第百五訓 男は心に固ゆで卵。女は心に何がある
色々な感情に始末をつけてからしばらくして...小生は夜の奉行所前に来ていた。
「銀時、もう今度は何したの!」
「いや俺達何もしてないからね。こいつが間違えたんだからね」
そう言われ、銀時が指差した方を見れば、そこにはグラサンで葉巻を吸うハードボイルド調の男がいた。
「おや...この人は...」
「僕達を誤認逮捕して自宅謹慎になった小銭形さんです」
「ええ!?そりゃまたなんで一緒に!」
「今からどうせだからちょっと飲みに行こうと思ってな。朔夜、お前もこいよ」
「はあ...まぁこのままかえるのも釈然としないからいいよ」
そして河原近くの屋台へと向かった。
***
「...なるほど、それで自宅謹慎かい」
『おもひで酒』という、小銭形の旦那行きつけの屋台で事の顛末を聞き、ようやく全てを理解した。
「なんかすいませんね。僕らが呼び込みなんてかけたせいで、こんな事になっちゃって。でも、そっちはそっちで、僕ら犯人として引き立てていったんだからおあいこですね」
「(新八君もしたたかになっていくなぁ)」
すると、小銭形の旦那は喋らなかったが上に四角の吹き出しが浮かんだ...て、え?
『落ち込みはしない...いつものことだ。人生は様々なことが起こる』
「(なんでそこまでハードボイルド調!?)」
『いい事があろうと悪い事があろうと、そいつを肴にカミュをかたむける......俺の一日に変わりはない。いや、一つ違う事は、ある。それは飛びきりの美人が隣に...』
「もういい、うぜェ」
「ギャアアアア」
「吹き出し刺さった!!?」
小生を挟んで座っている銀時によって吹き出しの角が小銭形の頭に刺さった。
「ちょっ...何をするんだ貴様ァァァ!!俺のハードボイルドをを!!」
「もういい、しつこいハードボイルド」
「しつこいハードボイルドって!仕方ないだろハードボイルドなんだから!!っていうかコレ小説で大変だろ表現が!」
「うるせーんだよ。どうせそんなもん、この連載の全体の文章力の低さのために、誰も気に止めねーんだよ」
銀時は投げつけられた文句を面倒そうに一蹴した。
それをフォローする事はできず、とりあえず小銭形の旦那に思った事を伝える。
「というかハードボイルド気にしすぎで仕事が手に付かないなら、ハードボイルドなんて止めてしまいなよ」
「そうアル!その方がお前にとってもハードボイルドにとっても幸せだわ!」
「お前らお母さん?」
「んんんん!!できるもん!!ハードボイルドも仕事もっ...俺っ両立するもん!」
「「いやもう両方なりたってませんよ/ないよ。ハードボイルドも仕事も」」
少々呆れていると、屋台の親父さんが話しかけてきた。
「旦那、そのへんにしとかにゃ、また奥さんにどやされますぜ」
『家庭に仕事のグチは持ち込まない。それが男の作法だ』
「またやってるヨ」
『妻の前ではいつも身ギレイでいる。それが夫婦円満のコツ。だから今日も俺はこうしてカミュで身を清めるのだ』
「コイツカミュって言いてーだけだよ。カミュって言えばハードボイルドになると思ってるよ」
「(ていうか奥さんいたんだ)」
新事実に驚いていると、屋台の親父さんが煙管を探しながら口を開いた。
「たまには女房にグチこぼして話聞いて花もたしてやんのも夫婦円満のコツですよ。どーせまた狐に逃げられたんでしょ」
「フン。『まったくこのマスターにはかなわない。何でも俺の事はお見通し、思えば十年来の付き合いかミュ』」
「カミュって言った!!無理矢理ハードボイルドにしたよ」
「もう無理するのやめなよ」
そして無駄なコントをしばらく続けてから、屋台の親父さんが煙管をくわえて狐の話をしだした。
「狐の野郎もあれから随分と変わっちまいましたね。神出鬼没の伝説の盗賊、狐火の長五郎」
「聞いたなぁ...。人は殺さず、女は犯さず、貧しきものから盗まず。
悪党から金を巻き上げ、貧しき民に与える義賊って言われてた時もあったみたいだけど...今じゃ殺し、押し込み何でもやる凶賊になってるらしいねェ」
最近聞いた話を思い出して言葉にすると、親父さんが煙とともにため息をついた。
「まぁ元々、盗人なんてやってロクな奴じゃなかったんでしょうが」
「...奴は違う」
「「!」」
『思わずそう口走った自分に内心驚きを隠せなかった』
「ウソつけよ冷静じゃねーか」
「(また始まった)」
『盗人、それも十年追いかけ続けた敵の肩を持つとはカミュ』
「(ほっとこう)」
そう思いお酒を煽った時、急に小銭形の旦那が喋り出した。
「あれは...俺の知ってる狐じゃない」
「!」
「てめーのルールも持ち合わせてない野郎は、悪事だろうが善事だろうが何やったって駄目なのさ」
「...」
「悪人か善人かはしらんが少なくとも俺の知ってる狐は自分の流儀は持ち合わせていた。
盗み入った屋敷に、食いかけのお揚げと書き置き。必ず残していくような泥棒のくせに茶目っ気があって、どこか粋な奴だった。
そんな奴が殺しなんぞ.........」
「アニキぃぃぃ!!」
「!」
「おや...(この子は目明しか)」
奉行所の方角から、目明しらしい女の子が走ってきた。
「ハジ!どうした」
「大変なんです!!見てくだせェコイツを!」
そしてハジちゃんが見せてくれた紙には、『今夜、金の油揚げを盗みに入る』という事が書いてあった。
いわゆる犯行予告状だ。
それを見て、なんてハードボイルドな真似を!とおかしな突っ込みをして、小銭形の旦那が思い切り紙を破り、歩き出した。
その姿に銀時が声をかけた。
「待てよ。謹慎まで破って、わざわざ敵の汚名はらそうってのか」
「――そんなんじゃない。ただ...俺にも俺の流儀があるだけだ。
腐った卵は俺の十手でぶっ潰す!!それが俺のハードボイル道だ!!」
「旦那勘定まだです」
「あ、すんません」
「まったくキマらないお人だね...しかも全部小銭って...それどんなハードボイルドなの?」
呆れつつ小銭をじゃらじゃら出す小銭形の旦那を横目で見る。
「もう戻ってこねーかもしれねーんで、今までのツケの分も」
「「親父/さんが一番ハードボイルドだよ渇いてるよ!!」」
「ほいじゃあ、コイツはそのまま白髪の旦那と、美人のお姉さんへ」
突っ込んでいると、風呂敷の上に乗せた小銭をそのまま銀時と小生のほうへ置いた。
「え?」
「なんだよコレ、親父」
「旦那方、さっきなんでもやる万事屋だとおっしゃってやしたね」
「さっきも言った通り、わしも十年もの間、そこの旦那にグチきかされててねェ。やれ、狐だ狸だって
もうウンザリでねェ、ききたかねーんですよ。さっさとケリつけてもらいたくてねェ」
「!」
「どうぞ、小銭形の旦那をよろしくお願いしまさァ」
親父さんは小生達に向けて頭を下げた。
「「「(ハードボイルドォォォォォォォ!!親父ハンパじゃねーよ!!ハードボイルドの化身だよ!!)」」」
「もうやってらんねーよ!マスターが一番ハードボイルドじゃん!」
「これだよハードボイルド!!マスターが真のハードボイルドだよ!!」
「マスターじゃねェ、親父です。旦那、姉さん」
「ハードボイルドぉぉ!!やっぱ親父ハードボイルド!!」
「今のハードボイルドか!?てかハードボイルド言いすぎて、ハードボイルドなんなのか訳わからなくなってきた!」
親父さんのハードボイルドさにやられた後、小生達は予告状にあった大江戸美術館へと向かった。
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