「…(ローラさん…)」
崖下で見つけた折れた、ローラさんの木彫りの矢の鏃をひとつだけ持って帰ってきた。
口にも出せないような姿になっていたローラさんの遺体は手厚く葬り、ディオ坊っちゃまの服は、焼いた。
ロバートさんが持ち出していた石仮面は、粉々に砕いた。
そして残したのは、ただ一つ。これだけ。
表面に刻まれた十字架と月桂樹の紋章を眺め、撫でると、ストレイツォ、と呼ばれていた彼が、私の手の上に手を置いた。
そっと目線をあげれば、強い黒の瞳と向き会うことになった。
「…それはあいつの家紋だ、Ms.ブラウン」
「ローラさんの…?」
「十字架は神を、月桂樹は勝利と栄光を表している…遥か昔、ローラの血統が教会に兵役した家柄だった証だ」
家は廃れたようだが、と続けるストレイツォさんの声を聞きながら、もう一度目線を手元に落とす。
そして鋭く尖らせた先端を撫でようとした時、今度は強く捕まれた。
「それ以上は吸血鬼の身体で触るな」
「え…」
「Ms.ブラウン…その木の鏃の中は特殊でな…ローラの波紋が一つ一つに練りこまれておる」
トンペティ師の言葉に、ストレイツォさんが私を止めた意味がわかった。
「…吸血鬼の今の身体にこれの傷がつけば、私は塵になるのですね…ディオ坊っちゃまのように…」
「…流石、理解がお早い」
「なっなんだってーッ!?おいミシェル先生!それは置いていきやしょう!」
「…それはダメですわ、ロバートさん」
私の手から慌てて奪いとろうとするロバートさんの手から逃げるように隠して首を振る。
「…これは彼女の大切な形見…彼女にはイタリアに息子さんがいると聞いています。その方に渡すべきですわ…」
それまでは私が預かっていたいと両の掌で包みこむようにすれば、ロバートさんは何か言いたげな顔をした後、仕方なさそうに頭を掻きながら掌を差し出した。
「…ミシェル先生がどうしても、ってなら…せめてハンカチでくるんだり、箱に入れて持ちやしょうよ。それまでは俺が預かりますよ!」
「まあ……よろしいのですか…?」
「水くさいこと言わんでくださいよ。アンタはジョースターさんの先生だ。だから俺は、アンタの役にも立ちてえ」
真っ直ぐな言葉に、口が自然と綻ぶ。
なんて、紳士的なんだろうか。
私の姿が変わっても、変わらない彼の態度に救われる。
そっと、鏃を彼に差し出す。
彼女の最後の生命エネルギーのこもった、大切な形見を。
「では、お願いいたしますねロバートさん」
「はい!任せてくだせえミシェル先生!」
そうして、私たちはそれぞれの平和へと帰っていった。
to be continue…