お母様が吸血鬼になって帰ってきて、何年も経った。
僕は15になったけれど、お母様はお若い姿のまま。
お母様の見た目は変わってしまったけれど、優しさは変わらない。
お父様と、お母様の友人たちは言った。
お母様を夜しか生きれない吸血鬼にしてしまったのは、ディオという吸血鬼だと。
一緒に陽だまりの落ちる庭で、遊べなくなったのも。
頬を撫でてくれる手が、今は氷のように冷たいのも。
庭のバラ園のバラが、苦しそうなお母様が触ると枯れてしまうのも。
お母様が、死という結末を迎えられなくなったのも。
全部全部、ディオのせいということだ。
ディオなんか嫌いだ。僕が強かったら殺してやりたい。
そう言えば、お母様はなぜか少しだけ眉を下げて、悲しそうにして、僕の頭を撫でた。
「ありがとう、アルベルト…でも、そんな悲しいことを言ってはいけないわ。強くなることは悪いことではないけれど、傷つける為より…誰かの行く道を守る為に、力を得なさい」
自分の命のカンテラに火を灯し、それを高く翳し進むのが我が家の当主だと、お母様は僕に語った。
なら、どうしたらお母様は、人間に戻れるんだろう。
妹のミカは体が弱いから、ミカも守らなくちゃいけない。
あと40年も生きれない僕には、なにもできることはないのかな。
ジョースターさんのおうちを、エリナさんと赤ちゃんたちをずっと守っていけば、お母様もいつか救われるのかな。
だとしたら、僕は…
後ろ髪を結んでる赤いリボンを指先で弄ったら、お父様の声。
「アルベルト、なにを難しい顔をしているんだい?」
「…お父様。僕はね、男らしくなりたいんだ」
「!…珍しいことを言うじゃあないか」
「だってもっと賢く、強くなったら、きっとお母様や妹、それにお母様の守りたいジョースターさんたちの助けにもなれる気がするんだよ」
きっと僕の、未来につながる運命はそれなんだ。
僕も、ブラウン家の血を継いだ男だから。
お母様が僕に唱えた難しい話も気持ちも、きっと本当の強さの意味もわかるだろう。
「お父様、ひとつだけお願いがあるんだ」
「…言って御覧、アルベルト」
「…ストレイツォさんたちの不思議な力…波紋の力は、僕はきっとなにかつながりがあると思うんだ。だから僕に、波紋を学びにいかせてお父様」
きっとこれがお母様から引き継いだ、今の僕の運命だから。
僕のお願いを聞いた老いたお父様は、少しだけ複雑そうに眉をひそませたあと、諦めたように微笑んだ。
「…アルベルト、お前が強く運命に生きることを望むなら私は止めない。だがね、その短く与えられた命の時間は、お前自身のための時間でもある。忘れてはいけないよ」
「忘れないよ、お父様。後悔はしないさ。全ての選択は、僕の意思だもの」
選ばされた訳ではない、未来を切り開くために選んだんだ。
そう言えばお父様は眩しそうに目を細めて「やっぱりお前はミシェルの子だ」と優しい声で呟いた。
その言葉を胸に、僕は未来への希望を持って、ストレイツォさんの元に旅立った。
1部 Phantom Blood 完