第百十八訓 掟は破るためにこそあるけれど、破りすぎには注意
「はぁ...」
昨日の今日でどことなく気持ちがもやもやしたまま屯所に昼から出勤し、仕事をしていると隊士の一人が話しかけてきた。
「朔夜さん」
「!...おや、卿は鴨とよく一緒にいる...篠原君だったね。どうかした?」
何か用事かな?と思って聞いて見ると、予想に反した言葉が返ってきた。
「土方副長の話をお聞きになりましたか?」
「トシの...?何の話だい?」
「実は...」
そして語られた話に小生は、目を見開く事になった。
「(そんな...トシに限って浪士に命乞いするような真似...)」
"「実は...土方副長が朝方、攘夷浪士に命乞いしている所を伊東先生が助けたそうで...」"
篠原君から聞いた言葉に驚き、にわかには信じられず、トシに事実を確かめるため屯所内を彼を探しながら走る。
昨日の夜、頭をなでて安心させてくれた強くて頼りになる...それに何よりプライドの高いトシが、そんなことをするはずがない。
「っはぁ...はぁ...トシ...(一体どこに...安心させて...)」
「しまったァァァァ!もう始まってるぅぅ!!」
「!」
すぐ先にある部屋から聞こえてきた探し人の声にハッとし、その部屋に駆けこむ。
「と...」
「録画予約すんの忘れてたァァァ!トモエちゃんんん!」
「...…え」
部屋に入ってようやく見つけたトシは、二次元美少女雑誌と美少女フィギュアが散乱した部屋で、
テレビの前に正座をして、『美少女侍トモエ5000』という番組を見ていた。
普段のトシでは死んでもあり得ない衝撃的な姿に、思わずその場で凍りつく。
「...と、し...?」
「!っ朔...」
ハッとした様子で小生のことに気づいたと思ったら、小生の後ろに視線を向け絶望的な顔をしたトシを不審げに思い小生も振り返る。
すると、にたりと悪魔の形相で笑う総悟君と、きょとんとしている空覇が、
障子の隙間からトシを見ていて、満足したのかすすっと障子を閉めたところだった。
「最悪だァァァァ!!」
「そうだね...って、そうだトシ!本当にどうしたのさ...こんならしくないの見てるし...」
「い、いやこれは...」
「それに浪士に命乞いしたって聞いた...そんなこと、してないよね?」
座り込んでいるトシと目線を合わせるため、小生もしゃがみ、真っ直ぐにトシの目を見つめる。
その目はいつもと変わらない気がしたが、何か別の者の空気も感じた。
「...?(何、この違和感...)」
「っ俺が変なのは確かだ...だから朔夜、俺にしばらく近づくな・...」
「いきなり何言って...尚更ほっとくなんてできな...」
「いいから近づくな!(今のおかしな俺をお前に見せたくねーんだよ...!)」
「!」
「あ...」
「...わかった...でも、小生はトシの事、信じてるからね?」
小生以上に困惑している様子で、必死なトシを安心させたくて、小生は味方だと言いたくて笑いかけて、その場を後にした。
「...すまねェ...朔夜...」
***
――その後もトシの奇行は毎日続き、局中法度を破り続けた。
ある日は、退達がマガジン以外を屯所で読んだら切腹なのに、ジャンプを隠れ読んでいるところに来て、『TO LOVEる』面白いと言い
またある日は、会議中に携帯の電源を切っておかなかったら切腹という掟なのに、思い切りプ●キュアの着メロを鳴らし
またある日は、拷問だというのに、何故か中学生男子の修学旅行みたいな聞きだし方をしだしたと聞いた。
「(明らかに、トシは最近おかしい...)」
小生を見るとすぐに離れていくから、実際に見た訳ではないけど、屯所でトシのおかしな行動の話は尽きる事がなく毎日皆から聞く。
その話を聞くたびに、隊士達がトシの異常行動に困惑しているのがわかり不安が押し寄せる。
「(このままじゃ、自分がつくった局中法度を破ったことで切腹を申しつけられるのも時間の問題...)」
真選組は武士ではないものの集まり、だからこそ武士よりも武士らしくあるために、統率のとれない烏合の衆となり果てないために
破れば即切腹となる、トシ自身が作った鉄の掟。
掟は作った本人が守らなければ、何の拘束力もない。だからこそトシは、いつも誰よりも武士らしくしてきた。
だからこそ、ここの皆はトシを手本とし、鬼と呼ばれるトシを恐がりながらも、今まで信頼して、その背についてきていた。
「(なのに...もう十を超える法度を破り続けている...)はぁ...」
「朔夜さん、大丈夫かい?」
「!か、鴨...」
休憩がてら縁側に座りため息をついていると、歩いてきたらしい鴨が声をかけてきた。
「ため息をついていたが...憂い事でも?」
「ううん、大丈夫...(鴨には言えない...言っちゃいけない)」
鴨はトシのその悪評を触れ回っているから...この人にトシの事は言えない。
警告音が頭の中で鳴り響く。けれど、鴨のことも小生は心配でたまらない。
ここに戻って来てからというもの、鴨の雰囲気も何かおかしい気がする。
小生には優しく振舞ってくれるが、たまに見かけると野心を剥き出しにした雰囲気をもっている。
その野心が、己も周りも傷つけそうで...
「...鴨こそ、大丈夫かい?」
「...僕は大丈夫だよ。何も君が心配する事は無い」
帰ってくる微笑みは、小生への優しさと愛しさが滲んでいて、胸がきゅうっと絞めつけられる。
「そう、だよね...ごめん。変なこと言って」
「(やはり彼女に隠し通すのは難しい...早く終わらせねば)いや...優しい君の事だ。きっと、最近の土方君のことも考えて疲れているんだね」
君は優しくて心配性すぎると、小生の隣に片膝をついてしゃがみ、頬に触れてくる彼に心臓の鼓動がまた早まる。
「――...土方君のことがそんなに気になるかい?」
「それは友達、だから...当然じゃないか...」
「(彼に関してはそれだけじゃないだろう...だが、その鈍感さが今はありがたいね)そうか・・・」
「...鴨、それより今から会議でしょ。行ってらっしゃい」
これ以上触れられていたら、心臓が壊れそうだったのでそう促すと、鴨は名残惜しそうにしつつも手を離してくれた。
「――あぁ、行ってくるよ...そうだ。長引くと思うから、お茶を持ってきてくれるかい?」
「うん、わかったよ」
「頼んだよ、朔夜さん」
そう言って微笑んで鴨は、会議室の方に向かっていった。
「...(小生は、鴨に...恋をしてるの?)」
いまだ動悸がおさまらない胸を押さえて、空を見上げた。
空は、小生のもやもやとした気持ちとは裏腹によく澄んでいた。
***
それからしばらくしてお茶を入れた小生は、会議室へと向かい、お茶を出していた。
「朔夜さん、お疲れ様ッス」
「ううん、みんなこそお疲れ様...(トシは、きてないんだね...)」
隊長格以上だけの会議なのに、副長たるトシの席だけは空いていた。
それを見て、また一つ心配が増え、思わず眉尻を下げた。
「し、心配しないでください朔夜さん!」
「そうですよ!すぐきますって!」
「...うん、そうだよね」
小声でくれる隊長達の気づかいの言葉に、何か心配をかけてしまったと微笑みを返す。
そして、お茶を渡して隅に控えていると近藤の旦那が時計を見た。
「遅いなトシの奴。もうとっくに時間は過ぎてるぞ。大事な会議だというのに...」
「近藤さん」
不信感を持って言う近藤の旦那に鴨が声をかけ、立ち上がった。
「いい機会だ。僕は丁度、彼のことを議題に出すつもりでいた」
「!(鴨...やっぱりトシを蹴落とす気で...)」
「最近の彼の行動については既に、諸君らも聞き及んでいるだろう」
鴨の言いだしたことは、小生が先程予測していた通り、トシ自ら定めた局中法度を破っていること
この重要会議にも遅刻していること、そしてそんな状態のトシを野放しにはできないというものだった。
それに対し近藤の旦那が、待ったをかけるが、鴨は正論を並べていく。
「勿論、彼がこれまで真選組でどれだけの功績をあげてきたか、彼なしでは今の真選組はありえなかったことも重々承知している。
だからこそ、あえて苦言を呈したい。真選組の象徴ともいうべき彼が、隊士達の手本とならずにどうする」
「(鴨の言う事は...正しい)」
まさに、先程小生が考えていた事と重なる。
「彼が法度を軽んじれば、しぜん隊士達もそれに倣う。規律を失った群狼は烏合の衆と成り果てる」
「(正しいけど...)」
「彼にこそ厳しい処罰が必要なのだ!近藤さん!ここは英断を!!」
「っ鴨、ちょっと早計過ぎる!」
「待ってくれ!トシは必ず来...」
その時、ガシャァァンという音とともにトシが障子を突き破って飛び込んできた。
「(良かった!)」「トッ...」
「ちゃーす!!焼きソバパン買ってきたス!!沖田先輩!!」
「!?(トシ...)」
ありえない第一声に言葉を失い、思わず目を見開き、口元を押さえる。
「すいませんジャンプなかったんでマガジン...」
そこまで言ってトシは正気に戻ったらしく、言葉を止めた。
その姿にただ悲しくなって、小生はトシを見つめていた。
「(トシ...どうしちゃったの...?)」
そしてトシは、近藤の旦那と小生が口添えしったことで切腹のかわりに、無期限謹慎処分という処罰を受ける事になった。
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