A
「伊東の奴が、自分から接触してきたんだぜ?」
嘲笑うように吐き出された言葉に、言おうとした様々な文句が喉の奥でつっかえた。
「俺は、ちゃんと奴の策に協力してやった...アイツが死んだのはアイツ自身の責だ」
そうだろう?
にやりと口元をゆがめながら、小生を見おろしてくる晋助の言葉に否定はできなかった。
確かに始まりは、鴨の中の歪みだった。
そして晋助達と接触したのは間違いなく、鴨の失敗でしかない。
最初の一手を見誤ったのは、鴨――
「っでも、端から殺す気だったじゃないか...!いくら何でも...!!」
裏切った人間だとしても...受け入れる気がないにしろ...
「あんなの、酷過ぎるよ...!」
音も無く、頬を熱いものが滑り落ちた。
涙なんか流すつもりなんか、なかったのに。
見られたくなくて、見せたくなくて、両手で自分の顔を覆う。
「っひ、どい...鴨は...鴨は、自分を見てくれる人が、欲しかっただけなのに...」
「...んなに泣くなよ朔夜...お前の涙がもったいねェ...それに腹が立って仕方ねェ...」
小生の手を顔から押しのけると、そのまま畳に押し倒された。
指を絡ませられるように両手を握られて、畳に縫い止められ、涙の痕が残る頬を何度も舐められる。
昔は愛しかった行為が、今はただ嫌で嫌で仕方なくて、気持ち悪くて、身をよじる。
「っや...めて...!」
「...無駄に抵抗すんじゃねェ...酷くしたいわけじゃねえ」
ちゅっ、と瞼に口づけされ、着物に片手がかけられる。
身体が硬直する。
けれど怒りは消えなくて、小生の帯を緩め、着物を乱す晋助を睨む。
「っ大体...し、晋助なら...鴨に会わずに避けられたでしょ...?なんで...会ったの...?」
「...奴ァお前を愛してた。だからだ」
「!...どういう、こと...?」
言っている意味がわからない。
「...お前を愛してるのは、俺だけでいい」
「...は、?」
「お前を愛してるのも、お前に愛されるのも俺だけでいい...他はいらねーんだよ」
俺以上に長く深くお前を愛してる奴なんか、いるわけあるめーよ。
小生の手を握っている手の力が強まった。
「え...じゃ、まって...?そんな、勝手な理由で...鴨に...」
「会った時点でただで帰すわけねーだろう...どうせならと利用しただけだ」
「っ――!!」
あまりにもな事実に、言葉が見つからず、でも何か言いたくて口をパクパクとさせてしまう。
「赦せねェ...裏切るような男にお前を幸せに出来るはずがねえ...お前はあんなやつには勿体ない」
「い、や...嫌だ...嘘...」
「どれだけ俺がお前のことを愛してると思ってる?知ってるか?お前が行方不明になったあと、お前の私物は全部俺がもってるんだぜ?」
「!?」
びりっとインナーのタートルネックを引き裂いて、あまり大きくはない小生の僅かなふくらみの間に頭を寄せる晋助が、恐くてたまらない。
「お前の部屋も船につくってなァ...そこに全部置いてある」
兵法書も、筆に硯に墨だろう?それから服や装飾品も、実験用品も、全部全部――
「あぁ、そうだ...煙管だけは、貰ったぜ...俺が使ってるのはお前の落としていった奴だ...」
「っ...」
「な?こんなにお前を愛してる奴が...他にいるかよ...」
胸元から頭を離して、小生を熱っぽく見つめて髪を優しい手つきで梳いてくる狂い果てた幼馴染に、恋人に、恐怖だけが増して行く。
あの優しさを愛していたのに、それが見えない。
耐えきれず震えだす自分の身体。
「なんで震えてんだ...?...あぁ、嬉しいのか」
「っちが...いや...離して...!!」
「お前が喜ぶなら幾らでも愛してるって言ってやる...お前を傷つける奴がいるなら、ぶっ殺してやらァ...」
「!?っそんなの――」
バカげた発言に声を荒げる。
「俺は...どんな形でもお前の幸せを願ってる。だからお前を幸せにできねえ人間なら、世界なら、要らねえ」
「狂って、る...!!」
「はっ...俺を狂わせたのは朔夜、てめーだ...麻薬よりよほど甘くて性質の悪ィ、毒の華(てめー)だろ...」
「っ...しょ、せいは...今の晋助は、もう愛せないって...言ってる...!!」
「...そういうところが憎くて、可愛くてたまらねーんだよ...」
また愛してるって、言わせてやらァ。
獣の様に舌舐めずりをし、唇に口づけて貪るようなキスをしてきた晋助から逃れようとするも、無駄でしかなく
そのまま、いらない快楽を押し付けられた。
***
「...」
「っ...(中出し...)」
何回か小生の中に直接出して満足したのか、隣でぐっすり眠って寝息を立てている晋助を張り倒したい気持ちになりつつ
虚しさややるせなさや疲れで、もうどうでもよくなって静かに寝かされていた布団を出た。
夜特有のひんやりした空気が、先程まで火照っていた身体と、太股を伝い零れる白濁が現実を見せつける。
「(...鴨、ごめんなさい...)」
あたりに散らばった着物を拾い集め、着つけながら、肩が震えちょっとだけ涙が零れた。
しかし泣いてばかりではどうしようもないので、部屋から出ていく事にした。
一回だけ眠っている晋助を振り向く。
子供の時と変わらない無防備な寝姿が、とても辛い。
「...どうして、こうなっちゃったんだろうね...」
ぽつりと呟いてから、部屋を出ると外に出て、待機させていたカーラスにつかまり、屋形船を後にした。
「(あんなに、晋助が壊れてるなんて思わなかった...)」
ごめんね、鴨...何も知らないままで、よかった。
そんな事を考えながら家へと戻るのだった。
***
それから数日はあっという間にすぎた。
退君が実は死んでおらず、松平の旦那の犬とセットだった彼の葬式がとりやめになったり、トシが真選組に帰ってきたりした。
それから、ひっそりと鴨の葬式も行われた。
小生はその葬式にはどうにも出る気になれず、翌日一人で花を片手に墓に来た。
「...やぁ、鴨。元気かな?...ってそれはおかしいか」
もの言わぬ真新しい墓石にへらりと笑いかける。
「...気づかなくてごめんね。寂しかったよね...」
いつだって側にいるつもりだったのに。
「鴨って小生とよく似てたから、一番放っておきたくなかったのに...護りたかったのに」
一人は寂しかったよね。理解してもらえないのは苦しいよね。
「...でも、小生はこれからは鴨を一人にはしないよ」
月命日には、必ず来るから。
「ちゃんと忘れない。ずっと卿への想いは、卿からの想いはここに残して歩いていく」
心臓を押さえて笑ってから、手にしていた花を置いた。
花は、赤い菊。彼の誕生花の一つだ。
「...だからこの花通りの気持ち、ここに置いていくね」
大丈夫。またいつか会えるよ。
「それまで――」
「...朔夜?」
「!...トシ...」
横から声が聞こえたと思ったら、バケツを片手にもったトシがこちらにきていた。
「...きてたのか」
「うん...葬式は蹴っちゃったし」
苦笑しながら隣に来たトシに言えば、そうかと短く返され、わずかに沈黙が訪れた。
「...ねぇトシ」
「...なんだよ」
「ごめんね」
「...何が」
「...トシの告白にロクな返事もしてないのに、鴨を好きになって」
「......別にかまわねーよ。俺もあんなんだったしな...」
「...それでも、ごめん」
ちゃんと、筋は通さなきゃ。
「......謝られても困るんだよ。お前を諦める気は俺にはねーし」
「!...え...」
「...これ渡しとく」
そういって渡されたのは、一つの小さな箱。
開ければ、中から綺麗なシルバーリング。
「!これ...」
「伊東の隊服の中にあった。お前宛だろ」
「...鴨...」
銀色の指輪を、左の薬指にはめる。
ぴったりと、綺麗にそこに収まった。
「...今は誰を想っててもかまわねェ...でも振り向かせる」
俺もそう簡単に、お前を諦められねーよ。
「.........そう」
数日前の晋助の台詞が思いだされ不安になったが、これ以上トシの思いを抑圧するのはいけないと、それだけしか言えなかった。
そしてそのまま、小生とトシはその場で分かれた。
「...」
トシの背中を見送った後、もう一度陽の光にに輝く指輪を見た。
純粋な輝きは眩しすぎて思わず目を細めたが、彼が笑ってくれている気がして、口元は緩んでしまう。
「護ってくれて...愛してくれて、ありがとう...鴨太郎」
そっと指輪に口づけてから外した指輪を、もう一度箱にしまって、その場をあとにした。
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