第百一訓 羊数えるの自体に夢中になって寝れないとか本末転倒
ザッザッ
「ふぅ...(朝の玄関掃きは終わり...と)」
「あの...」
「!」
真選組屯所の玄関先の掃除をして、綺麗になったと箒を止めると、見計らったように声をかけられた。
ここでは聞かない高い若い女性の声に驚き振り向くと、そこには薄い茶の短髪の儚げで綺麗な女性がいた。
「ここの女中さんですか?」
「えぇ、そうですが...屯所にご用ですか?(小生と同じくらいの年かな...?)」
「はい。私は沖田ミツバと申します。いつも弟の総悟がお世話になっています」
「(え、弟?え?じゃあこの人お姉さん?)」
顔立ち言われたら似てるけど、性格全然似てないんだけど!!
動揺を隠しながら、こんな所では何だと、近藤の旦那の元へと通し、お茶を用意しに走るのだった。
***
「ふぅ...(まさか本当にお姉さんとは...)」
お茶を出して簡単に挨拶を交わしてから、部屋を後にする。
「(しかし綺麗な女性だったな...小生とは正反対な感じだよ)」
綺麗で儚くて、おしとやかで、女性らしい感じだった。
「(あれがいわゆる大和撫子って奴なんだろうねェ)」
うんうんと一人納得しながら歩いていると、前からどことなく堅い顔をしたトシが歩いてきた。
「トシ。もう仕事かい?」
「あぁ...まあな」
「折角来てくれてるんだしミツバさんに会ってからでも――」
「悪いが急ぎなんだ。じゃあな」
遮ってらしくもなくそっけなく言うとトシは、小生と急ぎ足にすれ違って廊下の角に消えた。
「...?(変なトシだね...)」
首をかしげながら、また歩き出そうとすると空覇がやってきた。
「朔夜さーん!」
「おや空覇、どうかしたかい?」
「あのね、今日お仕事お昼までだよね?」
「あぁ、そうだけど?」
「お昼お外で一緒に食べよう!」
「いいよ。食べようか」
「わーい!」
じゃあお客さんに挨拶してくるね!
そう言って空覇は走り去っていった。
その背を笑いながら見送り、小生は残りの仕事を片付けてしまおうと歩き出した。
***
そして時は過ぎて昼を食べてから、小生は空覇の仕事の時間まで街をいっしょにぶらぶらしていた。
「どうやら仕事は上手くいっているみたいだね」
「うん!皆いい人ばっかりだから!」
「そうかい...それはよかった」
万事屋のような仕事を少し前に始めた空覇を心配していたのだが、この顔なら大丈夫そうだ。
気にかかっていたことが消えて安心し、息をついていると、空覇が別の話題をもってきた。
「そういえば今日のお客さんの総悟のお姉さんのミツバさん、すごく綺麗で優しかったね!(あんな綺麗で優しい人朔夜さん以外で初めて見た!)」
「あぁ、とびきりの美人だったね。今まで結婚してなかったのがびっくりだよ(あれほど出来た娘さんなら病気がちといえど引く手数多だろうに...)」
「朔夜さんと似た匂いがしたけど、なんか違った美人さんだったね」
「あはは、ミツバさんと小生みたいな得体知れないのを一緒にしちゃいけないよ。彼女に失礼だからね」
そんな風に話した後、仕事のある空覇と別れてから、休憩にファミレスの中にはいろうとすると、丁度入口の所で聞きなれた声をかけられた。
「おい朔夜!」
「ん?あ、銀時じゃないかい。奇遇だねェお昼かい?」
「いや、なんか緊急とかで沖田君にここに呼びだされてよ...」
「え?総悟君に?」
「おう。依頼だっていうからよォ」
「そっか...とりあえずここじゃ他の邪魔になるし、中はいっちゃお」
中にはいり、銀時と一緒にとりあえずスルーもあれだし挨拶するかと総悟君達のいる席の方へ向かった。
そこには――
「よぉ、きたけど?...って誰?」
「初めまして、総悟の姉ミツバと申します」
「え、姉?」
「(おや...)」
総悟君とミツバさんが対面するように座っていた。
「とりあえず旦那こっちに座って...ってなんで朔夜さんまで...」
「いや、小生は挨拶に――」
「あら、朔夜さん...私ね、朔夜さんともっとお話ししたかったの。トシも近いからお友達になりたいわ」
「朔夜さんもどうぞ座ってくだせェ。(というか座れ)」
「(脅しが聞こえた!)」
そして若干動揺しながらも、とりあえず一番窓際の席に座り、次に銀時、総悟君の順番でミツバさんの前に座った。
なんて変な面子だと思いながらも、とりあえず綺麗な微笑みを浮かべるミツバさんに笑い返した。
***
「――というわけで大江戸裏の顔役の吉田朔夜さんと、大親友の坂田銀時く...」
ガシャアアアン
「なんでだよ」
「わかるけどやりすぎ!」
思い切り総悟君を机の上の皿に顔面を叩きつけた銀時に焦る。
だが総悟君は頭から血を流しながらもいつも通りの表情だった。
その総悟君に銀時と話しかける。
「オイ、いつから俺達友達になった?」
「小生も顔役になった覚えないよ?」
「旦那、朔夜さん。友達って奴と顔役って奴ァ今日からなるとか決めるもんじゃなく、いつの間にかなってるもんでさァ」
「そしていつの間にか去っていくのも友達だ。帰んぞ朔夜」
そして手を引かれ帰ろうとすると総悟君がすかさず店員に頼んだ。
「すいませーんチョコレートパフェ3つとあんみつ1つお願いします」
その言葉にすぐに銀時が席に戻り、小生もあんみつを頼んでもらったし、帰るつもりもそこまでなかったので元の場所に戻る。
そしてチョコレートパフェとあんみつが前に置かれ、銀時が態度をいっぺんさせいけしゃあしゃあと話しだす。
「友達っていうか、俺としてはもう弟みたいな?まァそういうカンジかな総一郎君」
「総悟です」
「(銀時相変わらず人の名前覚えないな...)」
「こういう細かい所に気が回るところも気にいっててねェ。ねっ夜神総一郎君」
「総悟です」
「まァまたこの子はこんな年上の方と...」
「大丈夫です。頭はずっと中2の夏の人なんで」
「中2?よりによって世界で一番馬鹿な生き物中2?そりゃねーだろ、鹿賀丈史君」
「総悟です」
そんな友達とは思えぬ会話を繰り広げていると、総悟君がこそこそと銀時に話しかけてきた。
その隣の二人から目を離しミツバさんを見ていると、銀時のチョコレートパフェの残っていた一つを掴んで自分の方に引き寄せ、タバスコをかけだした。
それに銀時と総悟も気づき、そちらを見る。
「?アレ?ちょっとお姉さん、何やってんの?ねェ」
「み、ミツバさん!?それタバスコッ...!!」
嫌がらせの如き大量のタバスコをかけ、満足したらしく、タバスコを置いて、変わらないおだやかな顔で銀時に告げた。
「そーちゃんがお世話になったお礼に、私が特別おいしい食べ方をお教えしようと思って。辛いものはお好きですか?」
「(お好きってレベルじゃ...)」
「いや辛いものも何も...本来辛いものじゃないからねコレ」
銀時の言葉のあとに急に咳をしだしたミツバさん。
「やっぱり...ケホッ、嫌いなんですね。そーちゃんの友達なのに」
「(友達関係なくね?!)」
「好きですよね旦那」
チャキッと刀を銀時の首に当てる総悟君。
「(ていうかこの姉弟なんか今までにない感じで恐い!ヘタ踏めない!)」
「アハハ...アレかも...好きかも、そういや」
「やっぱりいいですよね、辛いもの。食が進みますよね、やっぱり。私も病気で食欲がない時、何度も助けられたんです」
「(いや逆に身体に悪いよこの量!)」
ていうか食べるの銀時!?とおもいながら銀時を見れば、いつもの女性陣と違う感じに気づき
やんわりと断ろうとするが、それを聞いてミツバさんの咳が酷くなる。
それを見て総悟君が銀時をせかす。
「旦那ァァァァ!!」
「銀時頑張って!!」
「朔夜!水を用意しろォォォ!!」
「りょうかっ...」
水を取りに行こうと立ち上がった途端に、ミツバさんの口から、咳とともに赤い液体が盛大に吐き出され、そのまま倒れた。
「「(飲むな/ませるなってかァァァァ!!)」」
「姉上ェェェェェェェ!!」
「んがァァァァァ!!」
観念した銀時がチョコレートパフェを器ごと傾け一気に飲み干す。
そして一拍置いて、想像を絶する辛さだったのか火を吐いた。
「姉上!姉上!しっかりしてくだせェ!!」
「あ、大丈夫さっき食べたタバスコ吹いちゃっただけ」
その言葉に銀時が壁を突き破って盛大にこけた。
「銀時ィィ!!(卿は頑張ったよ!)」
そんなこんなでとりあえず、ミツバさんを連れて大江戸の観光をすることになった。
その際――
「あ、朔夜さん」
「何だい?ミツバさん」
「私達、同じくらいの年だし、お友達になりたいの。だから朔夜ちゃんて呼んでいい?」
「あぁ、構わないよ」
「よかった。じゃあ朔夜ちゃんも私をミツバちゃんって呼んで?」
「え...」
「ダメかしら...ケホッ」
「朔夜さん、呼びますよね?」
すぐさま鞘から抜かれそうになる刃に背筋が伸びる。
「!みっ...ミツバ、ちゃん...」
「ふふっ、嬉しい。江戸で初めてのお友達ができたわ。これで江戸にきても寂しくないわ」
「まぁ...これからよろしくね...」
唐突に出来た同じ年頃の友達ができ、照れくさく思いながらも、ミツバちゃんの嬉しそうな顔に微笑み返した。
***
「今日は楽しかったです」
日がとっぷりと暮れ星が空に光り出した頃、ミツバちゃんを大きな屋敷の前に3人で送り届けた。
「そーちゃん、色々ありがとう。また近いうちに会いましょう」
「今日くらいウチの屯所に泊まればいいのに」
「ごめんなさい。色々むこうの家でやらなければならない事があって...坂田さんも朔夜ちゃんも
今日は色々つきあってくださってありがとうございました」
「あー気にすんな」
「楽しかったよ」
そして総悟君が帰ろうとした時、ミツバちゃんが思い出したように声をかけた。
その声に、総悟君が足を止め、振り返る。
「...あの...あの人は」
「(...?あの人?)」
「野郎とは会わせねーぜ。今朝方もなんにも言わず仕事にでていきやがった。薄情な野郎でィ」
「(...もしかして...トシの事か?)」
そう思いながら、恐い顔をして去っていく総悟君の背を見送った。
その背が闇に消えた頃、ミツバちゃんは切なげな表情でため息をついた。
「......仕事か。相変わらずみたいね」
「オイオイ、勝手に俺達巻き込んどいて勝手に帰っちまいやがった」
「銀時」
「いいの朔夜ちゃん。ごめんなさい、我儘な子で」
「いや...」
「私のせいなんです。幼くして両親を亡くしたあの子に、さびしい思いをさせまいと甘やかして育てたから...」
「...」
そしてぽつぽつと武州にいた頃の話をしだした。
「身勝手で、頑固で、負けず嫌いで、そんなんだから昔から一人ぼっち...友達なんて一人もいなかったんです。
近藤さんに出会わなかったら今頃どうなっていたか。今でもまだちょっと恐いんです。あの子ちゃんとしてるのかって
ホントは...あなたも友達なんかじゃないんでしょ。あなたも朔夜さんも無理矢理つきあわされてこんなこと...」
「アイツがちゃんとしてるかって?してるわけないでしょんなもん」
銀時がミツバちゃんのネガティブな台詞を遮るように言った。
「仕事サボるわ、Sに目覚めるわ、不祥事起こすわ、Sに目覚めるわ。ロクなもんじゃねーよあのクソガキ。一体どういう教育したんですか。
友達と、姉と友達にさせる女くらい選ばなきゃいけねーよ。なぁ?」
「ふふっ...確かに。小生達みたいなのとつるんでたらロクな事にならないよ?弟さん」
二人でそう言えば、憂いの表情を浮かべていたミツバちゃんがクスクスと笑った。
「......おかしな人達。でも、どうりであの子がなつくはずだわ。なんとなく、あの人に似てるもの」
「あ?」「?」
すると
「オイ」
「「「!」」」
一台のパトカーが近くに止まり、中から人影が現れた。
「てめーら、そこで何やってる?この屋敷の...」
その人影はトシと、退であった。
しかし、ミツバちゃんと見つめあった瞬間目を見開き、言葉を失ったようにその場に立ちつくしたトシ。
「?(なにか、この二人の間にあったのか?)」
そう思いながら見ていると、ミツバちゃんが同じように目を見開いた。
「と...十四郎さ...」
しかし言葉は途切れ、咳こんでミツバちゃんはその場でふらっと倒れた。
それを見て、あわててミツバちゃんと地面の間に滑りこんで身体を抱きとめ、クッションになる。
「!つっ...ミツバちゃん!!」
「!!」
「オイッ!しっかりしろ!!オイ!」
意識のないミツバちゃんの胸元に耳をあてると心音が激しく乱れているのがわかった。
「っ...!!(尋常じゃない...かなり病気も進んでるんじゃないのか...!?)」
本当はこの子...もう、長くないかもしれない...?
気づいてはいけないことに気づいてしまった気がして、慌てて考えを打ち消し、慌てている3人に声をかけようと口を開く。
「このままじゃあぶな...」
「朔夜さーん!」
「!空覇!」
「探して...!ミツバさん!?どうしたの?!」
小生に笑顔で駆け寄ってきていた空覇の表情が、ミツバを見て一変する。
「空覇いい所に来てくれた!すぐ近くの医者を連れて来てくれ!(空覇のほうが車や救急車より速い!)」
「わ、分かったよ!!」
空覇があっという間に闇に身をひるがえした。
それを横目に、応急処置程度になればと循環器官の活動を押さえる毒薬の粒を、携帯している水と共に適量を口に流し込んだ。
そして隣で、小生じゃ支えきれないミツバちゃんの身体をさせてくれている銀時に指示を飛ばした。
「銀時!早くミツバちゃんを屋敷の中に!!」
「あ、あぁ分かった!」
そして全員で屋敷の中に入り、空覇が医者を連れてくるのを待った。
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