2人で幸せな家庭を築こうと約束した。
残された時間は短くてもかまわない。
きっと貴女と過ごした短い時間を、私はなによりも大切にできるから。
「私は特別良い人間じゃない…だからこそ思う。君を教え子のところにいかせたばかりにと」
「クリストフ…ごめんなさい…泣かないであなた…」
「違う…違うんだミシェル。君を責めてるんじゃあないんだ」
ただディオという教え子が許せない。
そして、なによりも、
「君になにもしてあげられない自分が許せない…」
「あなた…」
「ディオにこの手で復讐することも、君を人間に戻してやることもできない…それに、私も歳だ。きっと側にいても、君を早々に置いていくのは、君じゃなくて私の方になる」
君を深く悲しませてしまうだろう。
儚い時間を懸命に生きていたのに、終わりがこない時間を無理やり与えられたのだ。
周りを置いていくことは覚悟していても、周りに置いていかれることは、彼女は覚悟していなかったはずだ。
「すまないミシェル…君になにもしてやれないのに。それでも私は、まだ君といたいと浅はかにも私は願っている…」
「……正直、私は離縁されるかと思っていましたわ…吸血鬼となんて恐ろしい存在と、生活できないと。それを覚悟していました。普通はそうでしょうから」
彼女の手が、私の背中にゆっくりとまわる。
落ち着きを払った声と裏腹に、わずかにその指先は震えていた。
「なのにあなたは…なんて優しいのでしょう……謝ることなんかありませんわ…むしろ、私こそ…まだあなたや子供たちの側にいて、よろしいのでしょうか…」
「…きっと子供たちは賛成するだろうから…老いていき、置いていくかもしれない私に、君が耐えられるならば」
「…ふふ、ちゃんと耐えますわ…貴方が旦那だったのは…きっと私の幸運です」
あげられた顔を見つめる。
涙を讃えた瞳は色こそ変われど、宿るのは彼女の魂に変わりないと、まぶたにキスを送れば
彼女はくすぐったそうに笑い、子供たちの寝顔を見てくると客間を出て行った。
自分の涙を少し拭い、その背を見送ってから、彼女についてきてくれた少し居心地悪そうにしていたスピードワゴン君に目を向ける。
「すまないね、老夫婦の恥ずかしいところを見せた…ミシェルをここまでありがとう、スピードワゴン君」
「いや…アンタみてーな貴族の男がミシェル先生の旦那で良かったぜ。離縁するつもりだったら殴ってたからな」
「そのようだね…視線でわかったよ。君はミシェルに懐いているのだね」
彼女は素敵な女性で困る。
肩を少しすくめて笑えば、彼は居心地悪そうに目をそらした。
これは男の勘というやつだが、どうやら外れてはいないだろう。
若い彼の反応に、ふ、と口元を緩める。
「スピードワゴン君」
「…?なんですかい」
「彼女の人生は長くなる…この先も、どうかミシェルを支えてやってくれるかい?」
「!アンタがいるだろ?」
「それは永遠ではない。たかだか十数年…長くて二十年程度の話だ。子供たちは巣立つし、その先、彼女の隣には誰もいなくなる」
その時彼女は、どうするのかと考えると胸が痛む。
広い屋敷で、それこそお伽話の吸血鬼のように世界が滅ぶ日まで、一人闇に沈んでいくのかもしれない。
悠久に続く時の中で、そんな想いをして欲しくはない。
「いずれ時が来た時は彼女を頼むよ、スピードワゴン君。君と彼女が出会ったことにはきっと意味があるんだろう」
恋敵だろう男に妻を頼むなんておかしな話かもしれないが
自分の中に僅かに燻る嫉妬心にかまけるくらいならば、彼女が幸せに生きていけそうな道を選びたい。
それこそがミシェルという銀河を愛した私、クリストフ・ブラウンの心からの答えなのだ。
to be continue…