「父さん!どうしてあんなことを言ったんだ!」
「…あれが私たちにとって紛れもなくベストな選択だったからだよ、アルベルト」
声を荒げるアルベルトを若いと思いながら、静かになだめる。
「母さんだって…ミカを…ミカを食い殺したくて食い殺したわけじゃ…!」
「そんなことは分かっているよ」
「え…」
「分かっている…ミシェルはそんなことは絶対にしない…だからおそらく、ミカ自身が望んだんだろうってことも。分かっている」
だが、私ではもはやどうにもしてやれないことが同時に分かりだしていたのも事実だ。
私に与えることができる愛で、夜に、バラに、彼女を縛りつけたままでは、彼女はけして救われないこと。
きっと彼女も、立ち向かうべき道に気づいたんだろう。
だから、これで良かったのだ。
ミカを喪った悲しみは、あのショックは永久に残るだろうし
私が彼女に一度でも抱いた気持ちは、消えないだろう。
それでも、まだ彼女という人を愛しているからこそ、手を離したと言葉にできる。
「アルベルト、側で支えるだけが愛では無い…陰ながら、離れて支えることも、また、道をほのかに照らしゆく愛なんだよ」
この先も、彼女のために私がここからできることを考えよう。
けして、夫婦という形には戻れなくても。
彼女の家と血統は、私が息絶えるまで守り抜こう。
「(だから彼女を頼むよ、スピードワゴン君)」
***
「ちょっと!ちょっと待ってくださいよ!ミシェル先生!」
「止めないでくださいませ、ロバート」
スカートの裾を捲り上げて、屋敷の敷地を出て行こうと歩きだすと、走ってきたロバートに腕を掴まれ、振り返る。
「あの、本当に…よかったんですかい?」
「いいのですよ、これで…私がここにいたら、また無理に人間のままであろうとして、誰かを傷つけてしまうかもしれない」
それはなによりも避けなくてはいけない。
「それに、けして埋めることができない複雑な感情を互いに抱いてしまった今…夫婦であり続けることはきっとできないのですわ」
悲しくて、苦しくて、許されない罪を犯したと、屋敷を振り返れない私がいるのも事実だから。
「クリストフは頭がいい人…きっと全てを理解した上で、私の手を離してくれた…だから、私は答えを探さねばなりません」
ディオ坊っちゃまからの想いを解き
人間に戻れるのか、否か。
先の見えない運命こそを、克服する。
今の私にできることはそれしかない。
「…たとえ一人でも…私は未来を絶望したりしませんわ」
「…」
ロバートに肩をいきなり掴まれて至近距離で向き合う形になり、思わず変な声をあげて、捲り上げていたスカートも落としてしまった。
「ろ、ロバート…?」
「ミシェル先生…貴女を一人になんかしねえ…涙を耐えてる貴女を一人にはできやしませんよ」
「!」
「俺は……俺は、貴女が…いや…あの、貴女と一緒に!そう!貴女と一緒にジョースター家を支えていきたいんです!」
「私と、一緒に…?」
「そ、そうです!だから俺が、あんたが化け物になったとしても!貴女を一人にはしません!」
真っ直ぐな言葉と、真っ直ぐな視線にキョトンとした後
ぶわりと、耐えていたものが溢れ出した。
「っ、い…一緒に…いていいのですか…?」
「貴女には教えてもらいたいことが山ほどあるんですよ!」
「でも…血を、吸ってしまうかも…」
「牙さえ立てなきゃ屍人にもならない!それに俺の血なんて有り余ってるから少しぐらい抜いたほうがいいくらいですから!」
必死で私を一人にはしまいと引き留めてくれるロバートに、涙と一緒に、ふふ、と笑い声が漏れる。
「…ありがとう…ロバート……貴方の言葉はどうして…こうも私を暖かくしてくれるのでしょうね…」
「そんなこと…」
「いいえ…現に私は、救われたわ……ねえ、ロバート」
「…なんでしょう?」
そっと手を、ロバートに伸ばしてみる。
「…本当に、一緒にいてくださる?」
「!…勿論ですぜ、ミシェル先生。一人になんて、しねえ」
伸ばした私の手をしっかりと掴んでくれた手はゴツゴツとしていて、また私の目からは、涙が溢れた。
***
そうして数年後、SPW財団を発足。
ミシェル・ブラウンより家督を譲り受けたクリストフ・ブラウンを当主に置く
英国貴族ブラウン家が財団の最初のサポーターとなり
その後、長くジョースター家を共にサポートしていくこととなる。
第1.5部 Story of interval