Step.01

ーー1905年 英国ウェールズ地方

なにかが持っていきそうな、私の意識を甘い香りと彼の体温が呼び戻してくる。


「ミシェル、深く深呼吸をして…さあ薔薇を」


探るように掴んだ薔薇の生気を一瞬で吸い尽くす。

これで何百本枯らしたかわからない。

でも足りない。

飢えが満たされない。


「ミシェル…もう私の血を飲むんだ…私は君をけして軽蔑しない」

「ダメですわ…きっと今人の血を飲んだら、私の理性は吹き飛んで、貴方の血を一滴残らず吸い尽くしてしまう…」


そうしたら、私は本当に中身までモンスターとなり果てるだろう。

それはとても恐ろしいことだと、頭痛と眩暈を抑えて立ち上がる。


「…私は大丈夫ですわ、あなた…それよりミカの看病をしないと」

「ミシェル…」

「大丈夫。大丈夫ですわ…」

「ミカのことは私がやる。部屋にいた方が…」

「っ大丈夫だと言っているではありませんか!」


私は妻としてもはや要らないと言われているようで苛立ち

掴んできた手を振り払った瞬間、クリストフの体が壁にまで吹き飛んで叩きつけられた。

力加減をし損ねたことに気づき、ハッと壁伝いに座り込むクリストフを見る。



しかし最近の私を見る、冷め出した目を見ることが怖くて、背を向け部屋を出た。

彼は、化け物になりつつ私を持て余し出している。

心は変わらないでいられると思った私が馬鹿だったばかりに。

未知のものへの考えが、甘かったの。


「(私の存在が優しい彼を苦しめてしまっているのでしょうね…)」


***


油断していたのだ、私は。

ディオの執着が、ミシェルの肉体だけではなく、理性までをも蝕み、変えていこうとするものだとは思っていなかったのだ。

こちらの認識の甘さが、彼女を苦しめている。

彼女の心は永遠に人間のままだと、私が思いたかっただけなのだ。

肉体があれほど変わって、なにも影響がないはずがない。


「(…彼女を持て余しだしているのは、私だ…私の浅はかで苛立ったこの気持ちに、彼女はきづいているんだろう)」


身体の痛みなど、彼女の苦痛に比べればきっと大したものではない。

私は結局、彼女の計り知れない運命の前に無力だ。


「…ミシェル、すまない」


それから、取り返しのつかない事態を招くまで、それほどの時間はいらなかった。


to be continue…