銀魂連載 | ナノ
第八十訓 トラジディにはもう飽きた




「小生は天才だから」


この言葉を口ぐせにしたのは、いつからだっただろうか?


虚しく口ずさんでは、理解されず孤独である事を仕方ないと思う様にしたのは、いつからだっただろうか?


無価値な理由づけで、ちっぽけな自分を護るようになったのは、いつからだっただろうか?


もうそれらの始まりは忘れてしまったけれど


いつか、あの時初めてカラクリを作った小生の真意に家の誰かが気づいてくれるだろう。


小生は、別に自分が天才という名の異常である事を露見したかった訳ではないことを。


小生が、科学者として立場を超えようとした訳ではないことを。


小生のそんな心情を、時がたてば少しでも理解しようとしてくれるかもしれない。


ただそれだけの淡い希望に期待を寄せていた事は、今も鎖した記憶の中で、おぼろげに覚えてる。


もう、その期待値は零になってしまったけれど


***


「檻...!?」

「はぁ、こんな旧式の侵入者用の罠が役に立つとはね...」

「(歯車の噛みあうようなさっきの音はこれか...!気づくのが遅かった...!)」


二人まで捕らわれちゃったし...これじゃぁ母上様の手当てが!

まずい状況に、ぎりっ...と唇を噛めば、暦は馬鹿にしたように嗤った。


「お前が惑わした手駒の助けも無意味だったね、朔夜」

「っ誘惑なんかしてないし手駒じゃない!二人とも小生の大事な仲間だ!」

「そう?まぁどちらにしろ、ろくでもない手駒ばかりみたいだね」


話通り腕っ節だけが取り柄で、頭は使い物にならないらしい。

くすくすと笑い言えば、銀時が小生を抱いたまま吠えた。


「くそっ...常盤暦!てめェに朔夜が何したってんだ!!ここまでする必要ねーだろ!」

「何したかって?...そうだね、朔夜の罪は総合すると、幸せに生きてること...かな?」

「!」

「てめェ...!」

「お前兄貴じゃねーのかァ!」

「兄だという事実を今は否定したいね。そもそも、本当は死ぬはずだった存在が幸せになんてなって良い訳がないだろう?

その罪は、そいつが苦しんで、泣き叫んで、絶望の中で生き始めなきゃ終わらない。

そいつはね、この世に生まれた瞬間から、永遠に幸せになんてなるべきじゃないんだ」


これ以上幸せになんてさせるか。俺は、どんな手を使ってもそれを赦さない。

ぎらっと危ない光を宿す目で睨まれ、息苦しくなる。


「っ暦...小生は...!!」


その時、遠くの方からどぉん!という爆発音が響いてきた。

天井からぱらぱらと木くずや埃が降ってくる。


「!」

「あぁ、馬鹿な部下達が暴れてるね...このままじゃ屋敷の方がもたなさそうだ...無駄話はこれだけにして、俺は一度退散するとしよう」


頭潰されないようにね。お前の使い道は脳だけなんだから。

そう言うと、暦は背を向け部屋から出ていこうとして、もう一度此方を振りかえった。


「バイバイ、可愛い俺の妹。次は不幸にしにいくね、世界一憎い『吉田朔夜』」


ぞっとするような酷薄な笑みを浮かべ、そう残すと一人部屋を出ていった。


「っ暦...!(小生が、そんなに憎かったのだね...でも、今の歪んだ卿にこの才能を譲る訳にはいかない)」


小生を超えるために神になりたいなんて...そんなことを...

そう思い、銀時の腕に抱かれたまま俯いた時、母上様の傷口を押さえる小生の手に、そっと冷たく青白い震える手が添えられた。


「!母上様...!」

「っ...(もう、いいのよ...)」


驚いて、膝にのせた母上様の顔を見れば、うっすらと目を開け、血に染まった震える唇を何か喋ろうと動かしていた。

唇の動きを見て、命を手放しかけていることを悟り、焦って語りかける。


「まだ諦めないで!この二人も来たし大丈夫です!ここから出れば小生が傷を治せます!だから...!!

(まだ何も分かり合えてない!!大切な事を伝えられていないんだ!)」

「(母は...貴女の笑顔を見れて、貴女に母と呼ばれて、満足です)」

「!」

「(それに、私は...閏月の、側に行きたい)」


どうせ、短い命...愛する人と別れてまで、生き永らえたくない...

目の端から涙をこぼしながら訴えられた切実な願いに、生きていく小生の気持ちはどうなると言いたくなるが、その言葉を噛んで飲み込む。

お義父さんを失って、同じ感情を抱いたからこそ、言えずに飲み込んだ。

行き場のない感情に、頭を片手でがしがしと掻いた。

「っ...(どうしてこんな...やっと、まともに話せそうだったのに!)」

「朔夜、もうよせ...(自分を追いつめてんな...)」


ぎゅっと横から小生を抱きしめている銀時に諭されるようにゆっくり頭をなでられて泣きそうになるのを耐えて、必死で首を横に振る。


「!銀時っ...駄目!諦めたら終わっちゃうんだ!!小生は母上様と話してない事がたくさんあるんだ!行き違いと勘違いを正さなきゃいけないんだ!!」

「...お前のお袋は、もうお前と生きる気がねぇんだよ...!お前よりお前の親父を選んでんだ!」

「っ万事屋お前...!!」


言いすぎだと咎めようとするトシを制止する。


「いいんだトシっ」

「だが...いくらなんでも...」

「いいんだ...わかってるから...わかってるから!昔から母上様は銀時の言うとおりだったから...!!」

「っ...」

「...もうお前がそんな泣きそうな顔で、悩んで苦しむ必要ねぇだろ...!!それにお前の薬も道具もねェ状況で間に合うのかゃ!?」

「っ...」


頭を抱えられるように強く抱きこまれる。

銀時の言葉は、小生を心配しているからだと知っているから、真理を突いているから、何も言えず黙った。

そう思っていると、銀時が小生を抱きしめたまま、母上様に話しかけた。


「朔夜を、最期までアンタは傷つけんだな...」

「(...白い、お侍様...)」

「俺は、アンタやこの家の奴が嫌いでしかたねェ...」

「っぎん...」

「ガキだった時、こいつが、朔夜が、殺そうとしたアンタらを責めてない言った時、なんていったかもしらねーで...!」

「っ銀時!!」

「!朔夜...」

「銀時...言わなくて、いいから...でも、ありがとう」


そして銀時の胸を押し、少し身体を離して、今にも目を閉じてしまいそうな母上様の顔を見る。


「...(血が全然とまらない。太い血管が切れてる...くそっ...)」

「っ...(ごめんなさい朔夜...そんな、顔しないで...)」


笑って、ね

そう呟くように唇を動かした。

小生を置いていく人は皆そう言って死んでいく。

泣かないで笑顔が見たいんだと、それはとても酷な願いだと、誰もが知っているくせに。

でも小生は、騙すのは得意だから、叶えよう。だって、いつだってそうしてきたから。

ぐちゃぐちゃな自分の感情を押し潰すために一度目を閉じて、零れ落ちそうな涙を封じ、いつものように微笑んだ。


「母上様...貴女の娘として生まれて、ごめんなさい...苦しめましたね」

「!(そんな、こと...!)...っ...ぁ゛...」

「!」


呻くような、かすれた音が母上様の唇から洩れた。


「...そ...そ...ん゛、な゛...こと...な゛...ぃ...」

「母上様...!声が...!?」

「!、っ...朔...夜...(あぁ...この子の名前をようやく呼べた...うれ、し...)」


小生の名前をかすれた声で、たどたどしく呼んでこの上なく嬉しそうに微笑むと、ずるりと、小生の手に重ねていた手を、力なく血の海に落とした。

ぱしゃりと赤い血がはねて、着物に飛んだ。

そして、それきり母上様は動かなくなった。


「は...母上様...?」


動かなくなった母上様の頬を軽く叩いて呼ぶが、もう鼓動の感じられない冷えていく身体は反応しなかった。

死んだのだと、酷く冷静にそう思い、小生は黙って、微笑んでいる母上様の血濡れた冷たい身体を、俯いたまま抱きしめた。


「(母上様...もっと、話したかった...)」

「朔夜...」

「...大丈夫か?」

「...ん、平気だよー...うん、平気平気」


母上様の身体を床に静かに横たえ、自分の羽織をその遺体にかけると、後ろで気遣わしげに声をかけてきた二人に

心配無用、といつものように笑いかけた。

すると銀時にがしっと抱きしめられた。


「...無理に笑うな...!お前も泣いてたっていーんだ...(大泣きしてくれよ。こんな時ぐらいよ!)」

「え、ちょ、銀時どうしたの?やだなぁ...本当に大丈夫だって」


泣きわめいても、仕方ないしさ、死自体が必然で不条理なものだしね。

そういって、子供のように泣きじゃくりそうな、ぐらつく感情を押しつぶして、自分を納得させて、笑いながら銀時の肩をぽんぽんと叩いた。


「っ朔夜...(昔と同じ笑顔しやがって...!)」

「...朔夜...笑ってごまかす必要ねぇんだぞ...」

「トシまで何言ってるのさ〜...どんだけ小生の事泣き虫だと思ってんだい?」

「けどよ...どんな親でも、お前の親だろ」

「...いいんだってば、小生はとっくの昔にこの家を捨てたんだから」


今更、他人の小生が入れ込んで泣いちゃいけないよ。

そして銀時の腕から抜け出して、二人に微笑んだ。


「それに小生は、頑張れる時は頑張るって決めてるから」

「「!...(ならそんな寂しく笑うなよ...)」」


二人は何も言わずに引きさがってくれたようだったので安心した。

これ以上言われたら、ほんとに泣き叫びそうだったから。

そんな言葉を胸の奥にしまいこんで、周りを見渡す。


「...さて、じゃあこの状況の打開策を考えようか...どうしようかね、これ...あと数十分もあれば、この家潰れそうだけど」

「...とりあえずこの檻は俺も破壊できそうにねぇな...ただの鉄じゃなさそうだし」

「そうか...さっすが学者一族だね...自作か」

「そうだな...ってお前なにしてんだ?」

「んー?ちょっと、ね...っと、とれた!」


檻から出した手を伸ばし、つかんだ女中の遺体をずるっとひっぱり、檻の側に寄せた。

その行為に二人がとても引いている顔をする。


「な、なにする気だよ、お前...」

「仏さんだろそれ...」

「うん?あぁ...今後のために偽装工作しようと思って。あ、この手紙持ってて」

「え、お、おう」


近くのトシに、母上様からの最後の手紙を押し付けて、その女中の遺体から着物を全てはぎ取る。


「これでよし...」

「!ちょっおまァァァ!?」

「何してんだァァァ!!?」


剥ぎ取った着物を側に置き、髪飾りを取って、自分の着物を手早く脱ぎだせば、銀時とトシが大声をあげだした。


「?何だい?」

「何はこっちのセリフだ!!お前何いきなり脱ぎだしてんの!?直せって!」

「だって、この遺体の女中と衣装変えて、この女中に常盤朔夜に成り変わってもらって、小生の存在を殺そうと思って」

「だからって男の前で迷いなくいきなり脱ぐか!?」

「えーこの緊急事態に、いい年した男が女の下着姿くらいで騒がないでよ」

「だから脱ぐなァァ!!」

「銀さんはお前をそんな男の前で簡単に脱ぐような子に育てた覚えねーよ!?」


会話をしつつも脱ごうとしていけば、慌てて止められる。


「二人とも過剰反応しすぎだってば」

「俺達じゃなくても過剰反応するわ!!」

「そう?ま、ぱぱっと着替えちゃうから気になるなら後ろ向いてて」


そして二人の制止を無視して、緩んだ帯をとり、ぱさっと着物を落として下着姿になる。

するとトシが慌てたように真っ赤になりながら目を逸らし、銀時は鼻から血を垂らしながら目を逸らしていた。


「(やる事は似てるのに、こういうとこ差が激しいよね)」


そんな事を考えながら、血で重くなった女中服を着つける。

そして、檻の隙間から自分の着物を、着物をはぎ取った遺体に簡単に巻き付け、手を合わせた。


「悪いね、名前も知らぬ人」


目を閉じて、南無阿弥陀仏と唱えた。


これで、世間明るみに生涯出る事がなかった『常盤朔夜』は、完全に死んだことになるだろう。

『吉田朔夜』としての戸籍があるわけでもないから、完全に生きた亡霊のようになってしまうが、まぁ今までと何も変わらない。

元々、小生の社会的存在など、あの人が小生を義娘と呼んで、小生が義父と呼ぶようになった、この名字をくれた日から、

吉田松陽を生涯唯一の師であり、父と仰ぐと決めた日から、戸籍なんか捨てたも同然だったし。

それに今は...小生の存在を知って愛してくれてる人達がこの世に沢山いるしね。

その二つの事実が、小生が確かに生きていることを証明してくれるから

だから、何も後悔はない。

そして二人を振りかえり、脱出に全力を注ぐ事にした。


***


その頃――


「(派手に暴れてるな...ったく、少しは頭使えよ愚図共が)」


崩れていく屋敷から出ようと、落ちてくる瓦礫をよけながら歩く。

あぁ、実に鬱陶しい。


「ったく、面倒...!」


ガラッ

真上の天井が崩れ落ちてきた。

避けようとした瞬間、びゅっと黒い影が飛んできて瓦礫を横に吹っ飛ばした。


「!?」

「お兄さん、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ...君は...(男か......18くらいか?)」

「僕は空覇です。あの、お兄さんはこの家の人ですか?」

「あ、まあね...(どこにあの瓦礫を蹴り飛ばすパワーが...それに髪色が、空魁に似てる...興味深いね)」


予想からすると、これが空魁の娘...面白い、実に面白い検体だ...。

内心、うっすらと笑みが零れる


「じゃあ朔夜さんがどこにいるかわかりませんか!?」

「!朔夜の...まぁ、君は助けてくれたし、面白いから教えてあげるよ」


朔夜の奴に、誤って今死なれても困るし。

そう思い、空覇と名乗った子に向けて、人当たりのいい笑みを向けて朔夜のいる部屋を教えた。

すると目の前の彼女は満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう親切なお兄さん!」

「!...(俺が、親切ね...)」


朔夜と一緒にいながら、人間の穢れた部分を知らないらしい瞳に興味がわいた。

名前は空覇だったか...観察対象に追加かな。

そう脳に書き留めて、俺は部屋に向かって走り出した空覇を見送り、再び出ていくために歩き出した。

不愉快しかなかった心に、ほんの少し生まれた愉快さに、口元が吊りあがったのを感じながら。


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