第八訓 女は蛙を見ると、やーん怖いー、とか言うけど自分たちの方が怖い
ドガン!
真選組屯所に爆発音が鳴り響く。
「すごい音がしたが何が...何故卿らは黒コゲで、トシはバズーカを構えているんだい?」
音の発生源へとやってきた女中姿の朔夜は襖を開けたまま呆れたように言った。
「朔夜か、気にすんな」
「おお、朔夜さん!丁度良いところに!貴女にも聞いてもらいたい!」
「はぁ...小生にも?いったい何だと言うのかな?」
朔夜は中にはいると襖を閉め腰をおろした。
***
「えー、みんなもう知ってると思うが、先日、宇宙海賊“春雨”の一派と思われる船が沈没した」
「!」
朔夜は、近藤の言葉にほんの僅かに眉を動かしたが、黙したまま先を聞いた。
「しかも聞いて驚けコノヤロー。なんと奴らを壊滅させたのは、たった二人の侍と、一人の丸腰の女だったらしい...」
「「「「え゛え゛え゛え゛え゛!!マジすか!?」」」」
「(別に丸腰じゃなかったが...ちゃんとメスを持っていたよ!)」
突っ込みどころが違う突っ込みを心の中で入れる朔夜。
そんな朔夜を気にせず、土方が傍らに置いてあったバズーカを担ぐ。
「しらじらしい。もっとナチュラルにできねーのか」
「トシ、もういい。話が進まん」
「(なるほど、先ほどの爆音はあれだったか)」
「この三人のうち、一人は攘夷党の桂だという情報が入っている。まァ、こんな芸当ができるのは奴ぐらいしかいまい...
そして、さっきそれより驚く情報が入った...丸腰だったという女のことだ」
「(ばれていないといいが...まずいな。久々だからと言って、はっちゃけ過ぎたか...)」
朔夜は冷静な表情をしながら、内心冷や汗だらだった。
「なんとその女が、かつて攘夷志士達の頭脳となり、さまざまな奇策で幕府と天人を翻弄した、稀代の天才策士と名をはせている『茨姫』だったという情報だ」
「「「「!!!!???」」」」
それは知らなかったらしい隊士たちが目を剥く
対して朔夜は非常に頭が痛かった。
「(まったく...小太郎と関わるとロクなことがない...しばらく訪ねてきても居留守使ってやろう)」
***
「――...い...おい!」
「!?...って、トシか...あれ、他の皆は?」
「もう準備しに行ったぜ」
朔夜が思考に意識を飛ばしている内に、どうやら話し合いは終わったらしく
部屋にはもう土方以外いなかった。
「?なんだい?任務に行くのか?」
「...お前、何も聞いてなかったのかよ...」
「いや、聞いていなかった訳ではないよ!ただ、思考の海を泳いでいたまでだ!」
「つまり聞いてなかったんじゃねェかァァァァ!!」
「むぅ...煩いな、卿は。頭に響く」
「ったく...テメェは...とにかく、お前にも今回の任務は来てもらうからな」
「はぁ!?小生はただの女中だよ!?」
朔夜が目を見開いて土方に問えば、煙草の煙を吐き出し、土方は言った。
「お前にゃ、怪我人が出た時の介護を担当してもらおうと思ってな」
「医療班を連れていけェェ!!小生は行かないからな!!」
「...給金をあげてやる」
「仕方ない、そこまで言うなら行ってやろうじゃないか」
「...現金な女だぜ」
「ふふん。何とでも言うと良い...さっさと行くよ、トシ」
そう言って朔夜は、土方に笑って歩き出した。
***
「こんの野郎は...」
「やれやれ、総悟君...」
警護する幕府の重鎮の屋敷へやってきた真選組。
そこで土方と朔夜は堂々と警備中に変なアイマスクをつけ、寝ている総悟の前に立っていた。
お怒りらしい土方は、刀を抜いて総悟につきつける。
「寝てる時まで人をおちょくった顔しやがって...オイ起きろコラ。警備中に惰眠を貪るたぁ、どーゆー了見だ」
「その通りだよ、総悟君。昼寝は休日にしろ」
土方と朔夜の言葉に、アイマスクを取りながら総悟はつぶやいた。
「何言ってんだよ、朔夜さん。今日は日曜だぜィ。
ったく、おっちょこちょいなんだから〜」
「「今日は火曜だ!!」」
「綺麗にハモんじゃねーやィ」
土方は、起きた総悟のスカーフを掴みあげた。
「てめー、こうしてる間にテロリストが乗り込んできたらどーすんだ?」
「小生はあの蛙だけ切ってくれるなら構わないが。寧ろグッジョブだ」
「おめーは黙ってろ。とにかく総悟、仕事なめんなよコラ」
「俺がいつ仕事なめたってんです?俺がなめてんのは土方さんだけでさァ」
「よーし!!勝負だ、剣を抜けェェェェ!!」
「(全く...いつものパターンか)」
朔夜が呆れたように、額で手を押さえると、喧嘩をしている二人の上に拳が下ろされた。
ガンガン
「「い゛っ!」」
「あ、近藤の旦那」
「仕事中に何遊んでんだァァァ!!お前らは何か!?修学旅行気分か!?枕投げかコノヤロー!!」
二人に怒鳴った近藤の頭を更に殴るものがいた。
ガン
「い゛っ!」
「お前が一番うるさいわァァァ!!ただでさえ気が立っているというのに!!」
「あ、スンマセン」
「まったく役立たずの猿めが!」
「!(この蛙のパチもん如きが...!!)」
近藤の頭を殴った蛙の天人はそう吐き捨てると、背を向けて去って行った。
その背を朔夜は敵意と憎悪をにじませた瞳で見ていた。
「なんだィありゃ、こっちは命がけで身辺警護してやってるってのに」
「お前は寝てただろ」
「...幕府の高官だかなんだか小生はよく分からないがね、なんであんなガマを守ろうとするんだい?」
朔夜が何となしに聞けば、近藤が教えてくれた。
自分たちは幕府に拾われた身。幕府がなければ今の自分たちはなかった。
だからその恩を返すために忠義を尽くすのだと...
「ふぅん...小生は武士ではない――だが、その考え、嫌いではないよ...」
「でも海賊とつるんでたかもしれん奴ですぜ。どうものれねーや。ねェ土方さん?」
「俺はいつもノリノリだよ」
「トシがノリノリとか気色悪いな」
「うっせぇ」
「...アレを見なせェ。みんなやる気なくしちまって...山崎なんかミントンやってますぜ、ミントン」
総悟が指差したほうを見れば、確かにやっていた。
土方はそれを見て、山崎のもとに走り出していった。
「(もう無視だな)...近藤の旦那、総悟君の言うことも一理だと思うが?むしろ小生はそちら側だ。あんな化け物蛙守る価値に値しない」
「総悟に、朔夜さんよォ...あんまりゴチャゴチャ考えるのは止めとけ。
目の前で命狙われてるやつがいたら、良い奴だろーが、悪い奴だろーが手ェ差し伸べる。
それが人間のあるべき姿ってもんだよ」
「...」
朔夜が黙りこくっていると、近藤の目に先程の蛙の天人、禽夜が映った。
そして慌てたようにそちらへと走っていた。
「はぁ〜底無しのお人好しだあの人ァ」
「全く...小生ならば、あのようなパチもん、小生の新薬の被検体にしているというのに」
「あんたはよくわかんねェ人でさァ」
「卿には言われたくないというものだ。小生はただ、その粗末に扱われる命を上手く利用するだけさ」
「...あぁ、恐ェ人だ」
クスリ、と妖笑を浮かべる朔夜に総悟はぼやくように言ったその時――
「いかん!」
ドォォォン
近藤の声の後、すさまじい銃撃音が鳴り響いた。
「「!!」」
「局長ォォォ!!」
「!!近藤の旦那ッ!!!(遠距離射撃か!)」
その場の全員が視線を向ければ近藤が撃たれているのが見えた。
「近藤さん!!しっかり!」
「局長ォォォ!!」
駆け寄れば、体を動かそうとしている隊士達がいたので
朔夜は珍しくすさまじい剣幕で怒鳴った。
「退けェ!!素人が無暗に体を動かすな!!」
「朔夜さんっ!」
「姐さん!!」
朔夜は隊士たちを退かせ、近藤の体の横に座ると、脈拍や撃たれた位置などを素早く調べた。
「どうだ朔夜!?」
「弾が貫通しなかったようでね...このままではマズイな。今すぐ手当てができる清潔な部屋と、ここに書いたものを用意しろ」
「は、はい!!」
さらさらと取りだしたペンで紙に何かを書くと、近くにいた平隊士に押しつけた。
その一連のことを眺めていた禽夜は、にやりと笑うといった。
「フン、猿でも盾代わりにはなったようだな」
「!っ(これだから天人はッッ!!!)」
朔夜は自分の中に、奥底に怒りが再び燃え上がるのを感じた。
朔夜が素早く殴ろうとすれば、土方に止められた。
横を見れば総悟も止められている。
「トシ...」
「やめとけ、テメェら...瞳孔開いてんぞ。朔夜、それより近藤さんを頼む」
「――...あい分かった、全力を尽くそう」
「恩に着る」
***
数時間後――
「...やれやれ、一時はどうなるかと思ったがよかった」
近藤の応急処置的な手術を終え、朔夜は縁側で総悟と一息ついていた。
「なぁ、総悟君...寒い。もっと火を焚いてくれないかい」
「了解でさァ。女が体を冷やしちゃいけねェもんなァ」
「あぁ、女のことがわかっているね」
そんな和やかな会話がなされる前では、禽夜が焚火の上にはりつけにされていた。
総悟が焚火に更に木をくべていると、土方が部屋から出てきた。
朔夜はその姿を見てこともなさげに言った。
「あぁ、トシ。今夜は冷えるね」
「あぁ、そうだな...って何してんのォォォォォ!!お前ら!!」
「大丈夫だ、落ち着くといい。(殺したいけど)蛙という種は好ましいのでね、何もしていない」
「そうそう、死んでませんぜ。要は護ればいいんでしょ?これで敵をおびき出してパパッと一掃。攻めの護りでさァ」
「なかなか良い作戦だろう?」
悪戯っぽく朔夜が笑うと禽夜が大声を上げた。
「貴様らァ!こんなことしてタダですむと...もぺ!!」
その口に総悟が木の棒をいくつも突っ込んでいく。
土方と総悟が話している間中、朔夜はそれを見て、一人冷笑を湛えていた。
***
しばらくして二人の話が終わった後、土方は朔夜を見た。
「しかし朔夜、お前よくこんな策思いついたな」
「ふふん、小生のような天才にかかれば大したことではない。正直、蛙にこんなことをするのは心苦しいが、これは嫌いだからね」
ふん、と鼻を鳴らし言えば土方が意外そうに聞いてきた。
「朔夜、そういやお前蛙好きだったのか?」
「あ?あぁ、好きだが?それがどうかしたのかい?」
「いや...女ってのは総じて蛙が嫌いなもんだとな...」
「いやだね偏見だよ。小生は蛙が好きだ...何の薬を投与しても、文句を言わないからね」
ふっと笑ってそう言えば土方が突っ込んできた。
「お前の好きってそれかァァァァ!!何してんだテメェは!!蛙が何をしたってんだ!そんなこの世の地獄を味あわせんのかお前は!!」
「じごっ!?卿は失礼にもほどがある!!いたいけな小動物にそんな劇薬を投与するほど道理を外れた覚えはない!!
知り合いで試し、体への悪影響がない薬の最終実験だ!知り合いには与えない貴重な解毒剤も与えて自然に帰している!!」
「それも逆だろォォ!!何、胸張って人体実験公言してんだァァァ!!」
「小生の周りには体の強い男ばかりが多いから良いだろう!少しはその体を小生に貸し出してくれたって罰はあたらな...」
「お前に当たるわ!!」
「むぅ...」
朔夜は拗ねたように膝を抱えて座り、口を閉ざした。
その時にわかに門のほうが騒がしくなった。
「天誅ぅぅぅ!!奸賊めェェ!!成敗に参った!!」
「おや...見事に策にはまってくれたようだね」
気襲撃にを取り直したらしい朔夜が馬鹿にしたように小さくつぶやき、嗤った。
「どけェ幕府の犬ども!貴様らが如きにわか侍に真の侍に勝てると思うてか!」
「おいでなすった」
「派手にいくとしよーや」
「ふふ...」
「まったく喧嘩っ早い奴等よ」
「「「!」」」
三人の後ろから声が聞こえた。振り返れば近藤と隊士たちがいた。
「トシと総悟に遅れをとるな!!バカガエルを護れェェェェ!!」
その言葉を合図に隊士たちが動き出す。
それを見て朔夜も懐のメスに手を伸ばして笑う。
「では小生も...」
「「朔夜/さんは下がってろ/てくだせェ」」
「なっ!?」
「お前に戦われちゃ、俺たちの立つ瀬がねぇんだよ」
「天才の朔夜さんなら分かるでしょ?」
「...分かった。今回は卿らに譲ろうか」
朔夜はやれやれと笑うと、懐から手を出し、縁側へと腰掛け観戦し始めた。
その口元は絶えることのない笑みを湛えいてた。
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