「ねえミシェル先生、女の子はどんなことをしたら喜ぶかなあ」
「ふふ、エリナお嬢様ですか?」
「!どうして先生が知ってるんだい!?」
「実はこの前一緒にいらっしゃるのを見かけてしまいまして…申し訳ありません」
「なんだあ、人が悪いやミシェル先生」
「うふふ…しかし素敵な恋をなさっておいでのご様子で、私は大変嬉しいです。一人前の男に近づいてくださっていて…このミシェル、安心して嫁ぎにいけますわ」
そう目を細めて笑いかければ、坊っちゃまは少し寂しそうな顔をする。
「…そうか。もうすぐ先生嫁いでしまうんだよね…寂しいなあ。僕が幼い時から一緒だったし」
「ジョジョ坊っちゃま…大丈夫ですわ。貴方になにかあれば、ミシェルめは、いつでもどこでも飛んで行きましてよ」
「それはダメだよ!」
「あら…どうしてですジョジョ坊っちゃま?」
ぎゅうと私の両手を強く握ってきたジョジョ坊っちゃまの手をさする。
「紳士が淑女を護らなくちゃいけないのに、淑女の先生に護られるわけにはいかない!」
「まあ……ふふ、そうですわね。でも坊っちゃま、たくさんを護れるのも大切なことですが…愛するたった一人の淑女(レディ)を護れる紳士にも、どうかおなりくださいね」
いつかもっと逞しくなるだろう、その二本の腕で。
優しさと強さと誇りを失わない、若い獅子のような美しい瞳を見つめ返して
私は私の手を握ってくれた両手をするりと離した。
***
「…あんな男と結婚するなんて、先生も大概趣味が悪いな」
「クリストフ様は良い方ですわよ」
「あの歳まで一度も結婚してない男が、いい男なわけがあるもんか。売れ残って腐りかけの野菜と同じさ」
「ディオ坊っちゃま…そのような物言いは紳士的ではありませんわ」
「ジョークさ、ミシェル先生。ジョークは紳士の嗜みなんだろ?」
「…はあ、ディオ坊っちゃま。クリストフ様のなにが気にくわないのですか?」
「…なにもかもだ。あんなつまらなさそうな男にミシェル先生が嫁いだら、なにも教われなくなる…僕は貴女には敬意を表しているんだ、ミシェル先生」
ぱたんと本を閉じたディオ坊っちゃまが、立ち上がって窓際の私の方に歩いてくる。なんとなくあとずさるも、伸ばされた手が赤いリボンで纏めている私の髪にふれる。
「貴女は、僕が尊敬に値すると感じた淑女だ」
「ディオ坊っちゃま…そういう家庭教師であれたことは幸せだと思いますが、こういうような行為は婚約者や想い人にするものですのよ」
「……」
「…ディオ坊っちゃま、私は貴方を見捨てていくわけではないのです。貴方がお呼びになるのなら、私はいつでも貴方のところに戻ってきますわ」
だから、と頭に手を伸ばし撫でようとすれば、その手を捕まえられる。
鋭く射抜く、鷲のような瞳に少しだけ、息を呑む。
「……それは本当だな」
「…ええ、貴方が私を必要とするなら。この命続く限り」
宥めるような約束を口にして、ディオ坊っちゃまの手を抜く。
それからしばらくして、私は長い時間を過ごしたジョースター家を発った。
闇にかすみ出した夕空の中、悠然と光を放つ二つの星を見上げながら。
to be continue…