第九十一訓 落ちてたからって何でも拾ってきちゃダメ。溜まってく一方だから
「喧嘩だ実践だ。そんな事を声高に叫び、道場稽古を軽んずる貴様のような輩を、俺は今までたくさん見た」
「(斎...)」
「試合では負けたが、我が流派は実戦向きだ。真剣勝負なら我が流派は負けはせん」
水の中から顔を伏せて立ちあがり、たんたんと言葉を並べる斎の言葉に、心中が垣間見え静かに聞く。
「全てただの言い訳だ。そんな戯れ言は聞き飽きた。そんな戯れ言は、稽古もロクにせん根性無しの言い草」
「...」
「どれだけ才能があろうと、どれだけ実戦をふもうと、努力した者には勝てん。俺はそう思っている。朔夜も俺の努力からの強さを認めている」
「古い考え方などという輩もいるがな」
そういって眼鏡を拾い顔を上げた斎の目は3の字になっていた。
「「(古いよ。デフォルメが古い)」」
「(相変わらずのデフォルメだな)」
「今、俺の目を見て古いと思った奴が一番古い」
「「「(いや、お前/斎のが古い)」」」
「おい、どーいう事だその眼は?なんでケツがついてんだ?」
「「「(お前/トシは古い以前にバカ)」」」
トシってボケ要素意外に強いんだよね...
やれやれと思っていると斎が眼鏡をかけ、トシを見た。
「(!また打ち合いが始まるな...)」
「貴様らが喧嘩だ実戦だと闇雲に剣を振り回す間、俺達は必死に稽古を積み、努力をしてきたんだ。貴様は俺に勝てん」
「(...そんなこと、ないと思うな)」
「いやいや、口喧嘩はなかなかに達者じゃねーか。今度はこっちでやろうぜ」
「たわけが。思いしるがいい!!」
その瞬間、二人が地を蹴って、再び木刀をするどく打ち合いだした。
***
「(トシ、やっぱり相当強いな)」
ちゃんと見たのは久しぶりだけど、前見たときより強くなってる。
攻撃は最大の防御と言った風に、受け身だった後手の姿勢から
斎に攻撃の隙を与えないように、一気にたたみかけたトシの激しい剣撃を見つめる。
「(でもトシと似た太刀筋...昔どこかで少し見た気が...)」
もっと...骨格がない荒っぽい感じの戦い方...
"『男が女置いて逃げられるか!』"
「!(今の記憶は...)」
昔、戦争中に会った...いや...でも、きっと気のせいだね。
顔も覚えていないんだから、会ったのもたった一度だし。
「(きっと小生の記憶違いだ)」
心の中で結論付け、トシと斎の戦いを見つめ直すと、再びトシが斎の剣撃にやられていた。
「!っ...(血だらけ...でも、トシなら大丈夫)」
動きそうになる身体を押さえていると、新八君が助けに入ろうと声をあげ、動いた。
だが、近藤の旦那が新八君を手で制した。
「近藤さん!!」
「スマン、手は出さんでやってくれ」
「旦那...」
「お妙さんの身がかかっている戦いで言えた義理じゃないが、アレは人一倍負けず嫌いだ。手ェなんかだしたら殺される」
「負けず嫌いって、このままじゃ負けますよ!」
「新八君...トシは、負けないよ」
「朔夜さんまで!!」
こわばっていた自分の表情をゆるめて、新八君に呟き、煙管に火をつけた。
茴香の香りがふわりと薫る。
「大丈夫...トシは、本当に強い男だと小生は認めて、信じてるから」
ね、旦那?
新八君に笑って言ったあと、近藤の旦那に向けて問えば、頷かれた。
「ただの喧嘩剣法じゃアレに勝てねーのはアイツが一番知ってるさ」
そして近藤の旦那は、江戸にでてくる前のことを語り出した。
大まかな話としては、トシは昔、田舎で一匹狼の喧嘩屋だったらしい。
道場破りの紛いモノのようなことをしていたら、目をつけられ、リンチにされた。
それを近藤の旦那が、自分の道場に連れ帰って怪我を癒させたそうだ。
しかし、それが他の道場の奴らは気に食わなかったようで、旦那の道場を潰そうともくろんだ。
だが、傷を治している間も強くなろうと努力し、救ってもらった恩を返そうとしたトシと、近藤の旦那自身で返り討ちにした。
そしてそれ以来、トシは近藤の旦那の所の門弟になったというものだった。
「――それが、土方十四朗という男だ」
「...」
「人には決して見せねェ、ツラにも毛程も出さねェ。だが俺はしってるよ。野郎は今も昔も、頭にゃ剣のことしかねェ」
「ふふっ...本当に今と変わらないんだね」
何度も、一人で道場で剣を振ってる姿を見た。
その度に先を見る鋭い眼と、真剣な横顔を見た。
全てに、トシのひたむきな強さを感じた。
その姿を思いだし、無意識に小さく笑みが零れ、戦う姿を見つめる。
「誰にも努力してねーなんて言わせねェ。それは確かに、柳生(やつら)の華麗な剣に比べりゃ、武骨で歪な野刀かもしれねェ
だが、研ぎ澄まされた奴の剣は――」
ガッと鈍い音を立て木刀が合わさった瞬間、斎の剣が叩き折れ、皿も割れて、斎は吹き飛ばされた。
「――鉄をも切り裂く」
そして、斎は意識を失ったらしく地に伏せた。
「土方さんんん!!」「トシ!」
「待たせたな」
近づいてくるトシに走り寄る。
「...トシ、また派手にやられたもんだな」
「あん?これは奴にやられたんじゃねー、間留井デパートの自動ドアにはさまった」
そしてそっぽを向いて煙草を吸うトシに、深く温かい気持ちがこみ上げ、思い切り前から抱きついた。
「よかった...!」
「!お、おい、朔夜!?」
「こんな血だらけになって...こっちは心配したんだからね?!」
トシの頬に塗り薬をつけた指を当て、傷に塗りながら、下から見上げて顔を覗き込む。
「!す、すまねェ...」
「でも、勝ってくれてよかった...」
伝わる体温とやけに早い心臓の鼓動を感じつつ、落ち着く温もりを感じ、心地良さに目を閉じる。
「朔夜...(抱きしめ返してェ...)」
「あ、ご、ごめん!怪我人に...でも、傷薬塗ったから大丈夫だよ。軽い手当てしかできなくてごめんね」
「!い、いや、十分だ...悪いな」
「気にしないで。それじゃあ、小生は斎の手当てに入るから、3人は戦いに専念してきていいよ。多分もうそろそろ...一番の実力者たちが登場する頃だろうし」
傷に障る、と思い、ぱっと離れ、意識のない斎の方に近よりながら、3人に告げる。
「トシは、無理しちゃ駄目だよ?一時的に血が止まってるだけだから、無理したらまた血ィダラダラになるからね!」
「あぁ、わかった。そんじゃぁまたあとでな...気をつけろよ」
「それじゃあ失礼します!(敵味方関係なく治療するあたり朔夜さんらしいな...)」
「朔夜さんも、無理はせんでくださいよ!」
そして3人は走り去っていった。
それを見届け、煙管をくわえたままうつぶせに倒れた斎の側に座り、斎の身体を仰向けにして、自分の膝の上に彼の頭をそっと乗せた。
「斎!大丈夫かい斎!」
「っ...う...朔、夜...?」
「よかった...目ェさめたみたいだね...」
とりあえず目を開けた斎にほっとする。
しかし斎は外傷はあまりないが、顎を打たれ、軽い脳震盪がおこっているのか、ぼうっとしていた。
「俺は...負けたんだな」
「うん...」
「...」
「...どんな相手でも、みくびったらそこで勝敗は決まるんだよ...それは、斎が一番知ってたのにね...
」
顔にかかる乱れた髪を、できるだけ優しく払い、頭を撫でた。
「...そうだな。俺の完敗だ」
「でも、努力する斎なら...きっとまだ強くなれるよ。小生は、いつでも応援するからね」
斎の額に手を置き、微笑みかければ、斎はいつもの堅い表情を崩して小生に薄く笑い返した。
「朔夜...すまない」
「気にしないで...今はもう休みなさい」
促すようにして言えば、斎はゆっくりと目を閉じた。
「...二人とも、お疲れ様...(早く、こんな不毛な戦い終わればいいな)」
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