第百二十四訓 策士策に溺れる、この言葉をいつも肝に命じて
「天才とはいつも孤独なのだ」
僕にはたった一人の女性以外に理解者がいないと、愛しいと思うようになった彼女の顔を想い浮かべ、言う。
「僕はこんな所でくすぶっている男ではない」
彼女以外誰もそれを理解できない。誰も僕の、真の価値に気づかない。
「ならば自らで己が器を天下に示すしかあるまい」
温和で平和を愛している彼女は、やめろというかもしれないけれど
それでも、僕は僕を理解してくれた彼女を手に入れて、側にいたい...
「真選組を我がものにする。それを地盤に僕は天下に躍進する。この伊東鴨太郎が生きた証を天下に...人々の心に刻みこんで見せる(そして彼女の心にも...)」
目の前で悠々と、匂いこそ違えど、偶然にも彼女と色も形も全く同じ煙管を吸う男。
鬼兵隊の頭目にして、最も危険で過激な攘夷浪士である高杉晋助にそう告げた。
すると彼は一瞬の沈黙の後、不敵に笑って夜空の見える窓際に立ち、僕の心をつつくような言葉を並べていく。
「理解されたいと思っている。自分を見てもらいたいと思っている。己が器を知らしめたい?そんな大層なモンじゃあるまいよ」
お前はただ、一人だっただけだろう。
振り返りそう返してきた彼に、僕は思わず言葉を失った。
***
「晋助は、伊東を看破していたでござる。自尊心だけ人一倍強い、己の器も知らぬ自己顕示欲の塊」
「っだから...それを刺激して、利用したというの!?」
接触した事のあらましを聞き、今すぐにでも駆け出して行きたい身体を押さえ問いかける。
「――そうでござる。思惑通り、真選組同士争い、戦力を削ってくれたわ」
「!っ(そんな、鴨は...何を信じて...!!)」
「(朔夜...)てめーら...ハナから真選組潰すつもりで伊東(やつ)を利用してたってのか。
伊東の反乱を手引きし、協力する体を装い、仲間割れで消耗した真選組を壊滅するつもりだったってのか」
「っ...(鴨を利用なんて...)」
見つけて分かった全貌は、あまりにも自業自得で、晋助や万斉を責める言葉もでてこない。
けれど誰にも理解されない、誰にも見てもらえない孤独を知っている小生には
あまりにそれを利用されただけの鴨への仕打ちが残酷すぎて、涙すら出て来ない。
ただ、言葉が震える。
「なんて、ことしたの...か、もは...鴨、は...!(小生には、わかるから...天才故の、孤独が...)」
「.........あの男らしい死に方でござろう」
裏切り者は、裏切りによって消える。
「だから、って...なんで...孤独は、一番つらい...!!」
「!朔夜落ちつけ...」
万斉の温度のない言葉に思わず吼えると、銀時に抱きしめられた。
だが、それでもおさまらない、この震え。
「っ自分の味方が、この世界のどこにもいない感じがするんだ...」
それがどれだけ恐ろしいことか
誰にも存在を認めてもらえない人間が、どれだけ不安か
どこに出口があるのかさえ分からなくて、恐怖に押し潰されそうか
「なのに...なの、にっ...!」
もう少しで、気づけたかもしれなかったのに。
彼の周りにいてくれてる、存在に。その尊さに。
かつて小生が、孤独ではない事に気づかされたように気づけたかもしれなかったのに。
「っば、か...!」
小生だって、鴨のすぐ隣にいたつもりだったのに、気づいてもらえなかったのかな。
「馬鹿、ばっかり...!!」
吐き捨ててもこんな後悔は、今さらすぎてもうどうしようもない。
止める事も、戻る事ももうできない。
ならば小生に今できる事は?
...答えは簡単。
「...もう...鴨の思い通りにも、卿らの思い通りにも...誰の思い通りにもさせない!!」
銀時から離れて、目線の高さに采配を掲げ、万斉に向け、強く見つめる。
「...あの男はじきに死ぬでござる」
「死ぬから、何?そんなの重々承知でここにいるの...ここにきたの!」
命を護る事が出来ないなら、せめて...
「孤独な死に方だけは、させたりしない!!」
小生を愛してくれた、あの優しい心を護ろう。
「それに真選組も壊させたりしない。護りぬいてみせる...邪魔するなら容赦しないよ、万斉」
「待てよ朔夜――...お前の行く手を阻むもんは、俺がどかしてやらァ...どけよタコ助」
背中合わせに寄り添い、万斉に木刀を向ける銀時に安心しながらも
魂の中でゆるやかに燃えだした闘志に身を任せ、燃える列車へ向かおうと大地を蹴った。
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