第六訓 麻薬に手を出したら醜い死を迎えるだけだから手を出すな
いつもどおり万事屋にやってきた朔夜は、目の前で起こっている光景に唖然とした。
「...小太郎、卿は何をしてる?」
「その声は朔夜か!?ちょうどいい!ついてこい!!」
「...とりあえず定春の口から頭をだしたらどうだ?...卿の足元の、赤い水たまりが目につくんだが...死ぬよ?」
巨大犬、定春に首から上を食われたまま喋る旧友に、頭が若干痛くなった。
「俺も離してほしいんだが、離れてくれなくてな。助けてくれ」
「...銀時はいないのかい?」
「あぁ、だから菓子だけでも置いて行こうと思ったが、こいつが待ちきれないのか。俺ごと食べてな…この困った奴め」
「...いっそのことそのまま還らぬ人になればいい。じゃぁね」
桂の言葉になんとなくイラッと来た朔夜は、冷たい目で一瞥すると踵を返した。
銀時が留守ならば別のバイトを入れよう。うん、そうしよう。
「待て待て待てェェ!!分かった!うんまい棒唐辛子味をやろう!」
「そんなんで誰が動くかァァ!!馬鹿にしてるのか?!」
「何ィ!?何が気に食わんのだ!?ほら言ってみなさいよ!」
「お母さんンン!?気色悪いんだけど!…ったく、仕方ない。面倒だが助けてやる。感謝しなよ」
そう呆れたように言うと、朔夜は定春を取り外しにかかった。
***
「はァ...『転生郷』の解毒薬?」
「あぁ。お前なら開発できるだろうと思ってな」
万事屋を後にすると、桂の隠れ家へと来た朔夜は出されたお茶を飲みながら、訝しげな顔をした。
「まさか卿が、小生に開発を頼んでくるとはね」
「お前の研究は迷惑なものが九割九分だが、腕は確かだからな」
「卿は、小生に喧嘩を売っているのかい?」
「事実を言っているまでだ」
「...まぁ若干腑に落ちないが、昔のよしみだ、受けてやろうじゃないか」
「助かる...ところで、その上から目線をいい加減やめろ」
「ふん、馬鹿が天才の小生に指図するな」
桂に指摘されたのが癪に障ったのか、プイと子供のようにそっぽを向く朔夜。
「...相変わらずお前という奴は距離の作り方が下手だな...そんなんだから友達ができなかったんでしょ、もぉ〜」
「小生の性格を認められない人間など友達じゃない。それから小太郎、そのお母さん口調をやめろ。なんかイラッとする」
「何だと!?お母さんはね、朔夜の将来を心配をして...!」
「そこじゃないわァァ!!お母さん口調の方だと言っているだろ!そして小生は、上から目線がデフォです!...で、作るとしても肝心の開発費用は?」
突っ込みを一通り入れると、朔夜は座りなおし問いかける。
「...自腹で」
「......小太郎...」
「何だ?」
「土に還りたまえェェ!!」
ガツンッ!!
桂の頭を机に叩きつける朔夜。これは痛い。
「イダダダダ!!冗談だ!冗談!!」
「笑えないんだよ!さぁ、サッサと出すもの出せ!」
「わかったから落ち着けェ!!ほら、これでどうだ!」
「まったく、最初から出せばいいものを・・・」
桂の懐から出された封筒を嬉々として受け取り、封を開け手の上にひっくり返した。
中から500円玉が転がり落ちる。
「...」
「...」
「...かーがーくーしゃーをー、馬鹿にしてんのかァァァい!!!」
「グハァッ!!」
朔夜の渾身の平手打ちが、桂の頬に決まる。
「500円で解毒薬が生まれる訳ないだろう!?500円って何だ?小生に夏休みの安っぽい自由研究でもさせる気かァ!?」
「俺だって金がないんだ!ふはは、残念だったな!」
「なして誇らしげ?!小生は帰る!!卿は一度頭の中身を見てもらったらどうかな!」
「待て待て待て!ちょっとだけ待ってェェ!いやあの、後5分!いや、3分で良い!!」
「ふざけないでほしいね!小生だってバイトで忙しいんだよ!馬鹿に付き合ってられるか!!」
二人がすったもんだしていると、桂の部下が焦った様子で入ってきた。
「桂さん!ちょっと...」
「む、すぐ行く。朔夜ちょっと待っていろ。ほんとにすぐだぞ。だから動くなよ?頼むから」
「はぁ...わかったから行ってきたらどうだい?」
桂を見送ると、脱力したように朔夜は座り込んだ。
***
しばらくして、桂が緊迫した表情で戻ってきた。
その表情に訝しげな顔をする朔夜。
「?何かあったのかい?」
「...銀時が血まみれで路地裏にハムみたいな女子と降って来たらしい。今こちらに運ばせるよう言った」
「!?なっ...銀時が!?命に別状は?」
「見たところないらしいが...」
「...そうか...」
息を吐き出しあらかさまに安堵した様子の朔夜に、桂は少しだけ胸の痛みともやがかかるような感覚を覚えた。
「...それよりも、その女子の方が転生郷の使用者のようらしい」
「――...ふぅー...タイミングが良いのか悪いのか...それは至急必要かい?」
「あぁ」
「――わかった。じゃぁこの屋敷の一室を貸してもらうよ。後、分かってると思うが...部屋には絶対だれも入れないでおくれね?
実験中の小生の部屋に入ったら、命の保証はできかねるよ」
「わかってる。身にしみてるからな」
そして朔夜は借りた一室で、貰った転生卿の小袋を嫌そうに見た。
「転生郷、ねぇ...面白い。久々に真剣にやるとしようか」
そう言った朔夜の眼は科学者の目をしていた。
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