで血まみれで倒れ伏す銀時と一人の前髪で顔の隠れた男がいた。
その状況に驚きつつ、かけよる。
「銀時!それにそちらの人!大丈夫かい?」
二人の身体を軽くゆさぶれば、どうやら二人は目が覚めたようだった。
「う...朔夜...?」
「あ、アンタは...(夢幻教の時の...!)」
「銀時ったらこんな所で血まみれになって、何やってるんだい!ジャンプ買いに行ったんじゃなかったの?それにこんな、他の人まで巻き込んで!」
「う...じゃ、ジャンプが白マルじゃなくて赤マルで...そうと知らずソイツと死闘を...」
「はぁ...どういう状況になったらそうなるんだい...ちょっと大人しくしてな」
そして銀時の体を起こすのを手伝ってから、隣で倒れていた男を見る。
「あの、卿は大丈夫かい?銀時とはち合わせて災難だったね」
「あ、あぁ...俺は大丈夫だが...アンタは...」
「あぁ、小生は...まあ(無免許だが)医者の吉田朔夜。呼ぶ時は下の名前で呼んでおくれ」
「あぁ、わかった...(俺に気付いてねーのか、良かったぜ)」
「ところで怪我は大丈夫かい?結構な怪我の様だけど」
「あー...まぁ大丈夫だ。それより俺はこの辺で...」
「それならいいんだが...せめてこの薬をもっていくと良いよ」
そして袂から軟膏のケースを取り出し、彼に渡す。
「これは?」
「血止め薬だよ。市販のものより遥かに治りが早いから使うと良い」
「...あんがとさん(こいつの妹かなんかか...?しかし...それにしちゃよく気のまわる女だな。しっかりしてるし)」
「気にしないでおくれ。医者ならば普通のことさ...さて、銀時は家で診るから帰るよ」
「おう...だが俺はまだジャンプが...」
「ほんとに卿って奴は呆れるよ...分かったよ。ジャンプなら買ってあげるから行こう」
「え、でもどこにも売ってないんだぜ?」
「ちゃんとアテはあるから」
「「え、マジで?」」
銀時だけでなく、もう一人の男の声ものってきた。
「...卿もなのかい?」
「!あ、いやー...そのー...できれば僕もお願いしたいっていうか」
「...はぁ、いいよ。卿もジャンプ欲しいなら一緒においで」
「!いいのかい嬢ちゃん?」
「これでも20代中間なんだけどね...まぁ、欲しいなら来たらいいさ。小生は構わないから」
「(キュン...ってアレ?おかしくね?俺はアレだよ。アレ。こんな人生で一度見るか見ないかくらい
顔整った超新築豪邸系は趣味じゃねーはずなのにおかしくね?俺のタイプは誰も触れねェような崩れ落ちそうな廃墟系なのに。
こういう綺麗なタイプにはぐっとこねーのに)」
「...?人の顔じっと見てどうかしたかい」
「っいや...その...アンタ今度暇...」
「さぁ朔夜さっさと行くぞー(何気軽に誘おうとしてんだこの野郎)」
「(この白髪!!)」
急に銀時に腕を掴まれ引きずられる。
「話し中なのに何するの銀時!」
「いいからさっさと買って帰るんだろ。それにしらねー男と親しく話すなとも何遍も言ってるだろ」
「むっ...良いじゃないか。小生の勝手だろう」
「うるせー。良いから行くぞ」
何やら銀時は機嫌を損ねた様で、怒った口調で言い小生を引っ張る手を離そうとはしない。
「(何怒ってるんだか...)ごめんね、えーと...」
「!え、あ、俺は服部全蔵だけど...(これはアレか?まさかアレなのか?いやいやいや女の顔のタイプ真逆すぎるだろ)」
「そうかい、じゃぁ全蔵!またどこかで会えたらもっと話そうね!」
「!」
銀時に引っ張られながら歩きつつ、片手を振って全蔵と別れた。
しかし彼の声、ちょっと前に聞いたことがある気がするなァ
そんな疑問を残しつつ銀時と新八君の家に帰るのだった。
ーーその頃
「好きなタイプと惚れるタイプって...違うもんだな...」
全蔵が小生の後ろ姿を見送ってそんなことを言ってたなんて知らなかったのであった。
因みにそれから数日後小太郎から聞いた話によれば、やっぱりマムシ達の愚かな行為はうまくいかなかったようだ。
ま、ニュースにもなって無かったし、だろうなとは思ってたけどね。
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