家庭教師。
それはいき遅れの女が最後に選ぶ職とも言われている。
けれど、私はこの家庭教師という道を自ら選んだ。
私は長女だから本来ならば、婿をとって家督と爵位を継がなければならないけれど、私は我を通したのです。
父や母や妹には申し訳ないことをしたと思っているけれど、私は自分の気持ちを止めることができなかった。
どうしても、自分の知識や体験を誰かの人生の導や糧にわけ与えて見守るということをしたかった。
それに、私たち一族の生は代々短い。
人の一生が100年あるとして、私たちの血脈はなぜか、その約半分ほどしかない。
お爺さまも、ひいお婆さまも、そうだった。
だから私は、最初で最後の選択をした。
亡くなりゆくお父様とたったひとつ、
「もしも私のような女を、強く娶りたいという方が現れたら家に戻ります」
と、約束をして。
そんな物好きな方がいるはずもないと思っていたから。
なのに…
「(まさか本当に現れるとは…)わざわざ片田舎まで…ありがとうございます」
「いや、かまいません。君に会ってもらえるならどこにでも行きますとも」
にこにこと微笑む、私よりも10ほどお年を召した紳士、クリストフ・アンバー様。
私と同じくウェールズ地方を出身に持つ、上流貴族の次男だそうで、お母様経由で私と見合いがしたいと申し入れてきたのです。
迷いましたが、旦那様もすすめてくださったので、今回こうしてお会いすることにしたのですが…
「…アンバー様…」
「クリストフで構いません、Ms.ブラウン」
「……では、クリストフ様と」
「はい」
柔らかい笑顔が好印象な方だが、私を見つめるたびに慈しむように目を細める姿にむずがゆくなる。
「…クリストフ様、今までご結婚なさったことは?」
「初婚です」
「…初婚?」
「はい…この歳で恥ずかしい話なのはわかっています。ですが…随分と昔に屋敷のパーティ見た貴女を忘れられず」
その言葉に少し目を見開く。
「星空のように輝くその髪も、瞳に小さな月を嵌めた理知的な瞳も、全て忘れられず、夜空を見ては貴女ばかりを思い出していました」
「…詩的ですね。ですが、私は貴方の想い描くような人ではないかもしれませんよ?」
「ええ、だからこうして意を決して話に来たのです」
そこで言葉を切った彼は、私の手を取り微笑んだ。
「やはり、貴女は想い描いたとおりの淑女だった。麗しく理知的で…清い精神と深い愛を抱いた、素晴らしい女性だと確信しました。
Ms.ミシェル・ブラウン。どうか、残された貴女の短い時間を、私にいただけませんか?」
「!…一族の寿命の話も存じた上で?」
「ええ、貴女のお母上からお聞きしております。その血にまつわる話を」
「……我が家は爵位も低いですわよ?」
「爵位など…両親も納得済みです。むしろ貰ってもらえるなら有難いとすら言われてしまいました」
「……貴方は…変わった方ですね」
「確かにおかしな男ですが、貴女を深い愛で包み、看取ることはできます」
「…ふふ」
「どうでしょう?いきなり結婚があれだと言うなら…まずはお付き合いからでも構いません」
詩的で茶目っ気も持っている、素敵な方だと思う。
1日では、恋には満たない気持ちかもしれないが、ほのかに感じる好意と愛は育んでいける気がした。
「…坊っちゃまたちも、もうすぐ私の手を離れることになるでしょう…それからでもよければ、私と婚姻を結んでいただけますか?クリストフ様」
「!…ああ、勿論待ちますとも。貴女が大切な教え子の巣立ちを見届けるのを」
そうして、私には夫となる方ができた。
これから始まる私の運命を、僅かな時間ながら共にしてくれる方が。
to be continue…