第十三訓 友達はなにがあっても友達
「重っ…(これで買い出し終わりだね…というかマヨネーズしか入ってないけど)」
ほんとトシの一日の消費量どうなってるんだろうか。
マヨネーズ会社もこれだけ毎日のように買ってもらえれば、会社冥利に尽きるだろう。
ずっしりとしたスーパーの袋の中を黄色く染める大量のマヨネーズを見るも
なんとなく洗脳されるような気分の悪さを覚え、目を上げてよたよたと屯所までの道を歩いていく。
すると――
「朔夜さーん!」
「!…空覇?」
この前拾って、真選組に預けた空覇が前方から走ってきた。
「お帰り朔夜さん!買い物終わったの?」
「あぁ、終わったよ。今屯所に帰ろうとしてたところだけど…空覇はどうしたんだい?」
「あのね、総悟達が『いえで』した『そよひめさま』を探すお手伝いをしてるの!」
「…そよ姫様?」
そよ姫様っていったら…まさか将軍の妹君の?
その方が家出したんだとしたら…またご大層な事件だね
***
「なるほどねェ…」
空覇から詳しい話を聞いて見れば、やっぱり将軍の妹君のそよ姫が城から家出したということだった。
まァ、そよ姫は普通の子なら町を駆け回って遊びたいお年頃だろうしね…
なのに、今やただのお飾りでしかない堅苦しそうな将軍家に縛り付けられてるからストレスでも溜まってたのかねェ。
まぁ小生の偏った主観だから、事実は分からないけれども。
「うん。朔夜さん見てない?」
「悪いけど見てないね…まぁ、このマヨネーズ屯所に置いたらまた別のバイトだから、その時にでも見たら連絡するよ」
「分かったよ。じゃあ、またね朔夜さん!」
そして空覇と別れ、再び屯所への道を歩き出した。
そよ姫か…まァ立場は違えど、人は人、子供は子供だからね。
色眼鏡で見てなければ、すぐに見つかるんじゃないかな?
***
しばらくして――
「ふぅ…(この後は、今日は夜までフリーだからな)」
バイトにも一段落がついて、一休みと路地に入り、壁に背を預けて煙管の刻み煙草に火をつけ、煙を燻らす。
今日のは夾竹桃の香だ。勿論これからは毒素は抜いてある。
「…(そよ姫様は見つかったのかねェ)」
すると
「あら…?そこから甘い匂いがします、女王さん」
「ほんとアル…って、朔夜!」
「!神楽ちゃん…それに、そよ姫様…」
「!…貴女は、私を知っていらっしゃるんですね」
「えぇ、まぁ…一応国民なんでねェ」
「!朔夜、そよちゃんを連れ戻さないでほしいネ!」
「あーうん…まぁ、とりあえず落ち着いて話を聞かせておくれ。全てはそれからだよ」
…また、何か巻き込まれそうな予感がする…
「…というわけなんです」
「ふぅむ…(予想通り過ぎて笑えないよ)」
昼を食べるがてら、定食屋に入り事情を聞けば、小生の最初の予想通り自由に遊んでみたいという理由であった。
「朔夜、頼むネ!私一日友達でいるって言ったネ!」
「私からもお願いします、朔夜さん…私、一度でいいから自由になってみたかったんです」
「…あー…(そう言われちゃうとね…)」
「お願いアル!」
「お願いします!」
二人にこうも必死に頼まれては、何も言えない。
「…はぁ…分かったよ」
「!さっすが朔夜ネ!」
「ありがとうございます!」
「まぁ、自由を求める人間の気持ちはわかるからね…でも一つ条件」
「「?」」
「小生も、そよ姫様の友達にして二人の仲間に入れておくれ」
「「!」」
「それとも、こんなおばさんはダメかな?」
「そんなことないアル!そよちゃん、良いアルか?」
「は、はい!とても嬉しいです!」
「じゃぁ、決まりだ。よろしくね、そよ姫…いや、そよちゃん」
「!はい」
嬉しそうに微笑むそよちゃんは気品があったが、やはり本質はどこにでもいる娘だった。
「…(やっぱり人は人、立場は違えど本質は何も変わんないねェ)」
空覇には悪いけど…今日は自由になりたい子を優先させてもらうね。
そして小生たちは遊びに歌舞伎町に繰り出した。
***
その頃――
「いないなー…」
どこにいるんだろう?
きょろきょろと見回しても写真の人は見当たらない。
「(もっと別の場所に…)」
「空覇」
「!あ、総悟!近藤さんたちも」
「そよ姫様はいましたかィ?」
「ううん、まだ全然見つからなくて・・・」
「そうですかィ…こっちもさっぱりでさァ」
「そうなんだ…」
「あァ、土方さんが全然使えねーから」
「なんで俺だァァ!お前がふざけてばっかだからだろーが!」
「ふざけてなんていませんぜィ。隊服の袖斬ってロッカーとクールビズに協力しただけでさァ」
「ただの悪ふざけだろ!!」
「まぁ、暑いからと言ってそうカッカするなトシ。それになかなか着心地良いぞ」
「…」
「あ、確かに近藤さんと山崎さんの服袖が変わってますね」
袖がなくなってる!すごい、かっこいい!
「あぁ、真選組の夏仕様ですぜ」
「…俺はぜってー着ねーがな。それより空覇、そよ姫の情報が入った」
「え、ほんとですか?」
「ほんとでさァ、どうやら歌舞伎町に行ったらしいですぜィ。だから一緒に行きやしょう」
「うん!」
あ、歌舞伎町なら途中で朔夜さんにもまた会えるかな〜
***
数時間後――
「すごいですね〜」
あらゆる場所で遊びつくし、小生たちは団子屋で一息ついていた。
あー…子供ってのはアクティブだね…煙が美味い。
「朔夜さんは当たり前ですけど、女王サンは私より若いのに色んなことを知ってるんですね」
「まーね。あとは一杯ひっかけて『らぶほてる』になだれこむのが今時の『やんぐ』よ」
「!?(どこで聞いたの神楽ちゃん!そのただれた男女関係の始まりを!)」
「まァ、全部銀ちゃんにきいた話だけど」
「(銀時…あのバカ子供に何を教えてるんだい…)」
呆れていると、そよちゃんが口を開いた。
「女王サンと、朔夜さんはいいですね、自由で」
「!」
「私、城からほとんど出たことがないから、友達もいないし、外のことも何にも分からない」
「…」
「私にできることは、遠くの街を眺めて思いを馳せることだけ…あの街角の娘のように自由にはね回りたい。自由に遊びたい。自由に生きたい」
"あそこを飛んでる蝶になれたら・・・自由に色んなところに行けるのに・・・"
そよちゃんの気持ちが、幼い日の小生の気持ちと強く重なる。
「そんなことを思っていたら、いつの間にか城から逃げ出していました」
「「…」」
「でも、最初から一日だけって決めていた。私が居なくなったら色んな人に迷惑がかかるもの…」
すると目の前に影がかかり、見知った男の声が聞こえた。
「その通りですよ。さァ、帰りましょう」
「トシ…」
「…」
そよちゃんが静かに立ち上がろうとするが、その腕を神楽ちゃんがしっかりと捕まえる。
「!」
「(神楽ちゃん…ごめんよ、トシ。まだそよちゃんは帰せない)」
「何してんだテメー」
「…朔夜」
にたっと悪い顔で笑う神楽ちゃんにふと口の端を緩める。
「…はいよ、トシ!」
「あ?」
「ごめんね」
ふっ!
すぅ…ふーっ
「!!」
神楽ちゃんが団子の串を飛ばすと同時に、小生は深く煙を吸い込んで、トシの視界を遮るように煙を吐き出した。
「早く行きな二人とも!」
「恩に着るアル朔夜!」
ダッ
神楽ちゃんがそよ姫の腕を掴んで走り出す。
「オイッ待てっ!!朔夜お前…!」
「ごめんねトシ。でももう少しだけ時間をあげたいんだ」
「何訳分かんねーこと言ってやがんだテメーは!っ確保しろ!!」
ワッと隊士たちが出てくる。
だが神楽ちゃんはそよちゃんを抱えて屋根に飛び上がり、ビルの屋上へと消えた。
「…ありゃ万事屋のトコのチャイナ娘じゃないのか?しかも朔夜さんいるし…何故姫と」
「さァ?」
ガシャ
総悟君がバズーカを取り出す。
「ちょっとォ!総悟君!何やってんの物騒なモン出して!」
「あの娘には花見の時の借りがあるもんで」
「待て!姫に当たったらどーするつもりだァ!!」
「そんなヘマはしねーや。俺は昔スナイパーというアダ名で呼ばれていたらいいのにな〜」
「オイぃぃぃぃ!!ただの願望じゃねーか!!」
「頑張れスナイパー!」
「やめて空覇ちゃーん!!」
「ほら空覇が呼んでくれたから大丈夫ですぜ。それに夢を掴んだ奴より夢を持ってる奴の方が時に力を発揮するもんでさァ」
「…少しくらい待ってあげてよね…」
「何悠長なこと言ってんだお前はさっきから!!」
「…だから、ごめんって言っただろ」
完全に怒っているトシに、小生は煙管から燃えカスを落としそう言う。
「ごめんですむか!あの方が誰だか分かってんだろ?!」
「知ってる。将軍の妹君だろう?でも、小生と神楽ちゃんにとってはただの友達なんだよ。そよちゃんは」
「はぁ!?おま、友達って!」
「その友達が一日だけでも自由でいたいって言ってんだ。それくらい叶えてやらなきゃ、友達じゃないでしょ。
あの子はこれから先、自由になれるかも分からない立場なんだから」
「!朔夜、お前…」
「だから、あとちょっとくらい良いじゃないか。初めてできた友達に、ちゃんとお別れくらいさせてやんなよ」
自分の立場を痛いほど知りながら、自ら自由を掴み取りに来たんだ。
そんな子を無理やり大切な友達と別れさせるのは、随分と酷な話だと小生は思うから。
「…チッ、お前の言い分は分かった。だが俺たちだって仕事だ」
「分かってるよ。だからこれ以上何もいわないさ」
お好きにどうぞ。
そう伝えれば、トシは屋上の方へと顔を向けた。
「チャイナ娘出てこい!!お前と朔夜が、どうやってそよ様と知り合ったかは知らんが、そのお方はこの国の大切な人だ。これ以上邪魔するならお前もしょっぴくぞ!聞いてるか!」
しかし神楽ちゃん達から返答はない。
「(そよちゃんは、ただのお飾りでも自由になることができない自分の立場を分かってる。だからあせらなくても必ず神楽ちゃんと別れて出てくる…)」
「…出てこないな…どうするトシ」
「…少しここで待機しましょうや、近藤さん。朔夜が、出てくる確信を持ってるみてーだからよ」
「!…トシ…」
「…勘違いすんなよ。下手に動くよりは良いと思っただけだ」
「うん…でも、ありがとう」
小生の意を汲んでくれて――。
***
少しして、そよちゃんはやっぱり出てきて、身柄を保護された。
「ずっと友達でいてくださいね」と言われた時、思わずトシ達の前でそよちゃんの頭をなでてしまったが
あれは不敬罪に当たらないよね?大丈夫だよね?うん、きっと大丈夫だ。
すごい顔されたけども。
まあ、とにかくそれで今は落ち込んでいる神楽ちゃんと手をつないで、一緒に万事屋への帰り道をたどっている。
「…」
「…神楽ちゃん、今日は楽しかったね」
「…楽しくないアル…そよちゃんと、もう会えないかもしれないネ」
「そうかもね。でも、誰かと出会うってことは、別れも同じ数あるっていうことなんだよ…それにまた、出会えるかもしれない可能性の数もね」
「でも…!そよちゃんと、もっと仲良くなりたかったアル…!!」
「十分卿らは今日一日で仲良しになれたと思うけどね。
だって、駄菓子屋さんに行って、パチンコに行って、池で河童の海老名さんを釣って、ガキ大将も倒してさ…あ、それにプリクラも撮った。
一日でこんなにも沢山の楽しいことを共有したじゃないか」
「っ…う…」
「…こんなに素敵な一日を神楽ちゃんと過ごせて、きっとそよちゃんは嬉しかったと思うがねェ。
だって最後にちゃんとそよちゃんは笑っていたじゃないか」
「っ…」
ポタポタ…と神楽ちゃんが歩いた後の地面にシミができる。
…まだまだ子供だからね。友達との別れはつらいだろう。
「…さ、早く万事屋に帰ろうか。今日は小生が夕飯を作るからさ」
「…っウン…!」
ぎゅっと神楽ちゃんが小生の手を強く握ってきたのを感じつつ、再び歩き出した。
こうやって出会っては別れ、出会っては別れ、人は成長して行くのだろうと再確認させられた日だった。
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