待っているとがんばって起きていた子供たちも寝静まり、月もすっかり高く上がった夜空を幸せな気持ちで眺める。
何故こんな夜遅い時間に帰ってくることにしたのかはわからないが、それでも長く家を空けていた妻が帰ってくる。
それがただ、ただ嬉しい。
行ってもいいと言ったが、やはり側にあってもほしい。
それが彼女を愛する男として、旦那としての本音だからだ。
胸を高鳴らせていると、聞こえてくる馬車の音。
はっ、と門前に目を向ければ一台の馬車が止まった。
降りてきたローブの彼女だろう女性に、たまらず声をかける。
「ミシェル、お帰り…!?」
「あなた…」
そっと上げられ、ローブの下から覗いた顔に、思わず言葉を失った。
私とは何十も違うだろう、若く、赤い月を宿した瞳の女性。
髪の色だけが、彼女と同じ。
「…ミシェル…なのか…?」
「…はい、あなた…クリストフ…私ですわ」
信じられず、情けなくも震えた声で問いかければ、若い彼女は少しだけ申し訳なさそうな顔をして
彼女と同じように微笑んだ。
ミシェルに間違いない、と思うと同時に、一体彼女の身になにが起こったのか、どう聞けばいいのかわからずに立ちすくんでいると、もう一人が馬車から降りてきた。
「…アンタがミシェル先生の旦那ですかい」
「!…君は?」
「俺は…ロバート・E・O・スピードワゴン。ミシェル先生の今の姿の理由をワケあって知ってるもんです」
「なら説明してくれ…!どうして私の妻の姿がこんなに若く…」
「あなた…落ち着いてくださいな」
「!ミシェル…」
「混乱しているのはわかりますわ。でも、話は長くなりますの…中で話しましょう…」
沢山話し合わなければならないの、と私の瞳を見つめるミシェルの目は真剣で、ただならぬことがあったのだと理解して
落ち着きを取り戻さねばと深く息をしてから、頷き返し、ミシェルとスピードワゴン君を家にあげた。
***
「ミシェルが…吸血鬼…」
ソファに座って2人から聞かされたのは、長く、まるでどこか遠い世界の話のような真実。
教え子と恩人の死を悼ませるために送り出したはずの愛する妻が、どうして帰ってきたら吸血鬼になって帰ってきただなんて、
そんな話を信じられる人間がこの世に一体何人いるんだろうか?
私だってそうだ。
そんな馬鹿な話が、他人の話ならば私は信じられなかっただろう。
けれど、自分の目の前に座る悲しそうな彼女は、姿は違えど間違いなく私の愛する妻であり、こんな冗談など言わないヒトだ。
「……嘘だと言って欲しいが、嘘ではないんだろう……でなければ、君の姿に説明がつかない」
「クリストフ…」
若くても変わらない嬉しそうな表情に、笑いかえしたいが、こみあげる感情に唇が戦慄く。
「だがね…ミシェル…納得はできないよ…」
「!…クリストフ、あなた泣いて…」
きっと君は、私にこんな感情を望まないだろう。
だが、ダメだ。
君だけを心から愛しているからこそ、言わせてくれ。
私の頬をすべる雫を拭おうとするミシェルの両手を引き、固く抱きしめて吐き出す。
「ミシェル…私は君を、いかせなければよかった…!」
抱きすくめた細い体の死人のような冷たさが、ますます私の体を、心を震わせた。
to be continue…