第十九訓 事件は悪いやつが起こすなんて固定概念
「晋助」
「あァ、朔夜か」
月の綺麗に見える夜、近くの村で数日間やっている縁日から、悠々と悪びれなく帰ってきた晋助を迎える。
「また勝手に縁日行ってたのかい?姿が見えないと思ったら...もう、この祭り好きめ」
「そう言うなよ。ほら、おめーに土産だ」
軽く放り投げられ、慌ててそれを受け止める。
「...って、りんご飴?」
「お前それ好きだったろ」
「好きだけど...まぁ、もういいよ。りんご飴に免じて許してあげるさ。お帰り、晋助」
「あぁ、今帰ったぜ...朔夜」
***
そんなこともあったな...と思いつつ、外れかけた窓から差し込んできた朝の日差しに目を開けた。
「...今日が祭りの日か...」
だから無意識下の中で、なおのこと思っててしまったのだろう。
10年探してもいまだ逢えぬ、最後の1人を。
「...晋助...どこにいるの...」
***
くんくん
「この甘ったりぃ匂いは...」
「?どうし...」
「綿菓子だ。綿菓子の匂いがする。綿菓子だよ、オイ!」
「あぁ...(好きだもんね、銀時。確かに美味しいけど)」
「綿菓子ィィィ!!」
ダッ
「!ちょっ、ぎん...」
ガン!
走り出した銀時の頭に平賀の旦那の投げたスパナがヒットした。
「仕事ほったらかしてどこへ行く!?遊んでねーで仕事しろ仕事!」
「やれやれ...」
色々合った日から三日――
小生は万事屋三人についてきて、平賀の旦那のカラクリの整備を手伝いに来ていた。
「でも平賀サン、もう祭り始まっちゃいましたよ。手伝いにきたけどコレもう間に合わないんじゃ...」
「カラクリ芸を将軍に披露するのは夜からよ。夕方までにどーにかすりゃなんとかなる。朔の字が役に立ったおかげで大方片付いたしな」
「しらばっくれるんじゃないわよ!!」
「!?」
「神楽ちゃん?」
神楽ちゃんの台詞にそっちを見れば、三郎とままごとらしきことをやっていた。
「アナタ私が何も知らないと思ってんの!?コレYシャツに口紅がベットリ!もうごまかせないわよ!」
「御意」
「御意、御意って、いっつもアナタそれじゃない!たまにはNOと言ってみなさいよ、この万年係長が!!あ゛ーもうドメスティックバイオレンスぅぅ!!」
ヒートアップした神楽ちゃんが三郎を持ち上げた...
「って神楽ちゃん!?駄目だってェ!!」
「ギャアアアアアア何してんだァァ!!やめろォォォ!!」
小生と平賀の旦那と新八君で止めに入る。
「相手は誰よ!?朔夜ね!新築祝いのときに来てた!あの美人な部下!」
「アレ!?小生も組み込まれた!?」
「止めろって!なんてドロドロなままごとやってんだ!!」
「アナタにとってはままごとでも、私にとっては世界の全てだった!」
「いやそう言うことじゃないから!上手く繋げたけどそう言うことじゃないから!」
とまあこんな風に手伝い?を続けていると、日は暮れだし、時刻は夕方になった。
「なんとか間に合いましたね。まァところどころ問題はあるけど」
「ケッ...もともとてめーらが来なきゃ、こんな手間はかからなかったんだよ。
結局朔の字しか役に立ってねーしよォ、余計なことばかりしやがってこのスットコドッコイが」
「公害ジジーが偉そーなこと言ってんじゃねー!俺達ゃ、ババーに言われて仕方なく来てやってん...」
じゃらん
平賀の旦那から銀時に小銭が入った袋が投げつけられた。
「最後のメンテナンスがあんだよ。邪魔だから祭りでもどこでも行って来い」
「でも...」
「朔の字も十分手伝ってくれたしよ、行ってきな」
「...ふふ。ありがとう、平賀の旦那」
「銀ちゃん、朔夜、早く早く!!」
「おう、いくぞ朔夜」
「あ、うん」
そして神楽ちゃんに手を引かれる銀時に手をつかまれ、付いていく。
すると、何故か後ろから三郎がついてきて、結局平賀の旦那もついてきた。
その時、橋の上から強い視線を感じた気がしたが...気のせいか...
ふと視線をすこし動かしたが、すぐに名を呼ばれて銀時たちのもとへ急いだ。
***
あいつが、上品に柔らかい笑みをこぼす姿を見たのはいつ以来だったか。
少なくとも、その隣にはいつも俺がいたように思うが、それならばどうして俺がいない場所で
あいつは全て忘れたような...俺を忘れたような顔で笑っている。
「......朔夜...」
あの日から十年。
それが、お前が1人で年月を生きていくために出した答えなのか。
そんな周りに染まるような生き方で、本当に幸せなのか。
「(......そんなわけがねえ。お前が、そんなはずがない)」
だからもう1度俺が手を差し出せば、お前は俺の手をとるだろう?
目先で、煙管の煙が風に散った。
***
そして祭りにやってきた。
神楽と新八君は三郎と一緒に、小生と銀時と平賀の旦那が焼き鳥の屋台で飲んでいる背後で屋台を見て楽しそうにしていた。
「......フン、妙なモンだな。なんだか三郎も楽しそーに見えるわ」
「そりゃいつも険しい顔したジジイといるよりは楽しいだろ」
「(もぐもぐ)」
「フン...息子と同じよーなことを言いよる」
「!...」
「息子?アンタそんなのいたの」
「もう死んじまったがな。勝手に戦に出て、勝手に死んじまったよ」
そして平賀の旦那の三郎との昔語りが始まった。
涙がまた出そうになったが、酒をあおり、聞き流した。
しばらくして、こちらに平賀の旦那は話を降ってきた。
「......そういや、お登勢と朔の字から聞いたが、てめーも戦出てたんだってな」
「あん?戦っつっても...朔夜も言ってただろーが俺らのはそんな大層なモンじゃねーよ。
二十年前天人が来た頃は侍も派手にやってたよーだが、俺ァその頃はまだハナタレだったしよー
その後十数年は各地で散発的に侍がゲリラ戦してただけさ。まァ、それでもたくさん仲間が死んじまったがな」
ポンポン
「!...」
小生の泣きそうな気持ちが伝わっていたのか、銀時の手が静かに小生の頭を撫でてきた。
...ありがとう、銀時
「...敵をとろうとは思わんのか?」
「あ?」
「?」
「死んでいった中にかけがえのない者もいただろう...そいつらのためにてめーらは幕府を討とうと思ったことはねーのか?」
「!...平賀の旦那...(まさか...)」
「...じーさん、アンタ」
二人で声を掛けようとしたら、平賀の旦那はすぐに席を立ち、最終整備があるといって三郎と河原に戻っていった。
「銀時...ねぇ、」
「...心配すんな。何もねーさ」
ぽんぽん
焼鳥屋の店を出て、見上げて声をかければ再び頭に手を置かれ、
昔から変わらない宥めるような優しい目で見下ろされ、そう返された。
「...そう、だよね...」
だが、言い知れないほどの嫌な予感は消えず、俯いて、ぎゅ...と銀時の着物を掴んだ。
「...ったく、お前は一度不安がるとすぐ考えすぎるんだよ」
普段へらへら笑ってる癖によ。
ぐしゃぐしゃと髪がかき回されるようになでられる。
「ぎ、ぎんと...」
「りんご飴買ってやるから、それ舐めて忘れちまえ」
「!りんご飴...」
今日夢でも見たな...何かの予知かな?
「お前確かガキの時から好きだっただろ?」
「――うん...大好き」
なんとなく夢で見た日に食べた甘いりんご飴の味と、晋助の姿を思い出し、自然にふにゃふにゃと口元が緩んでいく。
「(あーほんと可愛いわ)」
「えへへ...」
「じゃぁ行くぞ」
そして歩き出した銀時の着物を掴んだまま、後をついていく。
そうだね...きっと、そんな悪いことにはならないよね。
***
「!・・・やっぱり祭りにゃ花火だね」
りんご飴を舐めながら広場の方に銀時と歩いていると夜空を花火が彩った。
そしてその花火に足を止め、二人で空を見上げていれば後の続いていくつも花火があがった。
その花火に見とれていると――
「やっぱり祭りは派手じゃねーと面白くねェな」
「「!」」
この、声...!
少し斜め後ろに顔を向ければ、丁度光った花火に照らされ顔が見えた。
それは恰好とかではなく...何かが少し変わっていた気がしたが
今日会えたらいいと思っていた、高杉晋助だった。
少しの違和感より、驚きと嬉しさで胸がいっぱいになり、名を紡ごうとした...が――
ジャカッ
「(え...)」
「動くなよ。朔夜もな」
嫌な音に二人の腰元を見れば銀時と晋助、二人がお互いに向けてそれぞれの獲物に手をかけていて、
晋助の刃が銀時の背に当てられていた。
「クク、白夜叉ともあろうものが後ろをとられるとはなァ...銀時ィ、てめェ弱くなったか!?」
え...あ、な、なんで...?
混乱が伝わったのか銀時が横目でこちらを見た。
「朔夜、問題ねーから...つーかなんでテメーがこんな所にいんだ...」
「いいから黙ってみとけよ。すこぶる楽しい見せものが始まるぜ...」
昔とは違う、冷たさと狂気をはらんだ晋助の声が耳の奥にまで響く。
「息子を幕府に殺された親父が、カラクリと一緒に敵討ちだ」
そして、一発の砲撃音が会場に響き、将軍のいる櫓の辺りが煙に巻かれた。
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