第百二十七訓 何事もノリとタイミング。でもそれだけじゃ乗りきれない時もある
「土方ァァァァ!!」
「伊東ォォォ!!」
夜が開けだした空に二人の咆哮が響き、共に大地を蹴った。
小生はその姿を、瞬きもせず、ただ見守る。
「(勝負は一瞬...)」
二人がすれ違った瞬間、刀が動いた。
一瞬の静寂の後、吹き出した紅色が空を舞う。
その紅色の持ち主は――斬られたのは、鴨だった。
「あり...がとう」
絆の糸でも見えたのか安堵したような表情で涙を流し、ぐらりと倒れかけた鴨。
「っ――」
たっ、と走り、円の中に入り、その倒れる身体を前から抱きとめた。
「鴨...」
「朔――」
遮るように、血の味がする唇に自分の唇を押しあてた。
驚いたような鴨の表情に、小生は唇をはなした。
「...またね、鴨太郎」
愛 し て い た よ 。
言葉にすることなく、ただ心一杯の愛をこめて笑えば、鴨に伝わったのか涙を流したまま、嬉しそうに微笑み返して
そのまま身体を完全に小生に預けて、魂は逝ったらしい。
腕の中で失われていく体温が、その全てを物語っていた。
「(嗚呼...涙すら、出ないよ)」
ぽっかりと穴があいたような心のまま、目を閉じて一度だけ強くその亡骸を抱きしめた。
こうしてこの事件は、鴨の死亡によって幕を引いた。
屯所の方を押さえようとしていた鴨の配下は、空覇が潰してくれたようだったしね。
***
――しかし終わらせる前にもう一人、小生には話さねばならない男がいる。
鴨を利用した男...晋助だ。
いくら鴨の自業自得が大きくても、やっぱり一発殴ってやらなきゃ気が済まない。
そう思い立ち、小生は疲れてすぐにでも眠りたい身体を押して
カーラス達の情報を駆使し、晋助の居場所を突き止め
今まさに小生は、夜闇にまぎれて、晋助がいると思われる屋形船に忍び込んでいた。
「(晋助はどこに...)」
あまり人が乗っていないらしく、静かな屋形船をこそこそとしながらカーラスを外に待機させ、中を歩いて行く。
すると、三味線の音が聞こえてきた。
「!」
その音色には、聞き覚えがあった。
酷く懐かしい、久しく聞いていなかった音。
大好きだった、音。
「っ...」
その音はすぐ先の部屋から聞こえてくる。
思わず走り出す身体。
がらりと開けた扉の先には、窓枠に座り、三味線を弾いている予想通り探していた男。
小生を見た瞬間、切れ長の目を少し丸くさせて、がたっと立ちあがった。
いつもならきっと小生は、呆れたように笑ったのだろう。でも、今日は笑うことなどできなかった。
答えは簡単、悲しみと苛立ちの炎が、彼を見た瞬間、また燃え上がったから。
「朔夜...?」
「...し、」
晋助、と名を呼ぼうとしたら、いきなり距離を詰めて思い切り抱きしめられた。
勢いと驚きで、上にかぶさられるような形でその場に尻もちをつく。
「っつ...」
「朔夜...会いに来ると思ってたぜ」
痛いほどきつく抱きしめられ、頬をすりよせて耳元で子供のように問いかけてくる晋助の行為が、今は酷く気持ち悪くて
思わず、胸を突き飛ばし身体を離した。
「っ!?」
「やめて...近づかないで」
いつもならきっと、落ち着いてなり、そうだよなり言えただろうに、そんな優しくなんか言えなかった。
はじめて、こんなにもハッキリと嫌悪をもって、晋助を拒絶したかもしれない。
晋助が目の前で目を一杯に見開いて驚いているのが、その証拠だ。
「...朔夜...何言ってんだ?なんで...」
そこまで言った晋助は、小生の腕や反対の頬に刻まれたすり傷や切り傷が目に入ったらしく、がっと腕を掴んできた。
「!」
「怪我...傷だらけじゃねーか...だからか。傷に当たって痛かったんだな」
「っちが――」
「真選組の奴等に加担していたと万斉にきいたからな...」
こんなに傷だらけになっちまって...
そう悲しげに呟いて、掴んだ小生の腕の小さな傷一つ一つをなぞるように舐める晋助に、ぞわりと鳥肌が立つ。
「!っいや...!!」
「毒の心配か?大丈夫だ...血はもう止まってるみてーだからよォ...それに、お前の身体の方が俺は...」
「っ頭、おかしいんじゃないのかい...!?」
小生はこんなにやり場のない怒りを抱えてるのに、どうしてこんなにもかみ合わない...!!
「――...あぁ、お前に関しちゃ頭がおかしくなっちまう。今更知ったのか?」
「っ(勝手な事ばっかり...!)」
パチィンッ
ぐいぐいとのしかかってくる、嬉しそうないらしい笑みを浮かべた晋助の頬を思わず叩いた。
「!?朔...」
「ふざけたことばかり...!」
あまりにも自分本位すぎる晋助に、あぁもう、怒りやら悲しみやらやるせなさに涙がせりあがってくる。
視界が滲んで、世界が歪む。
「何でんな機嫌...!あぁ...伊東のことでか...」
「!分かってるなら...!」
「なんで俺が責められなきゃならねェ?」
「え...」
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