ーー1905年 英国ウェールズ地方
なにかが持っていきそうな、私の意識を甘い香りと彼の体温が呼び戻してくる。
「ミシェル、深く深呼吸をして…さあ薔薇を」
探るように掴んだ薔薇の生気を一瞬で吸い尽くす。
これで何百本枯らしたかわからない。
でも足りない。
飢えが満たされない。
「ミシェル…もう私の血を飲むんだ…私は君をけして軽蔑しない」
「ダメですわ…きっと今人の血を飲んだら、私の理性は吹き飛んで、貴方の血を一滴残らず吸い尽くしてしまう…」
そうしたら、私は本当に中身までモンスターとなり果てるだろう。
それはとても恐ろしいことだと、頭痛と眩暈を抑えて立ち上がる。
「…私は大丈夫ですわ、あなた…それよりミカの看病をしないと」
「ミシェル…」
「大丈夫。大丈夫ですわ…」
「ミカのことは私がやる。部屋にいた方が…」
「っ大丈夫だと言っているではありませんか!」
私は妻としてもはや要らないと言われているようで苛立ち
掴んできた手を振り払った瞬間、クリストフの体が壁にまで吹き飛んで叩きつけられた。
力加減をし損ねたことに気づき、ハッと壁伝いに座り込むクリストフを見る。
しかし最近の私を見る、冷め出した目を見ることが怖くて、背を向け部屋を出た。
彼は、化け物になりつつ私を持て余し出している。
心は変わらないでいられると思った私が馬鹿だったばかりに。
未知のものへの考えが、甘かったの。
「(私の存在が優しい彼を苦しめてしまっているのでしょうね…)」
***
油断していたのだ、私は。
ディオの執着が、ミシェルの肉体だけではなく、理性までをも蝕み、変えていこうとするものだとは思っていなかったのだ。
こちらの認識の甘さが、彼女を苦しめている。
彼女の心は永遠に人間のままだと、私が思いたかっただけなのだ。
肉体があれほど変わって、なにも影響がないはずがない。
「(…彼女を持て余しだしているのは、私だ…私の浅はかで苛立ったこの気持ちに、彼女はきづいているんだろう)」
身体の痛みなど、彼女の苦痛に比べればきっと大したものではない。
私は結局、彼女の計り知れない運命の前に無力だ。
「…ミシェル、すまない」
それから、取り返しのつかない事態を招くまで、それほどの時間はいらなかった。
to be continue…