銀魂連載 | ナノ
A




下駄の音を響かせながら走る。


「ぜぇ...はぁ...(どこ...?)」


銀時たちと別れ、晋助を探し始めてしばらく経ち、河原の方までやってきた。

あまり言いたくはないが、体力は一般人より遥かに無い小生なので、かなり疲れてきた。

だが、晋助がどこか近くにいると信じて砂利の上を歩く。

舐めて小さくなっていたりんご飴は未だ捨てることもできず、子供のように片手に握りしめている。

一人で生きれる風を装いながら、誰よりも昔馴染みたちに依存している小生のようで、情けなさに自嘲の笑みがこぼれた。

やっぱり、依存してるのは小生だけなのかな...

3人が変わってなかったことが奇跡的で...晋助は、変わってしまったのかなぁ...

これだけ探していないなら...と歩きながら俯いていく


「...晋助...」

「呼んだかァ?朔夜...」

「!」


前の方から聞こえた声に、ぱっと顔を上げると橋の下の陰の中から笠を外している晋助が現れた。


「しん、すけ...!待っててくれたんだね...」

「待ってろって言ったのはてめーだろ。久しぶりだなァ、朔夜」


そう言いながら近づいてきて、見下ろしてくる。

晋助の目は先程向けられた冷たい色をした目と違い、昔と同じ優しさを含んだ瞳をしていた。

良かった...やっぱり、変わってなんていない...昔の晋助もちゃんといる

安堵で涙腺が緩み、鼻の奥がツンとした。

すると、晋助が小生のりんご飴を握っている方の腕を掴み、自身の方にひきよせてきた。

急なことで思わずりんご飴を地面にぽとりと落とす。

そしてもう片方の腕を背中にまわされ抱きしめられて、煙管の刻みタバコの匂いがすぐ近くで香る。


「晋助...?」

「...なァ、朔夜...ほんとに生きてんだな...」

「!生きてるよ・・・ちゃんと、ここにいるよ・・・」


晋助も、心配してくれてたんだ...幸せ者だね、小生は。

別れが別れであったから、もう、あの関係には戻れないかもしれないと思っていた。

ああ、でも、もしかしたらーー...

淡い期待をこめて、そっと抱きしめられたまま背中に手を回す。


「俺ァあの日から探してたんだぜ...てめーをずっと...勝手なことしやがって」

「......ごめん。でも、嫌われたと思ってた...でも、違うなら...小生は...あのね、今度こそ...」

「ああ、わかってる...今度こそ二度と俺から死ぬまで離れるな...お前もほんとはなにひとつ許せてねえはずだろう?」

「え...」


思わぬ言葉に思わず目を上げて、晋助の目を見る。

その目は優しく細められているものの、銀時といた時に見た強すぎる光と負の感情を灯した冷たい炎が浮かんでいた。

その目に心が冷え、背中に冷たい汗が伝うのを感じる。


「俺と来い、朔夜。そしてこの世界を、全てを俺が壊すのを隣で見てろ...」

「!っそんなこと、小生にはできない...!」


晋助の胸板に手を置き、拒絶をしめすため離れようと暴れたが

小生の片腕と体を拘束する両腕は、非力な小生ではびくともしなかった。

その無様な抵抗を予想していたらしく、晋助は愉しそうに喉の奥で笑った。


「...お前はいつもそうだな朔夜。自分の中で暴れ狂う獣を、滅多に鉄の箱から出そうとしねェ。

だが、それでもかまやしねーさ。元よりお前に破壊を加担させようなんざ思っちゃいねーからなァ。

お前は俺の隣にいて、俺の名だけを呼んで、俺だけを映して、俺のためだけに生きりゃいい」


もうお前は、この先それだけでいい。

溶かされるような、狂いそうな熱量を持った言葉に、耳をふさぎたくなる。

すると晋助は背に回した腕はそのままに、小生の腕を掴んでいた手を離して

空いた手を小生の後頭部にまわし、軽く髪を掴まれて髪を引かれ、強制的に下げていた視線を合わされる。

その時見た晋助の緑色の目には、冷たさこそなかったが優しさもなく、危険な熱を孕んでいた。

その目に記憶と本能が警告音を鳴らし、小生は反射的に目をそらして両手で晋助の胸を突っぱねた。


「っそんなの...」

「――朔夜」

「っ...」


熱を持っていた先程の声とは一変した、凍てつくような冷えた声音に

体が硬直し、息ができないほどの恐怖を覚える。


「お前にゃ拒否なんざできねーよ」


分かってんだろ?

そして、後頭部の髪を今度は痛いほど強くひかれ、再び顔を上げさせられた瞬間、唇に熱が触れるを感じた。

目の前には、晋助の顔があった。


「――...!」

「...(相変わらず甘ェな...)」


驚きで動けずにいれば、すぐさま小生のゆるく開いていた唇を割って舌が入ってくる。

その感覚に意識を取り戻し、現実から背けるように目を閉じて、離れようと暴れたが、

背と後頭部に回された腕がそれを許さず、晋助に好きなように口内を蹂躙されていく。

あまり慣れていない行為に、口の端から、どちらとも分からない飲み込めない唾液が伝った。

無理やり押し付けられる行為に、小生は覚悟を決め――


「っ...はぁ...」

「っ!朔夜、テメェ...」


晋助の舌を噛んだ。

だがそれは察知され、晋助が顔を離したため少し舌を切っただけで終わった。

その瞬間、体を離して距離を取る。口内には僅かに鉄の味が残った。

小生を睨んでくる晋助を、袖で口を拭き、息を荒くし生理的な涙でうるんだ目で睨む。


「っふぁ...はぁ...しんす、け...どうして...」

「チッ...この場で連れ去りてェトコだが...まァ今日は赦してやらァ(幕府の犬もいるみてェだしな...)」


そうして晋助は砂利の上に置いていた笠を被る。

その姿に、待って、と息を切らしたまま小さく声をかける。


「ど、して...そんな風に、変わっちゃったんだい...?」

「...俺は何一つ昔と変わっちゃいやしねーよ」

「...だとしたら、何をそんなに思いつめているの...」


繊細で優しい、けれど強くて勝手な男。

この十年、小生も探していた十年の間に、卿はどこで何を思っていたの。



「...思いつめてなんかいねえよ...――それより、次会う時はもうどこにも飛べねーようにしてやるからよォ」


覚悟しとけ。

そう言い残して、晋助は夜闇の中にその背を消した。

小生は去った背を追うこともできず、頬を音もなくあふれだした涙で濡らし

言い知れない悲しさや苦しさで頭がぐちゃぐちゃになって、思考が遮断されていく。


「っ・・・(分からない・・・卿を、何がそうしたんだい・・・?)」


どうしてその負の感情の歯止めを、忘れてしまったんだい?

1人でまだ、どこで戦っているんだい?

今の晋助のこと、小生は見てられないよ。

そう思いながら、声を殺して、体を震わせ、いつも通り笑えるまでひたすら待つ。

その時だった。


「朔夜!」

「っ!」


この声――トシ...?

後ろから、誰かが近づいてくる音がした。

泣いてることを知られたくなくて、声も出せず俯いたまま背を向けていた。


「お前今、高杉晋助といたよな...!?」

「!」


今のを見られてた...!?

トシの言葉に心臓が鷲掴みにされたような感覚を覚え、振りかえることができない。


「どういうことだ...!何とか言っ...!」


ガッ


「お前...また...(泣いて...)」

「っみる、な...!!」


肩を掴まれ、無理やり振り返させられて、泣き顔が露見する。

嫌だ嫌だ嫌だ!

自分の辛さと悲しみに耐えることもできない弱くて小さい小生を見ないで!!


「...(さっきのは、無理やりだったのか...?)」

「みな、いでって...!!」


ドンッ!


「うぉっ!?」


泣いているどこまでも弱い自分を見られたくない一心で、トシを突き飛ばし、走る。

名前を叫ばれた気がするが聞こえない。


「(完全に見られた。嫌だ。最悪だ。)」


何で最近トシにばかり泣いてるのを見られるんだ。

本当は弱い奴だって思われる。虚勢のメッキがはがれる。

そんなの、駄目だ。江戸で出来た知り合いにばれたくない。

小生は、非力で腕っ節強くなくて、いつも誰かにこの身を守られてばかりだから

心くらいは、他の心を守ってやれるくらい誰より強くなけりゃいけないのに

この脳だけは、どんな時も冷静にさせておかなきゃいけないのに

自分の感情すら抑制できない弱い女だなんて、思われたら駄目なんだよ。


そしてがむしゃらに走っていたら、涙はもう乾き、万事屋の前に立っていた。


「...」


ガラッと無言で扉を開けて、玄関に入り、居間へと向かう。

そして居間の扉を開けた。


「よぅ、朔夜。おかえり」

「...ただいま、銀時」


ソファーでジャンプを読んでいる、変わらない銀時を見てほっとし、笑顔で隣に座る。


「(目が赤ェ...高杉の野郎...)...で、どーだったよ。感想は」

「...時の流れって残酷だね〜、かな?」

「...そーかよ。何もなかったか」

「――うん、大丈夫。何もなかったよ」


あのことは伏せておいた方がいい。そう直感的に感じ、笑顔で頷く。

すると銀時が、腕を掴み、横から目を覗き込んできた。

底の見えない紅い目と視線が交わる。


「...本当か?」

「うん、本当。心配ないさ」

「...ならいーけどよォ...何かあったら絶対言えよ?お前を守るのは俺だからな」

「――うん。知ってるよ、銀時」


抱き寄せられて首筋に頭を埋められる

銀時は昔から、たまに唇以外の部位にこういうことを戯れでするので慣れている。

ちょっと犬か猫みたいだと思うのは小生の昔からの秘密だ。

絶対に機嫌を損ねるから。

そうして、その日は疲れていたので家に帰らず、万事屋のソファーに座ってもたれかかり合いながら寝た。


***


翌朝、どうやら小生たちの体勢が変わっていたらしく、勘違いした起き出してきた神楽ちゃんと出勤した新八君の

「「朔夜/さんになに晒してんだこの天パァァァァァァ!!」」という叫び声とともに銀時が飛び蹴りを入れられ

その悲鳴で目を覚ましたのはまた別の話かな。


***


そして同日、日が高く上がった頃――

平賀源外の手配書が張られた立札の前に笠をかぶった高杉晋助が立っていた。

その彼が煙管を咥えようとした時――


「どうやら失敗したようだな」

「!」


横に、同じく笠をかぶった桂小太郎が立って声をかけてきた。


「思わぬ邪魔が入ってな...牙なんざとうに失くしたと思っていたがとんだ誤算だったぜ」

「何かを護るためなら人は誰でも牙をむこうというもの...護るものも何もないお前は、ただの獣だ...高杉」

「...獣でけっこう。俺は護るものなんぞないし必要もない。全て壊すだけさ、獣の呻きがやむまでな」

「...ならば、お前は朔夜すらも壊すというのか?」

「――...」


歩き出そうとした高杉が、桂の言葉に少しだけ背を向けたまま足を止める。


「...さあな...アイツは手折った後に決めるさ(躾も必要みてーだしなァ...)」

「...高杉、朔夜の笑顔を曇らすならば、俺も許さんぞ...!」

「...フン、なら精々簡単に奪われねーようにしてろよ。じゃぁな」


そう言って不敵な笑みを浮かべたまま、今度こそ去って行った。



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