第十四訓 人生のターニングポイントってのは、その辺にたくさん落ちている。
ガラッ
バイト先の一つであるスナックお登勢の扉をあける。
「こんにちは、お登勢さん...ってアレ、キャサリンはいないんですか?」
「あぁ、朔夜かい。キャサリンなら、今銀時たちのところに家賃徴収に行ってるよ」
「あァ、そうなんで...」
「「「ぎゃああああああ!!」」」
「...何?」
「ふっ、上手くいったようだねェ」
「え、え?」
「さぁ、掃除を始めようか。」
「あ、はい...」
一体上で何があったんだろ...
疑問に思いつつ、掃除の準備を始めた。
まぁ謎はすぐに解けることになったが。
***
「つーか朔夜お前、俺の家の下でも働いてたのかよ」
「なんだまだ気づいてなかったんだ」
「気づいてねーよ。だってお前...再会できたのついこの前だぜ?それより前から、んな近くいると思わねーじゃん」
「まぁ、確かに...」
「いいからそこ働きな」
「あ、はーい」
あの悲鳴の後、キャサリンと一緒に銀時たちが降りてきて、ため込んだ家賃の代わりに掃除を一緒にすることになった。
「チッ...でもなんで、入って来たんだよ。アレ不法侵入だよ不法侵入」
「家賃を払わない奴にそれを言う資格があると思ってんのかい?それと、キャサリンは鍵開けが十八番なんだ」
「あぁ、だからさっきの悲鳴...(普通に入ってこられたからか)」
「たとえ金庫にたてこもろーがもう逃げられないよ」
「へーすごいねキャサリン」
実に面白いスキルだ。
「フン、アンタヨリ使エル女ナンダヨ」
「アハハ、ある一点においてはの話だけどねェ」
「ドーユー意味ダ!コノアマ!」
「ふふっ」
指をさして怒鳴りつけてくるキャサリンにくすりと笑う。
「フン、まぁ金庫が開けられよーが中身が空じゃ仕方ねーだろ。ウチにはもうチクワと小銭しかねーぞ。さァどーする」
「どーするってお前がこれからの生活どーするんだァ!!」
「よく生きてるね銀時」
実に卿と神楽ちゃんの生活が心配だよ。
「とにかく金が無いなら働いて返してもらうよ」
ガシャン
「あ、お登勢さん、神楽ちゃんテーブル破壊しましたよ」
「チャイナ娘ェェ!!雑巾がけはいいからお前はおとなしくしてろォ!!バーさんのお願い!つーか止めなよ朔夜!!」
「すいませーん」
でも無理です。もう行っちゃってたんですよ。
「ソレガ終ワッタラ私ノタバコ買ッテキナ」
スパーン
「てめーも働けっつーの!」
お登勢さんのスリッパが綺麗にキャサリンの頭に決まる。
ナイスお登勢さん。
そして渋々と言った感じでキャサリンも動き出す。
「しかしバーさん、アンタももの好きだねェ。店の金かっぱらったコソ泥をもう一度雇うたァ・・・更生でもさせるつもりか?
朔夜もあの時いなくても話は聞いてんだろ?止めなかったのかよ」
「この子は全然反対しなかったよ。それに、更生とかそんなんじゃないよ。人手が足りなかっただけさーね・・・」
「小生はお登勢さんが決めたなら反対しないし、少しの間でも、一緒に働いた同僚だからね」
お登勢さんと一緒になり、神楽ちゃんと話すキャサリンを見る。
「盗み癖は天然パーマなみにとり難いって話だ。
ボーっとしてたらまた足元すくわれるぜ、バーさん、朔夜」
「......大丈夫さ。あの娘(こ)はもうやらないよ。私と朔夜に約束したからね」
「そんなことより銀時、卿も働...」
銀時が居たところを見たら、もうそこに誰もいなかった。
「「......」」
「に、逃げやがったあの天然パーマメントォォォォ!!!」
「やられたっ!!銀時最低だよ!!」
「もう部屋なんか貸すかァァァァァァアア!!」
お登勢さんの怒鳴り声が辺りに響いた。
***
「まったくあの天パときたら...!」
「迂闊でしたねェ...」
腹立たしげにカウンター席に腰かけるお登勢さんに苦笑いしつつ
テーブルを拭きながら話しかける。
キャサリン、神楽ちゃん、新八君は空き瓶やらゴミを片付けに行っている。
「まったくだよ...幼馴染の方は働きすぎってくらい働きもんだってのに」
「ははっ、そんなことありませんよ。お金もらってんですから、真面目に仕事やるのは当たり前じゃないですか」
それにお登勢さんは、この街にいる小生の恩人の一人ですから。
「恩人なんて大げさだねェ...お茶と朝飯くれてやっただけじゃないかい。しかもアンタ、腹減ってるって言う割には全然食べなかったし」
「ははっ、でも2週間まともに何も食べてない小生にとっては、それが何よりも救いに見えたんです」
今でも鮮明に思い出せる。
初めてここの店の扉を開けた日を――
***
「...」
「おや…アンタ見ない顔だね。しかもそんなぼろきれ纏ったような格好で...」
「...やき、ざかな...」
「あ?」
「...あの、」
ぐきゅぅぅぅ〜
「......」
焼き魚の匂いに、思わず鳴った腹を押さえてうずくまる
「...腹減ってんのかい?」
「...そう、だよ...」
「...分かった。食べてきな」
「!...いいの、かい?」
こんな不審者丸出しの恰好の人間なのに...
「あぁ、構わないよ。ただし奥で風呂に入ってもらって、服を着替えてからだねェ。
何があったかなんて聞かないけどね。その恰好じゃ朝飯は上げられないよ」
「!...あり、がとう...」
そのあと、湯につかった小生は久しぶりの温もりに、体を抱えて、湯船の中で子供のように泣きじゃくった。
「――だから、ちゃんと義には礼を尽くします」
「...アンタと銀時はそういう根っこは似てるねェ」
「...そうですか?やっぱり一緒に育ったからですかね」
「さァね...でも、まさかお互いの探し物がこんな近くにあるとはねェ...よかったじゃないかい。
江戸まで文無し家無しで、4つの失くし物ってやつを探しに、無理してきたかいがあっただろう?」
「――えぇ。江戸に来て、本当によかったです」
諦めずに探し続けたから、ようやく見つけられた。
でもあと二つ...まだ本人には会えていない。
「...残りも見つけられるよう、頑張りますよ」
きっと、大丈夫――
必死で手繰り寄せて今まできたんだ、だから一度の別離で切れる程度の縁なんかじゃないよね。
そう、期待を込めつつ、小生は再びテーブルを拭きだした。
***
「へェー、そうなんだ」
「大変だねェ」
「『そうなんだ』ってお登勢さん!それに朔夜さんまで!このままじゃキャサリンさんまた泥棒になっちゃいますよ」
あれからしばらくして、新八君と神楽ちゃんが帰ってきた。何故か新八君は慌てた様子で。
訳を聞けば、どうやらキャサリンが昔入っていた窃盗団『キャッツパンチ』という所の男に、また一緒に盗みをやらないかと持ちかけられていたらしい。
「ほっときゃいいんじゃね?いつかやると思ったよ俺ァ」
「銀さんだ。ちっちゃい銀さんだ」
「神楽ちゃんの言うとおりだと思うね...もしそれで戻ったら、自分についた泥を自ら払う努力もしないそれまでの奴だったってことだねェ」
「朔夜さんも流石銀さんの幼馴染ですね。再認識しましたよ」
ガララ
「そうそうほっとけほっとけ」
「!」
店の扉が開き、先ほどエスケープした銀時が戻ってきた。
「芯のない奴ァ、ほっといても折れていく。芯のある奴ァ、ほっといてもまっすぐに歩いてくもんさ」
そう言いながら、銀時は紙袋から何かを取り出した。
...フィギュア?
「なんだイ、コレ」
「お天気お姉さん結野アナのフィギュアだ。俺の宝物よ。
これで何とか手を打ってくれ...あ、朔夜、コレ別に浮気じゃねーから。違うから。俺は純粋にこの人のふぁ...」
ガシャァン!!
扉ごと銀時がお登勢さんの手で叩き出された。
「...ったくバカばっかりだよ。アンタら二人もさっさと出て行きな」
「...やれやれ...」
だがキャサリンのこと...気になるね。
あの約束を信じていない訳じゃないけど。
ちょっと前のキャサリンが戻ってきた日に二人で話したことが思い出される。
「――本当にお帰り、キャサリン」
「...」
「元気そうで安心したよ。これからまたよろしくね」
コトッ
酒を注いだカップをキャサリンの目の前のテーブルに置く
「...何モ聞カナインダネ」
「まぁ、やっちゃったモンは仕方ないからねェ。過去ばっか振り返ってる暇があったら変わるために走んなきゃ」
「...簡単ニ言ワナイデ」
「!...きゃさ...」
「私ミタイナ前科者ノ気持チナンカ...朔夜ミタイナ、泥ニモヒタッタコトノナサソウナ、マットウデ綺麗ナ奴ニハ分カラナイ」
「...そうだね...小生にキャサリンの気持ちは分からないよ。でも、それは小生が卿の言うような綺麗だからってわけじゃない。
それは小生がキャサリンじゃないからだよ」
だって小生も、内面は脛に傷どころか全身傷持ちの泥だらけさ。
「...フン、口デハ何トデモ言エルヨ」
「...そこまで言うなら分かった。でも、もし卿がどうにも一人じゃ変われそうになくなったときは
小生も卿が変われるように手伝うからさ。それだけは忘れないでくれよ?」
...今がキャサリンのターニングポイントかな...
「...牛の刻...3丁目の工場裏か」
***
そして牛の刻ちょっと前の――工場裏
「...隠れようと思ったら、なんで銀時が土管の中にいるの?」
「お前も何で来てるんだよ」
「いや、卿こそ何してるの?土管に入っても配管工の赤いヒゲ親父にはなれないよ。裏ルートで●ッパ城には行けないよ」
「別にマ●オになりたいわけじゃねーよ!俺はババアに追い出されたからここにいんだよ!」
「...ふーん...わざわざ今日ここに、ね」
「...助けたら口ききくらいしてもらえんだろ」
「...まぁそういうことにしておくよ。じゃぁ、小生は隣の土管入るから」
絶対この男は残りの本音は言わないだろうから...と、よじよじと隣の土管に入り込む。
「はぁ?!何かあったら...!」
「大丈夫だよ。銀時がいるから」
「!...っ仕方ねーな...」
そしてお互い土管の中に身を潜める。
しばらくして、キャッツパンチのメンバーらしき男3人がきて、キャサリンもやってきた。
それを感じてちょこっとだけ頭を出して、その様子を伺う。
すると、キャサリンは男達に土下座した。
「何のマネだ」
「悪イケド、モウ盗ミハデキナイ。勘弁シテクダサイ」
「あ゛あ゛!?何言ってんだてめェ、ババアと同僚の女がどーなってもいい...」
その言葉にキャサリンが男の一人を瞳孔の開いた目で見上げる。
「!」
「アノ人達ダケニハ手ヲ出サナイデクダサイ。ソノ代ワリ、私ヲ煮ルナリ焼クナリ、好キニシテイイ」
「...(キャサリン...)」
そしてリーダーっぽい男はキャサリンに暴行を加えだした。
ソレと同時に隣の銀時が動き、後ろの二人を気絶させるのが見えた。
「(流石は銀時)」
そして、小生も土管から立ち上がり、キャサリンたちを見る。
「今さら堅気になんて戻れるかァ!!ケチなコソ泥が夢見てんじゃねーよ!!一度泥につかったやつはな、一生泥の道を歩いていくしかねーのよ」
...そんなのは、変わることも夢見ることも放棄した、弱者の諦めの言葉だよ。
「オイ服部、刀貸せェ!!この女(あま)耳切り取ってただの団地妻にしてやらァ!!」
「そんなもんねーよ」
「ああ!?お前持ってただろーが」
「だから持ってないっていってるじゃないかい。この愚者が」
「!!」
振り返った男がようやく小生たちの存在に気づいたらしい。
「だが木刀と」
「メスなら」
「「いつでも...」」
「てっ...てめーらは!?」
「「くれてやるぜェェェ!!/くれてやるよ!!」」
小生と銀時の攻撃を受け、地面をすって吹っ飛び、のびる男。
「よっと...朔夜、お前まで手ェ出すなよ」
「いやぁ、煙管も吸えないし、あの男の口上にイライラしてね。それに、キャサリンが変わるときは手助けするって約束してたからさ」
煙管に火を入れて、ふーっとひとつ煙を吐き出してからキャサリンに、ニッと笑う。
「(朔夜...アノ時ノ勝手ナ約束...)」
「そうかよ...しかし、類は友を呼ぶとはよく言ったもんだね。お前ロクな人生送ってきてねーだろ。まァ、俺達もかわんねーか...」
「そうさ――キャサリン、卿は小生をまっとうで綺麗だといったけど、そんなことは絶対ないよ。人様に胸はれるよーな人生、小生は送っちゃいないんだ」
「まっすぐ走ってきたつもりが、いつの間にか泥だらけだ。だがそれでも一心不乱に突っ走ってりゃ、いつか泥も乾いて落ちんだろ」
「もしくは洗濯ってとこかね」
「...ソンナコト言ウタメニキタンデスカ。坂田サン、朔夜...アナタ方、本当ニアホノ坂田とアホノ朔夜デス...」
「アホじゃないよ、失敬な」
「いやよォ、実はババアに家から追い出されて、今日は土管で寝ようと思ったんだが...キャサリンお前、助けてやったんだから口ききしてくんねーか?」
こうして事件は一件落着し、キャサリンの口ききとお登勢さんの人情で、銀時達はまた上で万事屋を再開することが出来たのだった。
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