第百二十訓 マニアは三つ欲しいっていうけど、人によるよね
「...」
先程、僕の協力者である鬼兵隊の万斉殿に始末させた山崎君に
僕のような空っぽの器には誰も付いて行かないと言われた。
その言葉に、少しだけ心が震えた。
彼女も...朔夜さんも、僕についてきてはくれないのではないかと。
「...(馬鹿馬鹿しい...僕は何を不安がっているんだ)」
僕はどんな手を使っても、どう思われても、彼女を手に入れると決めただろう。
この世で一番最初に、一瞬にして僕という存在を理解してくれた彼女を。
「(彼女だけは、僕の側にいてほしい)」
彼女が自覚ないままに想っている土方を殺し、真選組を乗っ取るために近藤を殺して、全てが終わったら...
「(何も真実をしらず友の死を悼む彼女を、迎えに行こう)」
今度は結婚の約束と、指輪を携えて。
近藤と武州行きの電車に乗り込みながら、ポケットにひそませた指輪の箱をゆるく握りしめた。
***
「...絶対ヤバい事になってる」
「真選組内で今、何かが起きている、そういう事ですか」
「うん...(だとしたら原因はきっと...)」
小生に愛していると言った男の顔が浮かび、胸がキリキリとしめつけられるように痛くなる。
「っ...(信じたくないけど...)」
あらゆる状況や今までの事実から導かれる答えは一つ
「(きっと卿の仕業なんでしょう?鴨...)」
抱えていた鴨への不安が、疑惑に変わった時、隣を歩いていたトッシーが覗き込んできた。
「大丈夫でござるか朔夜氏?」
「!」
「なにを悩んでるかはわからないでござるが、悩んだ顔は似合わないでござるよ〜」
場に合わぬ緊張感のない表情と言葉に、どう答えればいいのか分からず、ただ曖昧に笑い返し
前を行く銀時の背に声をかけた。
「どうする銀時...トシの珍しい頼み事...」
「...何が起こってようが俺達には関係ねーだろ。これ以上深入りはよそうや」
「...そう...でも...」
「...」
お互いの心と思考を言葉にせず、感覚だけで全てを感じ取り、小生はただ口を閉ざした。
その時、トッシーがあまりに空気を読まずに、今日限定もののレアな美少女フィギュアが出るから
一緒にきてくれないかと言い出したので、思わず万事屋3人が、心配してくるのが馬鹿らしくなってくるだろーがとぼこっていた。
なんとなく皆の蹴りたくなる気持ちがわかったので、止めずにいると、そこに真選組のパトーカーが止まって隊士達が降りてきた。
「大変なんです副長ォ!!」
「スグに...スグに隊に戻ってください」
「何かあったのかい?!」
尋常じゃない様子に問いかければ、小生を見て一度たじろいだ隊士達。
少し違和感を感じたがすぐに次の言葉で忘れる事になった。
「山崎さんが...山崎さんが!!」
「...?」
「何者かに...殺害されました!」
「!!」
「!さ...退が...?!」
にわかには信じがたい言葉に、限界まで目を見開き固まる。
「屯所の外れで血まみれで倒れている所を発見されたんですが、もうその時には...下手人はまだ見つかっておりません」
「(屯所内...?敵の侵入を許した?そんなわけ...まさか...)」
違和感に思考を巡らせていると、隊士の一人がぼうっとしていたトッシーを連れていこうとした。
「とにかく!一度屯所に戻ってきてください!朔夜さんは危ないのでしばらく近づかないでくださいね!」
「!」「え、でも拙者、クビになった身だし」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!!」
何かおかしい、そう思った時だった――
「さっ早く」
隊士達がトッシーに向けて刀を抜いたのが視界にうつった。
「副長も山崎の所へ」
それに小生が驚いたと同時に、銀時がトッシーの襟を掴み、片手に小生を抱くと、パトカーを踏んづけて路地へと走り出した。
それに続く新八君と神楽。後方からは、追えという言葉。
「っ銀時!ごめんありがとう...!」
「動揺しすぎだ!らしくねェ...!」
「っうん...ごめん」
あの程度の違和感、いつもならもっと早く気づけたのに!
落ちないように銀時の首に縋りついて、悔しさに歯を食いしばっていると
銀時に襟を掴まれ引っ張られているトッシーが痛いと騒ぐので銀時がうざそうに手を離した。
すると突然の事に倒れるトッシーだが、気にも留めず走り続ける三人。
「トッシーいいの!?」
「それより朔夜どーいう事だアレェェ!!」
「なんで真選組が土方さんを!?」
「っ大体何故かは想定はつくけどゆっくりしゃべってる暇はないみたい!!」
「!!」
前の方から車が路地に突入してきて、小生達につっこんできた。神楽がそれを思い切り踏ん張って止める。
「ふんがァァァァァ!!」
「神楽!」
「あわばば神楽氏!!スゴイよ!さながらドDr.スランプ、アラレ氏の再来の如く...」
「うるせェェェ!誰かそいつ黙らせろォォ!!それと朔夜!」
「了解!」
銀時の意図を読み取り、銀時の腕から飛び降りる。
それを見計らったように銀時がすぐに洞爺湖を手に、車を運転していた隊士達をのし、引きずりだした。
「乗れ!!」
「はいよ!トッシーおいで!!」
「ええ!?」
トッシーを引っ張って全員で乗り込み、銀時が猛スピードの荒い運転で車を走らせ出した。
隊士たちを数人撥ねたが、殺そうとしてきたわけだから当然の報いだろう。
「銀時、これ三番隊の車だわ。他の班に無線で連絡とって状況を把握しよう」
「任せろ」
後方座席から指示を飛ばし、銀時に連絡させる。
「あーあーこちら三番隊こちら三番隊。応答願います。どーぞ」
『土方は見つかったか?』
男の低い声が聞こえてきて、それに神楽が勝手に答えたせいでむこうに若干怪しまれたが、すぐに本題に戻った。
『どんな手を使ってでも殺せ。近藤を消したとしても土方がいたのでは意味がない。近藤暗殺を前に、不安要素は全て除く
近藤・土方両者が消えれば真選組は残らず全て伊東派に恭順するはず』
「近藤さん、土方さんを暗殺?」
「(伊東派って...やっぱり、鴨なの...!?)」
伊東派、という単語で、疑惑が確信へと変わっていく。
『伊東派(われら)以外の隊士に気づかれるなよ。あくまで攘夷浪士の犯行に見せかけるのだ。
この段階で伊東さんの意見が露見すれば真選組が真っ二つに割れる』
「(鴨は...こんなことを考えていたの...?)」
どうして?皆仲間なのに...仲間になれたと、そう思ってたのに...
『近藤の方は半ば成功したようなものだ。伊東さんの仕込んだ通り、隊士募集の遠征につき、既に列車の中』
「!(なんてこと...!?)」
『つき従う隊士は全て伊東派(われわれ)の仲間、奴はたった一人だ。近藤の地獄いきは決まった』
「っ...(鴨...どうしてなの...!)」
こんな皆や、小生を裏切る行為...!
胸がかつてないほどしめつけられ、息も上手くできないほど苦しくて、とんっと背もたれに凭れた。
その時だった。
『それから――朔夜さんにはばれていないだろうな?』
「!(小生...?)」
思わず身を乗り出す。
『あの人は伊東さんの大切な方、この計画に巻きこみ、伊東さんの犯行と知られる訳にはいかない』
「!?」
だから小生が休みの日と決行を重ねてきたの...?
『分かったなら、引き続き土方を探せ』
そこで無線は切れた。
「鴨...」
「...朔夜、どういうこった?」
銀時の静かな言葉に促され、ふー...と息を吐き、背もたれにもう一度身を沈めて話しだす。
「...首謀者は恐らく、伊東鴨太郎。遠征に行ってたんだけど、最近真選組に戻ってきた男...それから、ついこの前...小生に告白してきた人」
「!...そうかよ...返事はしたのか?」
「...返事は、全て終わってから迎えに行くからって聞かれなかった」
全てって、こういう事だったんだ...
「まさか、裏切りをたくらんでいた人に愛してるなんて言われて...しかも今も巻き込むまいとされてるなんてね」
「...」
「...でも、彼が愛してるって言って抱きしめてくれた時、心臓が飛び跳ねて鼓動が狂ったようで死にそうだった」
孤独だった頃の小生とよく似た空気をしていた男の人。
最初はただそれでほっとけなくて、側に入れる時は側にいた。
鴨は一人じゃないんだよ、認められているんだよと気づいてほしくて...そう思っていたのが一年前――
そして長期の外の仕事から鴨が帰ってきたこの前
「(あんなの、人生で2回目だった)」
告白されて鼓動が狂ったように動いて、息ができないほど胸が締め付けられたり、
名を呼ぶ声に笑みが零れて、側にいるだけで何か温かくて
あぁ、そうか...今気付いた...小生は――
「...朔夜、お前...」
「...銀時、多分小生ね...伊東鴨太郎に、恋しかけてた...いや、しかけているんだね、まだ」
だって、頭は犯人は彼何だと言っているのに、彼をまだ信じようとしているんだよ、この心は。
「やはり恋は――、人を馬鹿にするね」
「...お前は今回手ェ引くか?」
苦笑し言えば、そう言葉が返ってきた。
それは銀時がくれた全力の優しさ。
これから先起こるだろう、避けられぬ結末から逃げても良いと、今ならお前は見なくてすむという優しさ。
でも小生はその優しさを首を横に振って断った。
「ありがとう銀時...でも、小生はだからこそ、行かなくちゃ。知ってしまったから、見て見ぬフリなんかできない」
小生を愛してくれ、そして小生が恋をした男。
恋や愛で、情に流されて、間違いを止めないなんてことを小生はしてやれるほど、甘い女にはなれない。
「恋したからこそ、止めに行ってやらなきゃ」
彼への恋心で目を閉ざすよりも、前を見据えて己の中の芯を貫いてしまう小生は、きっと馬鹿な女だろう。
「...わかった。行くぞ」
「うん。急ごう(あんまりグズグズしてられない)」
零れ落ちそうな女としての涙は、涙腺の奥の奥にしまい込む。
小生は女である前に、一人の侍だから。
「(でもねぇ、鴨...どうして、裏切ったりしたの?なんでなの?理由が分からないよ)」
「(どうして、朔夜は叶わねェ想いばっか持っちまうんだよ...俺だっていつも、側にいるのに...)」
ほうっと息を吐いた時、トッシーの視線に気づいた。
「!」
「?」
その視線は柔和で、いつもの鋭さはなかったし、不思議そうに見ているだけだったが。
顔立ちはやはりトシのもので、告白されていた事を思い出し、思わず気まずくなって目を逸らした。
「?朔夜氏。どうしたでござるか」
「...――ごめん(トッシーじゃなければ...直接言えてるのに...聞こえてるのかな?)」
「?」
「...中途半端な形で、ごめん...」
謝罪の言葉は聞こえたのか分からないが、トシはトッシーである以上トシではないため何も言えず、小生には複雑な心の中、謝ることしかできなかった。
〜Next〜
prev next