第九十三訓 言葉には裏がある。だから探り探りで生きていく。
「――ふぅ...とりあえずこれでよし」
意識のない二人を軽く手当てした後、それぞれ木に凭れかからせた。
そして再び、残っている二人の様子を窺おうとトイレの方に戻ろうとすると
木が叩きおられたようなものすごい音が聞こえてきた。
「(!今の音...!)」
早く戻ろうと、そちらに走った。
***
「はぁ...はぁ...っ銀時!」
走り戻って見た先には、トイレから出た二人が、庭の奥の方に向かいながら互いの木刀をぶつけ合っていた。
「!朔夜戻ったのかよ...ッ!」
「朔夜ちゃんには悪いがのう。この兄ちゃんの皿は割らせてもらうの。手当ての準備をしとくんじゃぞ」
そう言いながら、二人は素早く走り、小生を引き離しながら、庭の中を走っていく。
それを見て、小生は追いかけながら一つの事に気づいた。
「っは...はぁ...!(こっちの方は確か...!)」
銀時は知らないんだ。言わなきゃ...!
その一心で後を追いかけ、ようやく追いついた時、二人は竹藪の前で付きつけ合った刀をお互いにかわした所だった。
「ちょこまか動くなジジイ。綺麗に皿割ってやろうと思ったのによォ...怪我すんぞ」
「死んだ魚のような目ェして、よう見てるじゃねーか。その剣、我流か」
「!(流石は将軍家ご指南役の柳生家のトップ...もう銀時の剣技の特徴に気づいた!)」
「雲の如く変化する剣。正規の剣術を修めた者ほどとらえ難し――ならばわしも、わし流で行くぞ」
そう言うと敏木斎様は、銀時の顎を蹴って、一本の竹に飛び付き、挑発しながら軽快な動きで、竹から竹へ渡っていった。
それを追い、銀時が入って行ったのを見て、小生もハッとして慌てて追いかける。
「銀時!ダメだ!」
「!朔夜!?」
「これは罠だよ!」
「(!そういやここはっ...)」
「早くココから出て...!」
手を引こうとした瞬間、銀時の真後ろに敏木斎様が見えた。
「!っ危ない!!」
「うぉ!?」
銀時の身体に軽くタックルし、思い切り押し倒し、伏せさせた。
真上を敏木斎様の木刀が通る。
「はぁ...はぁ...大丈夫、銀時?」
「っ朔夜すまねぇ...助かった!」
「ほう。どうやら朔夜ちゃんは初めから罠と気づいておったようじゃな...不思議な娘さんだと前から思ってはいたが、中々にして秘め事の上手い」
「ちゃんと敷地内のことを覚えてるだけですよ...」
「そうかのう...しかし、その男は地の利を解しておらんかったようじゃな。この狭い竹藪では、お前とわし、どちらが有利か一目瞭然」
「チッ...走んぞ朔夜!」
手を引かれ、後について走り出す。
「今さら気づいてももう遅い」
ヒュッ
「逃がさんぞい!!」
「!朔夜離れろ!!」
敏木斎様が迫ってきたのが見え、腕を思い切り引かれたかと思うと、背中を強く押された。
「っ!!」
よろけながら振りかえれば、銀時が思い切り敏木斎様にふっとばされていた。
米神から流れる血を見て、走り寄った。
「大丈夫!?」
「っ...問題ねェ...!お前はお妙んとこ行け!このジジイは任せろ!」
「でもっ...」
「お前は、俺より色々知ってるだろーし、気づいてんだろ...それに人の説き伏せってやつは、昔から俺よりお前の十八番じゃねーか」
だからお妙の方は、おめーに任せんぜ。
立ちあがった銀時の言葉に、小生は信頼を持って頷いた。
「...わかった...銀時、敏木斎様は任せたよ。本気で強いから、気をつけて」
「わかってらァ...お前こそ俺らの労力無駄にすんじゃねーぞ」
コツンッ
ふっと笑い合い、拳を軽くあわせて、小生はその場から走り去った。
***
そしてにわかに騒がしい屋敷の中を駆ける。
「(妙ちゃんの意地が動かなきゃ、この戦いはなんの意味もない)」
こんな不毛な戦い。誰も幸せにならない。
だって妙ちゃんは、結婚を望んでない...それに九兵衛君...いや、九兵衛ちゃんは...
女の子、なんだから
「(男の子として育てられた...男の子にさせられた...女の子)」
女の子では家を継げない。だから家で立場を失わないように護るために。
男のように強く生きろと、そう育てられた女の子。
そして九兵衛ちゃんは、女の身体でありながら、男の心を持ってしまった。
女性しか、愛せなくなってしまった。
そしてその彼女が憧れ、愛し、護りたいと思った女性が、幼馴染の妙ちゃんだった...たった、それだけ。
「(...そして今に至る...)」
別に、女だから女を、男が男を愛しちゃいけないとは思わない。
お互いが恋をしあい、愛し合った幸せの形なら、それは幸せの一つなのだろう。
「(でも、今回は違う)」
妙ちゃんは大丈夫と笑っていたけれど、心は泣いていた。
幸せそうではなかった。いつもの可愛らしい笑顔じゃなかった。
それを九兵衛ちゃんは察しているのか、察せていないのかは分からないが
あんな悲しそうな顔を小生の身内にさせるなら、小生は全力で阻止しよう。
「(妙ちゃんには、いつものように笑っているのが一番似合うから。きっと、たくさん悲しい事があったのだろう。
でもだからこそ、それを感じさせないあの子の優しい笑顔を見ると、それを見た人は勇気づけられるのだ)」
それを誰かが奪っていいはずがない。
だから、強がって悲しみに耐える妙ちゃんに言わせなきゃ...『帰りたい』と
「(言わせて、泣かせてあげよう)」
あの子はいつも頑張ってばかりだから。
そして小生は、一つの部屋の襖を開けた。
その先には、当事者達が全員いた。
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