第百二十六訓 人の話をちゃんと聞け。じゃないと何もわからない
「っはぁ...はぁ...」
「朔夜、さ...君に...怪我が、なくて...よか、った...」
身体中に弾を受けたのであろう、至る場所から滴り落ちる深紅。
片腕までない。一体どこに置いてきてしまったのだろう。
分からない事ばかりに困惑するも、鴨に庇われたのだということだけは頭が理解していき、呼吸が乱れる。
しかしいくつもの弾に貫かれた身体に寄り添いしゃがみ、血がべっとりとついた頬に手を当てる。
「っ...か、も...鴨...!どうして...!!」
「...僕の、間違いで...君を...死なせる、わけには...いかない...」
「っ...」
苦しそうに、でもどこまでも愛しげに微笑んでくれる鴨に
小生はもう、涙と嗚咽を抑え込むのに精一杯で、何も言えなくなってしまった。
***
「んがァァァァ!!」
朔夜を先に列車に行かせたあと、ヘッドホン野郎を
列車を撃ちやがったヘリのフロントガラスに木刀でたたきつける。
朔夜に当たってねーだろうな...!
無事を確認したいがそこまで手がまわらねェ...早くこいつを片付けねーと!!
血で滲む視界の中、木刀に力を込めれば、野郎も俺の肩に刀を突き刺してきた。
「白夜叉ァァ!!貴様と朔夜は何がために戦う!何がために命をかける!」
いきなり何を言いやがる。
「最早、侍の世界の崩壊は免れぬ。晋助が手を下さずともこの国は、いずれ腐り落ちる。ぬしらが二人、あがいたところで止まりはせん!!」
国だ侍の世界だ、んなもん俺と朔夜の知ったことかよ。
「この国に護る価値など最早ない!天人に食いつくされ、醜く腐る国に潔く引導を渡してやるが、侍の役目――この国は腹を斬らねばならぬ!!」
「死にてーなら一人で練炭自殺でもなんでもしやがれ。朔夜も似た事言うだろうさ」
「......坂田銀時、貴様は亡霊でござる。そして##NAME1##は、貴様という成仏できぬ戦場の亡霊に寄り添ったままの戦女神といったところでござろうか」
そんなくだらねーもん興味ねェよ。
「かつて侍の国を護ろうと晋助らと共に戦った思い...それを捨てられず、妄執しとらわれる生きた亡霊と、その魂に同調し寄り添う戦女神。
ぬしらの護るべきものなど、もうありはしない...亡霊は、帰るべき所へ帰れェェェェ!!」
瞬間思い切り肩を斬り裂かれた。
血が噴き出し、ふらついてヘリから落ちる。
「朔夜の身柄は――晋助が貰い受けるでござるから安心せよ...鎮魂歌(レクイエム)をくれてやるでござる」
――勝手な事ばかり言いやがって、何もわかっちゃいねェ。
木刀を握りしめ、ぐっと引けば手ごたえ。
奴もどうやら自分をヘリに縛り付けられたことに気づいたらしい。
それを見て、にやっと笑う。
「オイ兄ちゃん、ヘッドホンをとれコノヤロー」
「(いつの間に拙者の弦を...!!)撃てェェェ!!」
銃が足元をえぐるが、どうでもいい。
「耳の穴かっぽじってよぉくきけ。朔夜と俺ァ、安い国なんぞのために戦ったことは一度たりともねェ。
国が滅ぼうが、侍が滅ぼうが、どうでもいいんだよ俺達ァ昔っから」
朔夜の見守ると決めた国も、コイツの言ってる安い国のことじゃねェ。
「今も昔も、俺と朔夜の護るもんは何一つ」
もっと尊いもんがある、アイツにとっての国だ。
「変わっちゃいねェェ!!」
そんな朔夜を、誰がてめーらや高杉なんかに渡してやるかよ...!
強い思いを胸に秘め、俺は絡まらせた弦を引っ張りヘリを落とし大地へ叩きつけた。
ヘリが爆発するのを見て、ようやく一息つく。
「っ...(朔夜は無事っぽそうだな...でも、なんか...すげー悲しんでる気ィする...)」
誰より深く俺と繋がってるアイツの心から、軋む音が聞こえた気がした。
「(っどうして俺じゃダメなんだろうな)ああ...畜生...」
誰より護りたい可愛い妹分から、感情が一人の女へと向けるものに変わった時にはもう遅く、俺はいい兄貴分としてしかふるまえなくなってた。
アイツに一番近くて、一番わかっちまってるから、もうそれ以上近づく事も離れる事も出来ねェ。
だからいつか、朔夜が誰か別の男と、なんて目に見えてた。
分かってたんだ、俺ァずっと。
でも、朔夜が幸せになんなら、それが一番だから、嫌がらせも反対もやっぱすっけど
朔夜が幸せなら、泣かせない男な限り認めてやるつもりさ。仕方ねーから。
「(あ゛ー...なのになんでだよ...超泣きてェよ)」
なんで朔夜が笑えてねーんだ。
「(朔夜が悲しんでんのなんか見たくねー...一番見たくねェ...)」
そんなになるんだったら、俺がずっと笑わせてやるから、護ってやるから、だから――。
「(やっぱ...諦めきれてねーんだなァ...俺...)」
綺麗な感情のままで、見切りがつけられないくらい本気な自分に、嗤っちまう。
外で爆発音が聞こえたのが耳に届き、銀時が勝ったのはわかったが
今の小生には驚きで外を見る皆のように外を気にする余裕はなかった。
目の前の鴨、唯一人の止血で手いっぱいになっていたのだ。
「っ...(まだ死なせるわけには...!)」
「――何をしている。ぼやぼやするな、副長。指揮を...」
止血をしている小生から視線を外し、鴨はぼうっとヘリの爆発を見ていたトシに声をかけた。
その言葉に、我に帰ったトシは、小生にまだ死なせるなというと、残党を討伐に列車から降りて行った。
残ったのは、小生と鴨、そして新八君に神楽。
歯を食いしばって無言で俯いて、止血をしていると、新八君がゆっくりと鴨に話しかけた。
「なんで...あんな事を...裏切りなんてしたあなたがなんで、朔夜さんや僕らを庇ったりしたんですか」
「.........君達は...真選組ではないな。だが、真選組(かれら)と言葉ではいいがたい絆(いと)で繋がっているようだ。友情とも違う、敵とも違う」
「朔夜さんとは家族です。あの人達とはただの腐れ縁ですよ」
「...フッ...そんな形の絆もあるのだな...しらなかった」
鴨の吐き出した言葉に、思わず顔を上げその穏やかだが諦めたような表情を見つめる。
「いや、しろうとしなかっただけか...人と繋がりたいと願いながら、自ら人との絆を断ち切ってきた。
拒絶されたくない。傷つきたくない。ちっぽけな自尊心を守るために、本当にほしかったものさえ、見失ってしまうとは」
閉じていた目を開けて、切なそうに愛しそうに小生を見つめ、残った片手で小生の頬を撫でてから地面に手を置いた。
「そして...ようやく見つけた大切な絆さえ、自ら壊してしまうとは...」
「っ、鴨は馬鹿だ...!こんなことしなきゃ良かったのに...!!そんなんだから、将棋で小生に勝てないんだよ...!」
「ははっ...すまない...いつも朔夜さんが気づかせようとしてくれていたのに...
何故...何故いつだって気づいた時には遅いんだ。何故共に戦いたいのに――立ちあがれない。
何故剣を握りたいのに、腕がない。何故ようやく気づいたのに、僕は死んでいく」
「――っ」
傷に響かないようにしつつ、膝立ちになりぎゅっと胸元に鴨の頭を抱えるようにして抱き込む。
「.........死にたくない...…死ねば一人だ。どんな絆さえ届かない...朔夜さんにこうして触れる事もできない...もう一人は...」
「っ」
「そいつをこちらに渡してもらえるか。朔夜さんも離れてくれ」
「!」
違う、と言おうとした瞬間だった。
原田君を筆頭に十番隊が、鴨を引きとりにやってきた。
端から見えていた結末。わかってた。覚悟してた。
でもやはりいざとなると、体は拒む。
離れなければと分かっている...でも――
「(...いや、だよ...)」
小生が抱いている鴨以外に気づかれない程度に小さく震える。
「!(朔夜さん...この優しい人を、裏切った上、僕は悲しませたのか...)」
「(...鴨が...好き...愛してしまったから...生きて、と願ってしまう...)」
あぁ、ここにきて小生は馬鹿な女になり下がる気か。
手を離せ...どうせ、もう小生に命は救えない...できるのは、恋した男の終わりを見届けることだけ。
このまま抱いていたいと願い、震える自分の腕をするり、とほどき、離れる。
「鴨...裏切った事実は、消えない...分かるね」
「...あぁ」
「...でも、それでも鴨を一人にはしないよ」
この場の誰ひとり、最期まで。
心の中で呟いて、裏切り者を処分しなきゃならないという原田君の命令で隊士達に立たされた鴨に、涙をこらえて微笑んだ。
「朔夜さん!いいんですか!?この人のこと――」
「新八君、変えてはいけない理があるんだよ」
「その通りだ...連れていけ」
「っ近藤さん!!なんで!!朔夜さんも近藤さんもどうして...近藤さっ...」
冷静に命令を下した近藤の旦那の肩を新八君が掴むと、旦那は唇を引き結んで涙を流していた。
「(あぁ...やはり皆優しいよ)」
裏切った鴨を、そう扱ってくれるんだね。
「(ありがとう)」
先に出た近藤の旦那達を追うように、小生達も列車からでる。
「......そうさ。ほっといったって奴ァもう死ぬ」
「...」
列車の扉にもたれかかるようにして血まみれの銀時が立っていた。
その隣に小生達も立ち、目の前の鴨をとり囲むように大きな丸をつくって立つ真選組を見る。
「だからこそ...だからこそ斬らなきゃならねェ」
トシが倒れる鴨に刀を投げ渡したのが見える。
「...真選組(みんな)優しいからね...鴨を裏切り者として...死なせたくないみたい」
もう動く事もままならない身体で、立ちあがる鴨からは、ようやく皆への壁が消えていた。
「最後は...武士として...」
「...仲間として...」
「「伊東(やつ)/鴨を死なせてやりてーんだよ」」
刹那――トシと鴨は、互いに刀を片手に大地を蹴った。
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