Step.22

2人で幸せな家庭を築こうと約束した。

残された時間は短くてもかまわない。

きっと貴女と過ごした短い時間を、私はなによりも大切にできるから。


「私は特別良い人間じゃない…だからこそ思う。君を教え子のところにいかせたばかりにと」

「クリストフ…ごめんなさい…泣かないであなた…」

「違う…違うんだミシェル。君を責めてるんじゃあないんだ」


ただディオという教え子が許せない。

そして、なによりも、


「君になにもしてあげられない自分が許せない…」

「あなた…」

「ディオにこの手で復讐することも、君を人間に戻してやることもできない…それに、私も歳だ。きっと側にいても、君を早々に置いていくのは、君じゃなくて私の方になる」


君を深く悲しませてしまうだろう。

儚い時間を懸命に生きていたのに、終わりがこない時間を無理やり与えられたのだ。

周りを置いていくことは覚悟していても、周りに置いていかれることは、彼女は覚悟していなかったはずだ。


「すまないミシェル…君になにもしてやれないのに。それでも私は、まだ君といたいと浅はかにも私は願っている…」

「……正直、私は離縁されるかと思っていましたわ…吸血鬼となんて恐ろしい存在と、生活できないと。それを覚悟していました。普通はそうでしょうから」


彼女の手が、私の背中にゆっくりとまわる。

落ち着きを払った声と裏腹に、わずかにその指先は震えていた。


「なのにあなたは…なんて優しいのでしょう……謝ることなんかありませんわ…むしろ、私こそ…まだあなたや子供たちの側にいて、よろしいのでしょうか…」

「…きっと子供たちは賛成するだろうから…老いていき、置いていくかもしれない私に、君が耐えられるならば」

「…ふふ、ちゃんと耐えますわ…貴方が旦那だったのは…きっと私の幸運です」


あげられた顔を見つめる。

涙を讃えた瞳は色こそ変われど、宿るのは彼女の魂に変わりないと、まぶたにキスを送れば

彼女はくすぐったそうに笑い、子供たちの寝顔を見てくると客間を出て行った。

自分の涙を少し拭い、その背を見送ってから、彼女についてきてくれた少し居心地悪そうにしていたスピードワゴン君に目を向ける。


「すまないね、老夫婦の恥ずかしいところを見せた…ミシェルをここまでありがとう、スピードワゴン君」

「いや…アンタみてーな貴族の男がミシェル先生の旦那で良かったぜ。離縁するつもりだったら殴ってたからな」

「そのようだね…視線でわかったよ。君はミシェルに懐いているのだね」


彼女は素敵な女性で困る。

肩を少しすくめて笑えば、彼は居心地悪そうに目をそらした。

これは男の勘というやつだが、どうやら外れてはいないだろう。

若い彼の反応に、ふ、と口元を緩める。


「スピードワゴン君」

「…?なんですかい」

「彼女の人生は長くなる…この先も、どうかミシェルを支えてやってくれるかい?」

「!アンタがいるだろ?」

「それは永遠ではない。たかだか十数年…長くて二十年程度の話だ。子供たちは巣立つし、その先、彼女の隣には誰もいなくなる」


その時彼女は、どうするのかと考えると胸が痛む。

広い屋敷で、それこそお伽話の吸血鬼のように世界が滅ぶ日まで、一人闇に沈んでいくのかもしれない。

悠久に続く時の中で、そんな想いをして欲しくはない。


「いずれ時が来た時は彼女を頼むよ、スピードワゴン君。君と彼女が出会ったことにはきっと意味があるんだろう」


恋敵だろう男に妻を頼むなんておかしな話かもしれないが

自分の中に僅かに燻る嫉妬心にかまけるくらいならば、彼女が幸せに生きていけそうな道を選びたい。

それこそがミシェルという銀河を愛した私、クリストフ・ブラウンの心からの答えなのだ。


to be continue…