第二十訓 親子っていうのは似なくていいところまで似たりする
前の広場の方から、蜘蛛の子を散らすように祭りの客が逃げていく。
だが俺ァ、銀時の背に当てた刀を引くことはしなかった。
刀の刃を当てたまま、少し視線を落とせば、困惑した表情で見上げて
記憶の中と変わらねェ銀灰色の目に俺を映す朔夜がいた。
さあ、迎えに来た。
お前を手離したあの日から十年という時間の間、俺はずっと探していた。
なのに、どうしててめーは――
「し...晋助...?」
そんな震えた声で俺の名を呼ぶ。
そんな怯えたような顔をする。
俺は、昔と何一つ変わっちゃいねーのに。
***
人が逃げていく中、小生と銀時、そして晋助だけがそこにとどまっていた。
相変わらず晋助は刀を引く気配がなく、小生は落ち着かない、困惑した気持ちで斜め後ろの晋助を見つめていた。
すると一瞬だけ、晋助はこちらに視線をよこした。
その目は、仄暗い炎を燃やしていて、少しだけ寂しげに見えた。
「し...晋助...?」
あの頃と別人のような姿に、思わず震えた声で名前を呼ぶが、すぐに視線は外された。
「...覚えてるか銀時?俺が昔鬼兵隊って義勇軍を率いてたのをよォ」
「!」
「朔夜とは仲がよかったがなァ、そこに三郎って男がいてな。剣はからっきしだったが、機械には滅法強い男だった。
俺は戦しにきたんじゃねェ、親子喧嘩しに来たんだって、いっつも親父の話ばかりしてる、おかしな奴だったよ」
「...」
どうして今、三郎の話を...まさか...
「だが、そんな奴も親父の元へ帰ることなく死んじまった。全く酷い話だぜ。俺たちは天人から国を守ろうと必死に戦ったってのに」
まさか晋助が...平賀の旦那の隠した負の感情を焚き付けて...?
晋助が話を進めていくにつれ、嫌な疑惑が確信へ変わっていく。
黙って聞いていた銀時も察したらしく、口を開いた。
「高杉、じーさんけしかけたのはお前か...」
「けしかける?バカいうな。立派な牙が見えたんで、研いでやっただけの話よ」
「なんてことを...!」
「分かるんだよ、俺にもあのじーさんの苦しみが。俺の中でも未だ黒い獣がのたうち回ってるもんでなァ」
「!...っ」
狂気染みた笑みを浮かべる晋助に、心臓が締め付けられる。
「仲間の敵を...奴らに同じ苦しみを...殺せ殺せと耳元で四六時中さわぎやがる」
「っ」
耳から脳にまで届く晋助の言葉に、夏だというのに冷たくなっていく体が、ぶるりと震えた。
「...銀時、朔夜、てめーらにはきこえねーのか?いや、きこえるわけねーよな。過去から目ェそらして、のうのうと生きてるてめーらに
牙をなくした今のてめーらに、俺達の気持ちはわかるまいよ」
――何だい、それ?
その気持ちが分からないわけないじゃないか。
牙なんて、失くしたわけないじゃないか。
ただ、その牙を押し込める術を覚えただけだよ。
そう思い口を開こうとしたとき、ポタッと、晋助の足元に、血が滴った。
「!!」
「!っぎん...」
「高杉よ、見くびってもらってちゃ困るぜ。獣くらい、俺達だって飼ってる」
「(...動かねェ)」
「(なんてまたバカなことを...!)」
地面に滴る血は、晋助の刀身を素手で掴む銀時の手から流れ落ちていた。
「ただし黒くねェ。白い奴でな。え、名前?定春ってんだ」
そして銀時は振り返り、晋助を殴り飛ばした。
「ぐっ...!」
「!(晋助...!)」
「朔夜、じーさんとこ行くぞ」
「え、だが...(晋助と話を)」
ちらりと、立ち上がろうとしている晋助の方を見るが、銀時にガッと手を掴まれた。
「行くな。アイツはもうお前が知ってるアイツじゃねー。それに今はじーさんのほうが先決だろ」
「!...っ晋助!」
「...」
「どこか近くにいて!後で探すから!卿と話したいんだ!!」
立ち上がり、去っていこうとする晋助の背中に向かって、銀時に手を引かれて走りながら振り返ってそう叫んだ。
晋助は一度足を止めたが、振り返ることなく逃げ惑う人ごみの中に紛れ込んだ。
...昔は、なんだかんだ待っててくれた...今の卿も、待っててくれるよね...?
***
「オウオウ、随分と物騒な見せもんやってんじゃねーか」
「!」
「...ヒーローショーか何かの真似ごとかい?」
走って平賀の旦那のところへ向かえば、先に来てたらしい新八君と平賀の旦那がいた。
「俺と朔夜にヒーロー役とヒロイン役やらせてくれよ」
「朔の字にはあぶねーし、てめーじゃ役不足だ。どけ」
「しょうもねー脚本書きやがって、役者にケチつけれた義理かテメー。今時敵討ちなんざはやらねーんだよ。」
「三郎が泣くよ」
「どっちの三郎だ」
「...どっちもに決まってるよ」
どちらも旦那の大事な息子なんだから。
「こんなこたァ誰も望んじゃいねー。アンタが一番わかってんじゃねーのか?」
「......わかってるさ。だが、もう苦しくて仕方ねーんだよ。息子あんな目にあわせて、老いぼれ一人のうのうと生き残ってることが。
戻らねーモンばかりながめて生きていくのは、もう疲れた」
「...」
旦那の気持ちは、同じように味わったからこそ、痛いくらい分かる――。
「将軍のクビなんざ、ホントはどーでもいいんだ。死んだ奴のためにしてやれることなんざ何もねェのも百も承知...
俺ァただ、自分(てめー)の筋通して死にてーだけさ」
分かるからこそ、ここで旦那を止めなきゃいけない。
「だからどけ。邪魔するならお前らでも容赦しねェ」
「どかねェ」
「どかない」
「俺たちにも通さなきゃならねー筋ってモンがある」
そして空気が張りつめる。
「撃てェェェ!!」
ジャカッ
「らァァァァ!!」
旦那の声と同時に銀時が木刀を引き抜き、三郎に向かって走り出した時
こちらに腕の銃口を向けていた三郎が、腕を下ろした。
「「「!!」」」
ガザン!
その三郎に銀時の木刀がめり込み、三郎をたたき壊した。
そして、三郎は仰向けに崩れ落ちた。
「三郎ォ!!バカヤロー!!なんでオメー撃たなかっ...」
『......オ...親父...』
「!!」
『油マミレ...ナッテ、楽シソーニ...カラクリ...テル、アンタ...好キダッタ...』
これって...あの三郎の言葉じゃ...
驚いていると、平賀の旦那が続けられる言葉にどんどん俯いていく。
『マルデ...ガキガ泥ダラケ...ハシャイ...デルヨウナ...アンタノ姿...』
そこまで言って三郎は、機動を停止させた。
すると、櫓周りの真選組と戦っていたカラクリ達も、動きを停止させたようだった。
「......なんだってんだよ、どいつもこいつも...どうしろってんだ!?一体俺にどーやって生きてけって言うんだよ!」
「さーな。長生きすりゃいいんじゃねーのか...」
「...三郎はいつも親父さんの話をしてた。だからね旦那、そんな息子がいたことを親父さんは、生きて覚えていてあげて...
小生もちゃんと、三郎っていう優しくて勇敢な、大切な仲間がいたっていうこと、ちゃんと覚えてるから」
どんなに後を追いたくても、遺された人間は未来に向かって、精一杯生きなくちゃならないと、小生は思うから。
***
そして、完全に戦意をなくした平賀の旦那の背を一瞥すると、晋助を探しに戻ろうと踵を返して走り出した。
「!っおい、朔...」
「ごめん銀時!でも、小生はどうしても晋助とちゃんと話したいんだよ!!」
足を止め、振り返り必死で言う。
「っ...終わったら、万事屋来いよ!(絶対もう一人であんな風に泣かせたりしねェ)」
「...っうん!」
そして小生は再び走り出し、櫓の横を走って通り過ぎた。
その時――
「今のは...朔夜か?(祭りに来るたァ言ってたが...避難してなかったのか?つーかなんであんな珍しく必死な顔で走って...)」
「...ん?どうかしたか、トシ?」
「...近藤さん、ここ片づけたら俺少し離れるな。ちぃとばかし、気になることができた。(まだ高杉の野郎が潜んでるかもしれねーし、何かあってからじゃおせーしな...)」
「あ、あぁ分かった」
そしてトシ達がそんなことを話していたのを小生は知らなかった。
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