第一訓 給料前借りする時は、上司をおだてろ
チリーン
日が高くに上る頃
公園のベンチに座る女の手の平の上で、
財布から出てきた5円が空しい音をたてる。
「...」
バサバサ
女は無言で財布をさかさまにし振るが、なにも出てこない。
「ふぅ...実験用具を買いすぎたかな…」
女は、深く息を吐き出し一拍置いて青空に向かってつぶやいた。
そのさい闇色の長い髪がさらりとゆれる。
「(全ての給料日まであと10日ほど...貯金は崩したくないし…まずいね)」
初っ端からリアルな問題に直面しているこの女こそ
この物語のヒロイン、吉田朔夜である。
***
「だから給金前借させてって言ってるだけじゃないか」
「何借りに来てその上から目線!?大体君は前もそう言ってだね...」
「あ、あった。じゃぁ借りていきますんで」
「待てコルァァァ!!聞けェェェ!!!」
朔夜こと小生は、バイト先の一つであるホテル池田屋に
苦渋の決断の末、バイトついでに給料前借するため、オーナーの部屋へと来ていた。
「吉田さんっていう奴はどうしてそうなんだ!
本当ならもうクビがなくなってるところだよ!?
わかってる?ねぇわかってる!?」
「え?あ、はい。オーナーの首がないことは見ればわかります」
「違うからァァ!!!その首がないじゃないから!
アンタをクビにしてやろうかつってんの!」
正座させられたまま真剣に質問に返してやれば怒鳴られたので、むっとして減らず口を返してやる。
「その前にオーナーの首が完全になくなりますよ。
メタボって怖いですね〜」
「そこから離れろよォォ!!おじさんだって傷つくんだぞォォ!」
「すいません。オーナーってば、ガラスのハートだったんですね」
「そうだよ!それなのにもう傷だらけどころか
お前のせいで粉々だよ!」
「すいません。もう言わないんで給金前借を...」
「それとこれとは話が別!!仕事に戻って!」
「...ちっ」
「あれ?吉田さん、今舌打ちした?」
「いやだなぁ、気のせいですって」
そう誤魔化して小生は、オーナーの部屋から出た。
「ふぅ...今の世の風潮はなんと冷たいんだか...」
「吉田さん!ぶつくさ言ってないでこの室にお茶運んで!」
「やれやれ...わかったよ先輩」
盆を受け取って小生は指定された室へとお茶を運んで行った。
***
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
「今忙しい。そこにおいておいてくれ」
「(?この声、聞き覚えがあるな)...承知しました」
客の言葉に頭をあげると
たくさんの男たちと一人の少女、
それから妙に懐かしい銀髪の男と黒髪の男二人の姿があった。
「(まさか…!)」
思わぬことに、目が丸くなる。
「...銀時に、小太郎?」
「?!なぜ我らの名を...」
「...って、お前...朔夜!?」
銀時、小太郎と呼んだ二人も、小生を見て目を見開いた。
この声、反応、間違いない。ようやく二人見つけられた。
望んでいた再会に笑みを零し、近づく。
「やっぱり銀時に小太郎だね!いやはや、なんて偶然!
まさか卿等に、このような場所で会うとは思わなかったよ!
しかし何だい?この殺伐とした空気は」
「朔夜、ちょうどいいところにきた。
お前もいずれは勧誘しようと思っていたところだ。
お前も我らとともに攘夷戦争に参加し、
『戦場の茨姫』と呼ばれたその力、
白夜叉と恐れられた銀時の力と共に再び貸してくれ」
急な小太郎の言葉に小生はいぶかしく思い、
銀時は目に剣呑な光を浮かべた。
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