第百十七訓 最近のは色々機能付きすぎだからシンプルが一番
さっさっ
よく晴れた空の下で、いつものように屯所の門前の掃き掃除をしていた。
「ふぅ...(気持ちのいい天気だなぁ)」
「朔夜さん」
「はい?」
僅かに額いに滲んだ汗をぬぐい、空を仰いで一息ついていると、小生の名を呼ぶ声。
親しげに聞こえた声音に、知り合いかと振り向けば、そこには、真選組の隊服を身にまとった
クリーム色の髪をした、しばらくぶりの男がいた。
「!」
「ただいま、朔夜さん」
ふっと僅かに微笑んだその男、伊東鴨太郎の姿に嬉しく思い、笑みが零れた。
「――お帰り、鴨...」
この時、既に何かが動きだしたことなど気づきもしなかった。
「伊東鴨太郎君の帰陣を祝してかんぱーい!!」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」
「ふふっ...本当にお帰り、鴨。元気そうでよかったよ」
「お帰りなさい!(朔夜さんが嬉しそうだからいい人だ!)」
「あぁ・・有り難う朔夜さん。それに空覇君も」
鴨が長期の外回りの仕事から帰ってきたその夜、帰陣を祝して近藤の旦那が宴を開いた。
その席に小生と空覇もみんなへの酌のために同席することになり、現在に至る。
「いや〜伊東先生...今回は本当に御苦労でした。しかしあれだけの武器...よくもあの幕府のケチ共が財布のヒモを解いてくれましたな〜」
「近藤さん、ケチとは別の見方をすれば、利に聡いという事だ。ならば僕らへの出資によって生まれる、幕府の利を説いてやればいいだけの事」
「(流石参謀のポストに入るだけはあるね...相変わらず賢い人)」
この真選組にはとても貴重な人だ。外や政治的役回りができる人がいないから
鴨はこの真選組にきてまだ一年くらいだけど、なくてはならない一人なのだろう。
「最も近藤さんの言う通り、地上で這いつくばって生きる我々の苦しみなど、意にも介さぬ頑冥な連中だ。
日々強大化していく攘夷志士の脅威をわかりやすく説明するのも一苦労だったがね」
「アハッ、アハハハハ!違いない!違いないよ!ガンメイだよね〜アイツらホントガンメイ〜」
「「近藤さん頑冥って何/ですか?」」
総悟君と空覇に聞かれて、絶対わかっていなかった近藤の旦那が、子供はだまっていなさいと叱っていた。
すると空覇がこちらに戻ってきて、小生に抱きついてきた。
「おやおや...」
「う〜朔夜さん、頑冥って何なの?」
「頑冥って言うのは、頭が固いから柔軟な考え方ができないとか、物の道理が理解できないってことだよ」
「そうなんだ!流石朔夜さん物知り!!」
苦笑しつつ頭を撫でて教えてあげると、知的好奇心が満たされたようで満足したような笑顔を見せてきた。
その無邪気な笑顔に微笑ましさを感じつつ、仕事中だからねと促し、隊士たちのお酌の仕事に戻した。
「(やはり朔夜さんは知識深く聡明な女性だ...こんな下女で終わらせるなどもったいない。有り余る知性は勿論、内から滲む気品もあって、輝かんばかりに美しいというのに...)」
「...ん?どうかしたかい、鴨?」
「!っあ、いや...」
「?...あ、杯が空だね。だからか」
じっと見られているのに気付き問えば、煮え切らない返事が返ってきたので
訝しげにしていると鴨の手元の盃が空なのが目に入った。
それを見て、気づかなくてごめんよ、と苦笑し、空の盃に酒を注ぐ。
「...すまない」
「気にしないで、こっちが気づかなかったんだから」
鴨は優しいね、と笑えば照れたのか、彼は杯の酒を煽った。その姿が可愛らしくて、思わず、ふふっと笑ってしまった。
少しすると酔いが回ってきたのか、お酒が入ると必ずする高説を始める。
しかし小生にはその内容は、今の幕府ではこの国は必ず滅ぶやら、国の中枢を担う剣となるやら
幕府に仕える身である真選組には、少し過激で浮いてしまっている気がした。
「(...鴨は、やはり毛色が違うね...初めて会った日から変わらずに)」
「そのためなら僕は、君にこの命を捧げても構わないと思っている!!近藤さん、一緒に頑張りましょう!!」
「うむ!みんなガンメイに頑張るぞ」
「いや頑冥の使い方間違ってます」
「(近藤の旦那...しかし、鴨大丈夫かな...)」
相変わらず彼からは孤独の影の気配がする。
かつての小生とよく似通った孤独を感じる。
...鴨からそれを感じるのが、酷く恐くて、彼が何か間違えてしまいそうで、どうしても放っておけない。
そんな事を考えながら、鴨の横顔を見つめていたため、小生はトシからの視線には気付けなかった。
***
しばらくして...
「よし、空覇片付けようか」
「うん!」
宴が終わり皆が退室していく中、小生は空覇と後片付けに着手しようとした時だった。
「「朔...」」
「ん?二人ともどうしたんだい?」
トシと鴨が同時に声をかけてきたので上を見れば、二人が睨み合っていた。
「え?ちょ...」
「おい伊東、何俺の台詞かぶせてきてんだ?」
「君がかぶせたんだろう?僕の方が先じゃないか」
「んだと...」
「ちょ、ちょっと二人ともなんで喧嘩腰なのさ?順番に言えばいいじゃないか」
「...悪い。あとで部屋に茶を頼む」
「...すまないね朔夜さん。あとで用事があるから僕の部屋にきてくれるかい?」
小生の言葉に二人がお互い目を逸らし、小生に用件を伝えてきた。
「(仲悪い...)うん...わかったよ。それじゃあ片付けが終わったらすぐ行くね」
「ああ」
「待っているよ」
そして二人も部屋から出ていった。
「...(嫌な事がおこらなきゃいいけど...)」
「朔夜さん...?」
「!あ...片付けちゃおうか」
「...うん...」
そして今度こそと、片付けを始めた。
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